アルビオンニウムからの出立
第513話 心機一転
統一歴九十九年五月七日、朝 -
時計が普及しておらず、日の出から日の入りまでの日中時間と日の入りから日の出までの夜間時間をそれぞれ十二等分する
秋分を過ぎてひと月と七日、日の出の時刻は冬に向けて、少しずつだが着実に遅くなっていた。
だが夜が長くなったからといって、じゃあそれだけ長く寝ていられるかというとそんなことはない。日が暮れる時間が早くなり、それだけ寝る時間が早くなってしまえば目覚める時間も早くなってしまうものだ。
夜の明けきらぬ内から使用人たちは起き出して朝の準備を整える。そして夏ならば日が昇っても使用人たちが起こすまで寝たままでいる主人たちも、日の出前から起き出すようになってくる。目覚めた時に日が昇っていなかったとしても、睡眠時間が既に十分であれば、二度寝しよう惰眠を
ましてや昨夜は『
緊張の夜が明けてもなお、緊張を解けないままでいた彼らは落ち着かないからこそ、そのまま整然と朝の準備を始めている。何もしないより何かしていた方がマシなのだ。
しかし、全員が落ち着かない夜を過ごしていたかと言うとそうでもない。
一昨日はファドによる放火のせいで使えなくなっていた暖房が昨日から使えるようになっていたからだ。一昨夜は『勇者団』の襲撃があった上に、暖房が使えなくなって寒くてろくに寝れなかったこともあって、温かさを取り戻した寝室に身を横たえた
彼は捕虜という立場もあってか、使用人が早い時間から起こしに来ると言うことがない。普通ならば朝一番に身だしなみを整えるために使用人たちが起こしに来るであろう時間になっても、彼は起こされなかった。だから彼が自然に目を覚ました時、既に外は明るくなっていた。
寒さで目が覚めた昨日と違い、ヌクヌクと暖かく快適な寝室で夢も見ずに熟睡したメークミーは目が覚めた時、自分がどこで寝てどこで目を覚ましたのか、一瞬思い出せなかったほどだった。
明り取り用の天窓や、窓を閉ざす木戸の隙間から挿し込む外光によって、室内は既に十分明るくなっている。その広さはあるが無駄な調度品類は一切置かれていない、ほの明るい殺風景な部屋を見回し、メークミーはようやく自分が捕虜になったことを思い出した。
そうか、夢じゃなかったんだ…
あまりにも心地よく寝ていたせいか、捕虜になったことはもちろん、ムセイオンから脱走してここまで冒険してきた事まで全部が夢だったのではないかと疑いたくなってしまうが、ベッドから身を起こして見渡す室内の様子、そして自分の衣服は間違いなく一昨夜捕虜になってから与えられた物だった。
「ふぅ…」
一つ大きくため息をついてから伸びをすると、身体中がゴキゴキと鳴った。よほど深く寝て寝返りも打たなかったのだろう、身体の
メークミーは部屋に置かれた
「ハァ~…やっぱり捕虜になっちゃったんだなぁ…」
これからどうなるんだろう?
まあ、ゲーマーの血を引く自分を酷い目に会わせることはないだろう?これまでの奴らの態度からもそれは間違いはない。扱いも罪人っていうよりは貴族って感じだし…
世話係に
ああ…でも、やっぱりムセイオンに送り返されちゃうんだろうなぁ‥‥
剣も盾も取り上げられちゃったし…ホントにムセイオンに着くまで返してもらえないのかな?
あのサウマンディウス伯爵公子って奴、酷いよな…
帰ったらママに怒られるだろうなぁ…
みんなはどうしてるんだろう?
助けに来てくれなかったって事は、やっぱりみんなもスライムにやられてたのかな?
エッジロード様は歩けなくなったくらいだから多分、同じくらいやられてたんだろうな…ソイボーイ様は大丈夫だったんだろうか?
ちゃんと食べる物食べて、しっかり寝ればもう回復できてるだろうけど…
確か、一旦サウマンディウムへ送るっていってたな…
サウマンディウムって海の向こうだよな?
送られちゃったらみんな助けたくても助けに来れなくなっちゃうよな…
どうする?どうにかして逃げ出すか?
でも剣と盾…せめてどこにあるか分かればなぁ…
いや無理か…あの《
あれが普通の
あれじゃママと変わんないよ…ひょっとしてママより強いんじゃないの?
みんなで束になってかかったのに全然相手にもならなかったもんなぁ…
あんな凄い精霊に守られてるって…あのスパルタカシアって子、凄いよなぁ…
あの子自身の魔力はそんなに大したこと無さそうなのに、あんなに凄い治癒魔法使うし、あんな精霊にまで守ってもらえてるし…
ルクレティア・スパルタカシアだっけか…
こんな辺境だっていうのに…あんな凄い子が…しかも若いし…何歳くらいなんだろう?
結構かわいいよな?
うん、なんか立ち居振る舞いもさ…なんか清楚な感じだよな。
ムセイオンの女の子たちみたいに、スレてる感じがしないしさ。
ムセイオンの女ってなんでああも高飛車って言うかさ、気位が高いっていうかさ、こう、ツンツンしたようなさ…何で同じゲーマーの血を引いてる貴族の男相手にあんなに偉そうなんだか…あれじゃ男に好かれるわけないだろうにさ…
別に使用人みたいになれっていうんじゃなくてさ、こう…やっぱスパルタカシアみたいにさ…おしとやかって言うの?
何かホントに「姫」って感じだよなぁ…
ルクレティア・スパルタカシアかぁ…
ルクレティア…ルゥ?ルーシー?
ああ、そう呼んでみたいなぁ…怒られるかなぁ?
ムセイオンの女だったら絶対怒るよな。フンッとか鼻で笑ってさ…突き放すみたいにさ…
あの子はそんなこと無さそうだよなぁ…
降臨者スパルタカスの末裔か…ゲーマーじゃないけど、一応降臨者の血を引いてんだよな…
ブルーボール様はNPCと同じだって言ってたけど…あれだけの実力だもん、NPCなんかじゃないよ。
付き合っちゃみんなに笑われるかな?
ゲーマーの血を引いてないっていっても、あの実力なら俺たちと変わんないし?
真面目に付き合ってって言えばOKしてくれるよな?
だってこっちはゲーマーの孫だし?
普通、断らないよな?
ああ~…でもサウマンディウムへ送られちゃうんだよなぁ…これじゃ仲良くなるタイミングが無いじゃないか…
なんとか待ってもらえないかな?
う~ん…でもあのサウマンディウス伯爵公子かぁ…融通利かせてくれそうな相手じゃないよなぁ…あと、あのホブゴブリンも…何だっけ…アヴァロニウス・レピドゥス?
アヴァロニウス?
ああ、ひょっとしてあのアヴァロニウスか…滅ぼされたんじゃなかったんだな…
いや、今はそんなこと…でもなぁ…う~ん…いやでもっ、何もしないうちから諦めたんじゃ何も始まらないぞ!?
そうだ、ひとまず頼んでみない事には聞き入れてくれるかどうかもわからないじゃないか。
昨日はホラ…お互いに虫の居所が悪かっただけかもしれないし…
うん、こう、子供の仲直りとかじゃないけど、何ていうの?歩み寄り?
そう、歩み寄りだよ!
うん、こう意地張っててもしょうがないし、剣と盾も返してもらえるもんなら返してもらいたいし…まあ、そっちはムセイオンで返してもらえるから無理に急がなくてもいいけど…
いつの間にかベッドに再び横になっていたメークミーがゴロゴロと転がりながら思案しているとドアがノックされた。
「何だ?」
「手洗いの水と御召し物を御用意いたしました。
入ってもよろしいでしょうか?」
昨日と同じ痘痕面の神官の声だった。
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