第1333話 客人をもてなす仕事
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
「そうだ」
ルキウスは
「リュウイチ様は人の役に立ちたいと望んでおられる。
だが、我々はそれをしていただいては困るのだ。
そしてリュウイチ様はそんな我々の事情を理解し、何もしないでいてくださっておられる……」
「だからリュウイチ様に力をお貸しくださるように言うつもりだったのですか!?
ですがそれでは!」
思わず声を高くしたアルトリウスにルキウスが口元へ人差し指を当てて静かにするようジェスチャーすると、アルトリウスは話を途切れさせ慌てて通路を見渡した。幸い、人影は見えない。そもそも
こんなところで話をしても他人に聞かれるわけないじゃないかという反発と、しかしそれを口にして良いわけはないという冷静な判断、そしてここなら誰にも聞かれないだろうと油断してウッカリ大きな声を出してしまった自分の
しかし言うべきことは言わねばならない。アルトリウスは身を
「それは結局リュウイチ様の御力を、《レアル》の
レーマ本国にバレれば我々の立場はどうなることか」
「だが今のままではリュウイチ様の心は我々から離れるぞ?
リュウイチ様がその気になれば、誰にも気付かれることなく脱走することも、我らの守りを
リュウイチが
しかしアルトリウスにしてもその程度のことは重々承知の上だ。
「だからせめて精一杯もてなそうとしているのではありませんか!」
「しかし我々の試みのどれか一つでも成功しているか?」
ルキウスの指摘を突っぱねる要素を、アルトリウスは見つけることは出来なかった。彼らの見るところ、リュウイチは不満らしい不満を表明したことはない。だが満足している様子も無く、レーマ貴族たちが期待するような良好な反応を示したことはほとんど無いのだ。彼らは自分たちのリュウイチに対する試みに失敗したとは思っていないが、しかし明確な手応えも感じられないでいたのだった。再び口籠るアルトリウスにルキウスは冷酷に続ける。
「そうだ、何一つできてはいない。
そもそもリュウイチ様は贅沢をお好みになられないのだ。
贅沢な御馳走は却ってリュウイチ様の勘気を招きかねん。
一度お尋ねしたことがあったがな、リュウイチ様はおっしゃられたよ。
『たくさんの被災者が困っている
これで下手に御馳走を用意することもできなくなった」
いつしか熱を帯び始めたルキウスの口調は、何かにため込んだ不満をぶつけるかのようだった。
「宝飾品の類も興味を示されん。
まあ、それは仕方ないのかもしれんな。
何せリュウイチ様の方がよほど良い物をたくさん持っておられるのだ。我々に用意できるものなど、リュウイチ様が興味を示されることなどないのだろう」
「それはいくら何でも……」
卑屈に過ぎる……だが、言いたいことは分からないではない。御馳走は歓迎の、接待の基本だ。ルキウス自身、世を
「女も結局ご自身で調達され、その一人で満足しておられる……
あのリュキスカ様が“女”になって、少しは他の女を受け入れる余地ができたかと思ったが、昨日のあの様子では難しいだろうな」
リュキスカが生理になったと知り、それをリュウイチに新たな女をあてがうチャンスと考えたのはマルクス・ウァレリウス・カストゥス一人ではなかったのだ。もっともホブゴブリンのルキウスの身内にリュウイチに送り込めるような年頃の女など居ない。ルキウスが考えていたのはルクレティアだった。
婚約のあかしとして
一人で夜の街に抜け出して娼婦を買い、連れ込んだことからリュウイチも女には興味を示すだろうと思っていた。リュキスカ一人で良いというのもどうせ今だけの事、夜の街で春を売っているような安い女などすぐに飽きるだろうと思っていたのに、なんやかんやでリュキスカが来て二十日以上経っている。その間、リュウイチはリュキスカ以外の女に本当に手を出している様子が無い。
いや……それはあの
ルキウスはすぐに頭を振った。リュキスカも決して肥えているわけではない。リュキスカの体系がリュウイチの好みだというのなら、グルギアはリュウイチの好みに近い可能性もあるくらいだ。マルクスはそこを狙ってグルギアを選んだのだろう。ということは、やはりグルギアがどうとかではなく、本当に女への欲求が少ないと見るべきなのだ。少なくとも、リュキスカが飽きられるまで二~三年程度は今の状況が継続することも見こしておかねばなるまい。
「それで“仕事”を、リュウイチ様に提供なされようというのですか?」
実際の所、ルキウス自身もそこまで考えていたわけではない。ただ、この場でアルトリウスと話をしていて気が付けば頭の中にあった自分でもハッキリしないモヤモヤとしたものがいつの間にか具体化していた……そんな感じだ。少なくともリュウイチとカフェを楽しみながら談話していた時には、そんなこと全く考えていなかったのだ。ただ、アルトリウスの小言への言い訳を適当に口にしていたらそうなった。そしてアルトリウスに問われたことで、そのアイディアはルキウスの中でハッキリと明確になったのだ。
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