裏路地の密談
第1332話 ルキウスの気づき
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
「
リュウイチとの食後のカフェも終え、
「おお、早かったなアルトリウス」
アルトリウスはルキウスと同時に食堂を出たのだが、ルキウスが直接要塞司令部へ向かったのに対し、アルトリウスは一度
「いくつかの簡単な報告と指示だけでしたので……」
立ち止まったルキウスにアルトリウスが追いつくと、二人は並んで歩き始める。もちろん、ルキウスのペースに合わせてだ。
「
しばらく無言のまま歩いていた二人だったが、
「うん?」
ルキウスはシトシトと静かに降る冷たい雨を避けるため、ダルマティカの上から重ね着していた厚手の
「どういうおつもりだったのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何のことだ?」
アルトリウスは小さく溜息をついてから気を取り直して続けた。
「先ほどの、リュウイチ様に情報提供を求めたことです!」
ルキウスはアルトリウスの声に苛立ちが滲んでいることに気づき、面倒くさそうに口を歪める。
「たしかに我々が一日二日かけねば手に入らない情報をリュウイチ様は居ながらにして、しかも詳細に知ることがお出来になる。
それを利用できれば確かに便利でしょう。私もアルビオンニウムであった戦いの詳細を教えていただき、そのすごさを実感しております。
ですが! それは先ほども申しました通り大協約に抵触します。
リュウイチ様が勝手におっしゃられたというのならともかく、こちらから求めたとあれば言い訳が出来なくなるでしょう」
アルトリウスの訴えはルキウスの耳には小言と言うよりは愚痴に聞こえた。ルキウスはその場に立ち止まり、それに気づいたアルトリウスも遅れて立ち止まる。
「アルトリウス」
「何です?」
「私は別に教えてくれとは言っとらんよ」
その
「そのような言い訳が通用するとは思えませんが?」
ルキウスはアルトリウスの方へ身体ごと向き直ると、杖を持ち直して自分の真ん前に突き、その上に両手を重ねた。
「まぁ聞けアルトリウス。
お前、リュウイチ様にとって今一番の問題は何だと思う?」
アルトリウスは話が急に変わったように思え、
「リュウイチ様にとっての問題……ですか?」
「そうだ、リュウイチ様が今、必要としておられることだよ」
それはアルトリウスにとってのみならず、リュウイチの存在を知る
「……わかりません。
わかりませんとも……分かるならぜひ教えていただきたいぐらいです。
もしや
尋ねるアルトリウスの目にはルキウスがニヤリと笑ったように見えた。
「仕事だよ。役割と言った方がいいかもしれないな」
アルトリウスの表情が
「リュウイチ様は善良な御方だ。人の役に立ちたいと望んでおられる。
だから膨大な金貨や
誰かが困っていれば喜んで御助けになられるだろう。
実際カール閣下も助けたし、リュキスカ様もその子も助けた。
貴重極まりない
「そ、それはそうでしょう。
ですがそれは……」
してもらっては困る……それが彼らの本音だった。
アルトリウスにしろエルネスティーネにしろルキウスにしろ、貴族たちはそうだからこそリュウイチを軟禁状態に置き、リュウイチの降臨そのものを秘匿することにした。世間にリュウイチの存在が知れ渡れば、その力を利用しようとするものや恩恵にあずかろうとする者が必ず現れる。ルキウス達自身もそうなのだから、領民たちも挙ってとなれば収拾のつかない事態になりかねない。だからリュウイチの存在自体を秘密にし、自分たちだけで匿い、その恩寵を誰にも独占されないようにしつつ自分たちだけが優先的に恩恵にあずかれるように色々と画策していた。
リュウイチもルキウスたちの意図に気づいていたのかどうか、少なくとも大協約が何を危険視しているかは理解し、それを尊重して自らを軟禁状態に置いて協力してくれている。ただ、それは同時に「何もしないようにする」ということでもあった。
何もしないことが一番役に立つ……それは世の人の役に立ちたいと願う善良な魂にとって、この上ないほど残酷な事実であろう。それは自らの存在そのものの全否定に他ならない。
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