第1331話 需要
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
残された大人たちは食後のカフェを
そのことを知らなかったリュウイチは当初、食後に一人で食堂に居座り続けていることが妙に落ち着かず、食堂から自室へ帰ろうとしてしまい、奴隷たちや使用人たちを大いに慌てさせてしまったことがあった。今ではそれが却って周りの迷惑になることを理解してしまっていた。それからは食後にカフェを愉しむことを仕方が無い事だと受けいれることができるようになっていたし、今ではそれを楽しむ余裕も出来てきたように思える。今日に限って言えばルキウスとアルトリウスが同席しているので、無理にお茶を楽しんで見せているということもない。
「
正直、見違えましたよ」
ルキウスが
ルキウスの感想は当然かもしれない。カールは実際、比喩ではなく、身体が急激に成長しつつある。これまでくる病でベッドから起き上がれなくなっていたカールの筋肉はかなりやせ細っていた。それがリュウイチの魔法でくる病から回復し、光属性ダメージを無効化する防御魔法によって日光を浴びれるようになってから積極的に運動するようにもなっているのだ。カールの身体には急速に筋肉が付き始めており、まだ同年代の子供に比べるとかなり細いが手足の筋肉は常にパンパンに張っている。フニャフニャだった姿勢も体幹を支える筋力が強くなったことでシャンと背筋が伸びるようになっており、先月までのカールしか知らない者が見たら同一人物か疑いたくなるほど体格が発達して見えているのだ。腰痛のために一週間以上カールの姿を見てなかったルキウスからすれば、その変化は顕著に見えた事だろう。
「
アルトリウスはルキウスの感想に相槌を打ったが、ルキウスとアルトリウスでは評価するポイントが違ったようである。ルキウスは思わず苦笑した。
「私は身体のことを言ったんだがね?
しかし、
一人眉を持ち上げたアルトリウスを無視してルキウスはリュウイチの方へ話を振った。
「彼の侯爵公子としての自覚は随分強くなったようだ。
これもリュウイチ様のおかげです、御礼申し上げますぞ」
『いえそんな!
それはさすがに買いかぶりでしょう』
リュウイチは慌てて否定する。しかしルキウスはそのままのペースで続けた。
「先月までの彼なら、あそこまで話題が膨らむことはなかったでしょう。
無論、彼も男の子だ。
しかし、『サウマンディアは何でそこまで助けてくれるのですか?』などという質問はおそらくしなかったはずだ。
次代の
『それは、あの家庭教師、ミヒャエル君でしたか?
彼の教育の
ルキウスはフッと小さく笑い、「そうかもしれませんな」と引いて見せた。リュウイチは遠慮深い、褒められることや
香茶を一啜りすると、ルキウスは茶碗を降ろしてリュウイチの方へ向き直る。
「しかし、
『と、いいますと?』
リュウイチは思わず身構え、香茶を啜った。
「
ルキウスの示した疑問にリュウイチは苦笑いするしかなかった。
『さすがにそれは私にも分かりません』
「ルクレティア様の早期帰還についての要請は今日、早ければ昼頃に届くでしょう。
リュウイチが否定するのを補佐するようにアルトリウスが横から説明した。ルキウスは顔をわずかに顰めて首を振る。
「未来に何が起きるか教えてくれと頼んでいるわけではありませんよ。
それが出来ないのは百も承知……私としては
ルキウスが言うとアルトリウスは口をへの字に結び、リュウイチは『それはそうなんでしょうね』などと小声でつぶやきながら頭を掻いた。
「向こうで何が起きたか……我々が知るのは早くてもその翌日です。
しかし、リュウイチ様は居ながらにして向こうの様子を知ることがお出来になる。
いや、羨ましい限りですな」
アルトリウスは神妙な顔つきで身体を乗り出した。
「いけません
リュウイチ様のその力を借りるのは、『《レアル》の
ルキウスが言ったように
しかしそれは大協約の禁じる《レアル》の恩寵の独占禁止に明確に抵触する。リュウイチの能力は《レアル》の恩寵そのものなのだから、それを自分たちのために利用させろと要求するのは流石に不味い。
ルキウスは不満げにフーッと溜息をついた。
「私は『知りたい』とも言ったし『羨ましい』とも言った。
だが、その力で向こうと通信させろと言った覚えはないよ」
「そんな言い訳はさすがに通用するわけないでしょう!?」
アルトリウスの見るところ、ルキウスはどうも法律だの規律だのと行った者に対して柔軟過ぎるところがある。今のもそうだ。後でバレれば必ず不味いことになりそうなことでも、バレなければ問題ないと割り切ってしまうのだ。
「やれやれ、駄目なようだ」
「当然でしょう!?」
お道化て見せるルキウスにアルトリウスが不満そうに嘆息する。だがルキウスは全くこりていないようだった。さすがにこれ以上要求してくることはないが、悪びれることなくウインクしてみせた。
「しかし、リュウイチ様。
遠くで起きたことをいち早く知るのは武器になります。
それを知りたいものにとっては得難い商品にもなりましょう。
憶えておいて、損はありませんぞ?」
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