第1330話 貴婦人のたくらみ
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
エルネスティーネたちは朝食を終えた後も食堂に留まり、食後のカフェを
ただ、自分自身が貴族に仕える使用人たちよりもずっと下層の
そりゃ邪魔しちゃったら悪いとは思うけどさ。
別に掃除してもらってありがたいとは思っても、邪魔だとか思うわけないじゃないさ!
むしろ自分の部屋くらい自分で掃除したいくらいなんだけど……
そうは言ってもどうやらリュキスカの掃除の仕方はルクレティアから借りている侍女たちからすると認められるような出来ではないらしく、「いけません!」「これでは赤ちゃんの健康に障ります」などと叱られる始末。最初は余計な御世話だと突っぱねようかとも思ったが、オトが困ったように頭を掻いていたので仕方なく侍女たちに任せるようにしていた。実際、彼女たちの清掃は徹底しており、塵一つ残らないほどだった。
はぇ~、貴族様の
リュキスカは
掃除や洗濯を仕事として時間を確保してやる人間に任せるのと、仕事は仕事として別にこなさねばならない人間の家事とではどうしたところで差は生じる。費やせる労力が違うのだから当然だ。だからといって自分が時間を確保できたとしても、掃除や洗濯を仕事としてやってる連中と同じ水準で出来るようになるかと言うと自信はない。結局リュキスカも、納得がいかなくても貴族という身分と生活に少しずつ慣れて行かねばならないのだった。
そんなわけでリュキスカも貴婦人たちの食後のカフェに付き合わざるを得ない。もっとも、途中からエルネスティーネとアンティスティアの話題がリュキスカから離れたので、居心地はそれほど悪いものではなくなってはいたのだが……
「それにしてもリュキスカ様、あんまり食べなかったけどホントに大丈夫?」
思い出したように向けられた言葉は収まっていた居心地の悪さを呼び起こす。
「え!?」
「『えっ!?』じゃありませんわ。
そりゃリュキスカ様はヒトだし、私みたいなホブゴブリンよりは寒さに強いんでしょうけど、それでも女は肥えてた方がよろしいんじゃなくて?」
アンティスティアの表情に演技らしい様子はなく、本気でリュキスカのことを心配していそうだ。実際、
「そうねぇ、あれでは今より痩せてしまいそうで心配だわ。
まだ息子さんだって乳離れしてないのに、お乳の出が悪くなっちゃうんじゃないの?」
アンティスティアに続いてエルネスティーネも心配そうに話しかけてくる。リュキスカとしては余計な御世話ぐらいの話だったが、さすがに貴婦人相手に安易に突っぱねるわけにも無視するわけにもいかない。
「いえ、大丈夫ですよ。
アタイにはこれくらいで十分なくらいで……」
「ウソおっしゃいな。
ディートリンデ様ほどもお召し上がりになっておられないじゃない?!」
ディートリンデはエルネスティーネの長女で十歳の少女だ。女の子は成長が早いとはいえ、十歳ではまだ大人ほど
「やっぱり体調が悪いの?
だとしたら無理強いは出来ないけど……」
リュキスカがアンティスティアに反論する前にエルネスティーネがすかさず口を挟む。正直言うとリュキスカは実はまだ身体の具合が……と逃げるつもりだったのだが、エルネスティーネに先回りされたことで逆に「いえ体調はホントにもう全然ッ!」と反射的に答えてしまい、自ら逃げ道を塞いでしまう。体調は悪くないと言質を取ったところでアンティスティアが食べ物を勧め始めた。
「やっぱり足らないでしょう?
何か持ってこさせましょうか?
豆やドライフルーツなら手間もかからないし、すぐに出てくるわよ」
確かに豆やドライフルーツぐらいなら、主人が間食を求めた際にすぐに出せるように用意しているものだ。アンティスティアにしろエルネスティーネにしろ、どうしてもリュキスカにたくさん食べさせたいらしい。
「いえ、ホントに大丈夫だから!」
リュキスカは弁明するがアンティスティアもエルネスティーネも諦める様子を見せず、リュキスカを疑うように見つめ返す。
「いやその、にいさ……リュウイチ様が
リュキスカの説明にアンティスティアは身を乗り出し、リュキスカを挟んで反対側に居るエルネスティーネに尋ねた。
「
確かに
なんでソッチに訊くのよ……などと内心で思いつつ、リュキスカはエルネスティーネが返事する前に答える。
「ホントですよ!
この間なんてこれっ位のピザを二枚もペロッて……」
そう言いながらリュキスカは両手で自分の頭の倍ほどありそうなピザを描いて見せる。それは標準的な
「だからアタイも
じゃないとホラ、リュウイチ様の
何とか二人を納得させられそうな気配にリュキスカはホッとしながら、ダメ押しの説明をする。そしてアンティスティアは実際にそれで納得してくれたようだった。
「なるほど、
アンティスティアはそう言いながら興味深げに頷いたが、反対側からはエルネスティーネがなおも用心深く尋ねてくる。
「じゃあお乳の出の方も、心配いらないのかしら?」
まだエルネスティーネが諦めてなかったらしいことに驚いたリュキスカは飛び跳ねるように振り返った。
「もちろんですよ!
アタイほら、オッパイだってこんなだし?」
両手で持ち上げて見せたリュキスカの乳房は確かに痩せた身体には不釣り合いなほど大きい。その大きさには前から気づいてはいたが、しかし改めて目の前に突き出されると女同士でさえ驚きを禁じ得なかった。
「アナタそれ、ホントに?」
レーマ帝国でも胸を大きく見せるために詰め物をする女性は少なくない。リュキスカは男の目を誘わねばならない娼婦だし、てっきりある程度は詰め物で大きく見せているんだろうと無意識に思っていたのだが、揺れ具合からするとそうでもなさそうだ。
「いやぁ、前はそんなでも無かったんだけど、何か子供出来たら大きくなっちゃって……」
「それだって、普通子供産んだら縮み始めるでしょ!?
もうすぐ一歳よね!?」
「いや、アタイもそう思ってたんだけど、何でか縮まんなくって……
アタイだって困ってんですよ?
大きすぎて邪魔だし、重いし、肩凝るし、オッパイ溜まると張って痛いし?」
リュキスカが苦笑いを浮かべながら答えるとエルネスティーネとアンティスティアはリュキスカ越しに互いに見合った。
「じゃ、じゃあお乳の出は大丈夫なの?」
「え!?
ええ、もうフェリキシムスももう乳離れしなきゃいけないんだけど、
エルネスティーネとアンティスティアの視線に何か異変を感じたリュキスカは急に不安に襲われた。
「……な、何です御二人して?」
リュキスカを挟んで二人の貴婦人は無言のまま頷くと、エルネスティーネがリュキスカに呼びかけた。
「リュキスカ様」
「はい!?」
「そんなアナタを見込んで一つお願いがあるのだけど……」
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