第730話 情報収集(2)

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ エッケ島・エックハヴン/アルトリウシア



 今朝方、エッケ水道をする際にエッケ島北岸のハン支援軍アウクシリア・ハンの見張りに発見され、その後トゥーレスタッドへ入港した艦隊は間違いなくサウマンディアの艦隊であった。艦隊の航行目的はサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア第三大隊コホルス・テルティアをアルトリウシアへ輸送することであり、アルトリウシア復興……特にティトゥス街道再開通工事のための増援部隊をアルトリウシアへ追加派遣することは既にサウマンディア、アルビオンニア、そしてアルトリウシアの各領主たちの合意の上だった。

 本来なら他国にも等しい隣の属州へのこのような規模の派兵など、数か月にわたる事前調整を要するものなのだが、これが先月上旬の叛乱事件への対応なのだから事前準備などほとんどされていないことになる。このことからも叛乱事件への対応に対する緊急性を、プブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵、エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人、そしてルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵といった領主貴族パトリキらが如何に高く評価しているかが分かろうというものだ。

 もっとも、いくら緊急性が高いからといって全く事前準備が成されていなかったわけでもない。以前に軍使レガトゥス・ミリトゥムとして派遣されたマルクス・ウァレリウス・カストゥスを通じての追加派遣の打診、そして手紙や伝書鳩を使っての事前調整、さらにアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアからの軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムテルティウス・ウルピウス・ウェントゥスを派遣しての最終調整という手続きを踏んでのことであり、それなりの準備はされている。


 これだけ早い段階での追加派遣が実現した理由としては、サウマンディア側が派遣部隊への補給等の負担を全面的に引き受けたことが大きいだろう。

 アルビオンニア属州としても、アルトリウシア子爵領としても、サウマンディアの大規模な支援を……特に人手の派遣を必要とはしていたが、大量の被災者を出してしまったアルトリウシアには食料その他物資が決定的に不足しており、大規模な救援部隊を派遣して貰えたとしても、部隊に食わせるだけの食料を確保できないというジレンマを抱えていた。このため、プブリウスは既に約束しているアルビオンニア属州、そしてアルトリウシア子爵領への支援とは別に、派遣部隊への補給物資を用意し、それをサウマンディア側だけで全面的に負担するという大胆な判断を下したのである。


 これにはさすがにサウマンディアの貴族ノビリタスたちからは不安や懸念が続出したし、支援を受ける側であるアルビオンニアやアルトリウシアの貴族たちの中にも「ここまで恩を着せられては、後で何を要求されるかわかったものではない」と疑念を抱く者も少なくなかった。それでもプブリウスが追加支援を断行したのは、もちろん降臨者 《暗黒騎士リュウイチ》の存在があったればこそである。

 アルトリウシアをたすけたところでもちろんリュウイチに対して直接恩を売れるわけではない。アルトリウシアはルキウスの領土であり、アルビオンニア属州はエルネスティーネのものだ。リュウイチはアルトリウシアに滞在しているだけの、いわば客人に過ぎないのだから全く無関係である。

 だがそれでも、リュウイチの身柄を預かっているのはエルネスティーネでありルキウスということになる。もし今後、レーマ本国による降臨者リュウイチの扱いに関する方針が決まり、もしリュウイチの身柄をアルトリウシア以外へ移すことが決まった時、あるいはリュウイチがアルトリウシアやアルビオンニア属州内に留まることになったとしてその身の回りの環境を整える際、エルネスティーネやルキウスに恩を売っておけば、そこにプブリウスの意向を反映させることができるようになるはずだ。

 たとえばリュウイチをサウマンディアへ招致することができるかもしれない。あるいは、リュウイチの側仕そばづかえとしてプブリウスの息のかかったサウマンディアの人間を送り込むことができるかもしれない。いずれにせよ、それらが実現すればサウマンディアは降臨者の血を引く新たな聖貴族の家系を儲けることができるかもしれないのだ。しかもそれが史上最強のゲイマーガメルである《暗黒騎士ダーク・ナイト》の血を引くとなれば、その力はムセイオンの聖貴族らなど比較にならないほど強力なものとなるだろう。


 サウマンディアは世界に冠たる地位と栄光を手にする……プブリウスはその夢を実現に移すための、いわば先行投資として今回の追加派遣を断行していた。決して安い支出ではないが、先行投資をケチって成功する事業などありはしないことをプブリウスは知っていた。


 アルビオンニア側ももちろんそのようなプブリウスの思惑に気づいていないわけではない。貴族ならむしろそれくらい考えて当たり前だ、自分がプブリウスの立場でもそうしたかもしれない……エルネスティーネもルキウスもその程度には考えている。それに、今の彼らにとっていくら下心が見え透いているからと言って、支援を断れるだけの余裕はなかった。


 そのような背景であるから、その詳細についてアルビオンニア艦隊提督プラエフェクトゥス・クラッシス・アルビオンニイでありセーヘイムの郷士ドゥーチェでもあるヘルマンニ・テイヨソンの側近ヨンネ・レーヴィソンが知らないわけは無かった。

 だが、知っているからと言って叛乱軍であるハン支援軍に教えてやる義理は無い。ヨンネは艦隊について教えろというモードゥの要求を突っぱねた。


「教えてくれって言ったって、アンタらには関係ないだろ?」


「無関係なわけないではないか!

 我々は同じレーマ帝国の防衛を担う軍人だぞ!?」


 このモードゥの言い分にはさすがのヨンネも笑いをこらえるのに少しばかり苦労がった。ちょうど船上の次の荷物に視線を移す振りをしながらサッと顔を背け、反対側に立つモードゥから表情を見られないようにして吹き出しそうになるのを我慢する。


辺境軍リミタネイ支援軍アウクシリアの違いはあっても同じ南部方面軍コミターテンセス・メリディオナリスに属する友軍ではないか。

 互いの協力関係を密にするため、友軍の動静に関心を持つのは当然であろう?」


「パーヴァリ!!」


 モードゥの話を遮るようにヨンネは大声を出して、ちょうど視線の先にいた船長に声をかける。


「先に家畜を降ろしてくれ!

 後から降ろすと桟橋の上で邪魔になる!!」


「わあったぁ!!」


 荷下ろしの順番が変わったことで船員たちが邪魔にならないよう荷物を置き換えるなど、少しばかり周囲が騒がしくなる。これでモードゥも話すのをやめざるを得なかったが、しかしそれは一時的なことでしかなかった。モードゥは話を終わらせたいというヨンネの意図など気づかなかったし、気づいたとしても諦めるわけにはいかなかったのである。


「なあヨンネ殿、いきなり大艦隊が現れたという報告があったことで、我が陣営では随分と騒ぎになっているのだ。

 あの艦隊が我らを攻撃しに来たのではないかと、らぬ疑念を抱き、いたずらに緊張を煽る者すら出てきておるのだ。

 そのような騒ぎを放置することで大きくし、我が軍とサウマンディアやアルトリウシアとの信頼関係を壊すのは愚かなことだとは思わんか?

 私は我が軍とレーマ帝国の平和と繁栄を願っておるのだ。」


「在らぬ疑念だとわかっているならアンタが自分でそいつを黙らせればいいんじゃないのか?」


 ヨンネの指摘にモードゥは嫌そうに顔をしかめて黙り込む。


「そうだろう?

 だいたい、ソイツの言う疑念が真実なら、俺たちがこうして補給物資を届けるはずがない……そう言ってやればソイツだって黙らざるを得んじゃないか。

 それでなくったってアンタもホブゴブリンなんだ。ハン族の中じゃ身分は高い方なんだから、ソイツを黙らせるくらい簡単なんじゃないのか?」


「そうもいかん、そう簡単な話ではないのだ。」


 指摘を重ねるヨンネではなく、船から桟橋に降ろされる羊の方を見ながらモードゥは静かに首を振る。そして積み荷の確認を続けながらヨンネが話の続きを期待するでもなく様子をうかがっている間に、モードゥは慎重に言葉を選び、そして話を続けた。


「危機管理に責任を持つ者として、軍人には楽観は許されん。

 私よりもたっとき御方が、そのようにお考えなのだ。」

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