追手
第915話 逃亡者たち
統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム
鳥目でなくとも文字通り一寸先さえ見通すことのできない暗闇であるにもかかわらず、息を乱しながら走る小さな集団がいた。人間二人、馬五頭では「集団」と呼んでよいのかどうかも怪しいが、彼らは
「ホエールキング様!
このままじゃ、ホントにブルグトアドルフまで戻ってしまいますよ!?」
「しょうがないだろ!
まさかレーマ軍が基地を復旧させてるなんて思わなかったんだ!」
彼らは
その彼らにとって誤算だったのは、彼らの今夜の宿が見つからないことである。ペイトウィンは当初、シュバルツゼーブルグ北の街道沿いの
ところが、実際に行って見ると中継基地は復旧していた。小規模な基地を防衛するには十分な数のランツクネヒト兵士が駐屯しており、
「何で
森から出る寸前にレーマ軍の存在に気づいたペイトウィンは驚き、立ち止まった。もし立ち止まるのが遅かったら、彼らは中継基地のレーマ軍に見つかっていたかもしれない。そして馬を連れて一旦森に引っ込み、エイーと共に基地を観察し、そしてその基地を利用するのを諦めた。
その中継基地に駐屯できるのはせいぜい一個小隊くらいなものだろう。完全武装の兵士とはいえ百人に満たない小勢でしかも小さな施設にまとまっているのだ。ペイトウィンが本気で魔法攻撃を行えば一撃で全滅させることも出来ただろうが、さすがにそれを実行するほどペイトウィンは愚かではなかった。
その中継基地からシュバルツゼーブルグの街まで十キロと離れていなかったし、レーマ軍なら早馬で定時連絡を行っているだろう。仮に守備兵を全滅させたとしても、夜が明ける前に異変に気付いたレーマ軍が部隊を差し向けて来るであろうことは明白だ。そして、その中にあの《
それに一撃で守備兵を全滅させるとなれば、あの基地の建物ごと破壊するような大威力の攻撃魔法を
それに当面は戦闘を避けるのが今の『勇者団』の基本方針だ。
そういうわけでペイトウィンは早々にその基地を
シュバルツゼーブルグとブルグトアドルフの間にある中継基地は二つだけ……つまり、彼らはこのままでは本当にエイーが言った通り、ブルグトアドルフまで戻らねばならなくなってしまう。今朝、ブルグトアドルフを発って昼にシュバルツゼーブルグへたどり着いた彼らは晩にシュバルツゼーブルグを発ち、真夜中過ぎにブルグトアドルフへ戻ろうとしていたのだった。
「でもホエールキング様!
ブルグトアドルフにはあの《
下手に近づかない方が良いんじゃ……」
エイーは一昨日目の当たりにした《森の精霊》を警戒していた。本気になったスモル・ソイボーイをものともせず、スワッグ・リーをも手玉に取り、ナイス・ジェークを捕えてみせた精霊……《地の精霊》から逃れたところで《
ナイスはエイーを逃がすために自ら囮になり、《
「東に
今朝だって
そういうペイトウィンにしたところで決して《森の精霊》を
「昼間は大人しくしてたとかじゃないんですか?
実際、あんな強力な
不安そうなエイーの心配は最もなことではある。それについてペイトウィンも考えないわけではなかった。常識的に考えてあれほど強力な精霊が突然現れるわけがない。あんな精霊を見たら元からこの辺に居た土着の精霊と考えるのが普通だ。だが、彼らはアルビオンニアに渡って以来何度かこの辺も往復したが、あのような強大な精霊の存在には全く気づけていなかった。だとすれば、理由は分らないが今まで《森の精霊》は自らの気配を遮断し、魔力を
そう思うと彼らは急に心細くなってくるのを自覚した。彼らが行動できているのは魔法やスキルで暗闇を見通せているからだ。だが、本当は見通せてなどしておらず、何かがそこに潜んでいるのだとしたら?……その想像は彼らの心の奥底から根源的な何か、すなわち“恐怖”を呼び覚ました。それを振り払うようにペイトウィンは声を張る。
「そんなの知るもんか!
とにかく、こんな……何が潜んでるか分からないような森で、俺たちだけで野宿したくなけりゃ先を急ぐんだ!
この先に居るんだろ、盗賊どもが!?」
「ああ……クレーエたち、ホントに合流できるのかなぁ?」
ティフに盗賊どもの統率を任された一人、クレーエを思い出しながらエイーは情けない声を上げた。盗賊どもの中では一番役に立ちそうな人物ではあったが、彼らからすれば所詮は只のNPCである。《森の精霊》相手に口八丁手八丁でしのいでみせた度胸はあるが、“戦力”としてはアテにならない。ところが、そのクレーエを彼らはこれから頼ろうとしていたのである。『勇者団』として、ゲーマーの血を引く冒険者として、それは情けない状況だと言えた。
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