第882話 脅迫
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐
ルクレティアの承諾を得るとカエソーはさっそく蝋封を切るために腰に下げていた自分の
インプとヨウィアヌスの動きなど意にも介さず……いや、気づくことすら無くカエソーは小剣で蝋封を切り、鞘に戻すのが面倒だったのか机の上に小剣を置くと手紙を広げた。隣のアロイスやその後ろのスカエウァも覗き込もうとするが、暗くて読めない。
喉の奥で何か唸るような声を漏らし、顔を
松明の光に手紙を
「むぅぅ~~~……」
「これは……」
「……なんて……書いてあるんですか?」
インプへの嫌悪感から自分宛だったはずの手紙への興味関心を薄れさせてしまっていたルクレティアだったが、カエソーたちの反応を目の当たりにするとさすがに無関心なままではいられない。いや、カエソーの反応云々が無かったとしても無関心になられては困るのだが……
先に読み終えたカエソーは渋面のままチラリと視線をルクレティアへ向け、それから机の上に置いた自分の小剣を取り、代わりに手紙を置いた。小剣を鞘に納めてから手紙を両手で机の上に広げて見せると、ルクレティアが机に広げられた手紙に角度を合わせるようにカエソーの方に身体を寄せ、首を傾げながら覗き込む。
『親愛なるルクレティア・スパルタカシア殿
シュバルツゼーブルグへのようやくの到着、まことにご苦労である。ブルグトアドルフからの馬車の旅はさぞや
さて、
理由は一言で言うと其方にある。
其方は我らが
どうやらあまりにも古き血筋ゆえ、《レアル》より受け継ぎたる高貴は其方の一族からは既に失われたと見える。もはや貴族など名乗るのは止めた方が良いのではないか?
その魂より高貴を失いたる
卑しき者に
しかし、我らは
このシュバルツゼーブルグに留まり、我らからの次の指示を待つがよい。さすれば再び其方は我らとの会談の機会を得るだろう。
だが心せよ。我らの寛容も無限ではない。其方の怠惰は大海のごとき寛大をもってしても許容しがたきほどのものであるからだ。素直に応じるならば良し、応じぬというのであれば
しかし言っておこう。くれぐれも、我らの忍耐を試そうなどとは思わぬことだ。これは心よりの忠告である。其方の
「な……何ですかこれは!?」
さすがに読んでる途中から顔色を変え始めたルクレティアがカエソーを振り返る。あまりにも無礼かつ挑発的で、到底貴族相手に送り付けてよい内容ではあるまい。前回のティフからの手紙も十分におかしな文面であったが、今回はそれに輪をかけて
カエソーは小さく首を振りつつ、沈痛な
「少なくとも
その一言に一斉にため息が漏れる。アルビオンニウム、そしてその後のブルグトアドルフの戦闘で『勇者団』が使う盗賊団の戦力はそれぞれ半減し、現在は多く見積もっても三十人と残っていないと思われている。それに『勇者団』のリーダーであるティフは《地の精霊》を介し、これ以上戦う意思はないことを伝えてきている。ブルグトアドルフでの襲撃は命令伝達のミスのようなものだと……だから、少なくとも当面は『勇者団』の側からの積極的な攻撃は無いだろうと考えられていた。おそらく、戦力の充実を図るか、あるいは降臨に適した別の場所を探すかするのだろうと……だがそれはどうやら甘い考えだったようだ。手紙の文面を見る限り戦う意思がないどころか戦う気満々である。
「どうすればいいのですか?」
ルクレティアは無意識に胸元のネックレスを握りしめた。服に隠れて見えないが、そこにはリュウイチから拝領した
もしかしたら責任を感じているのかもしれない。手紙の内容からはルクレティアが『勇者団』からの手紙を無視してアルビオンニウムを発ったことが理由であるかのように語られている。
「本来であればこんな手紙なんか無視して早々にアルトリウシアへ向かいたいところだが……」
カエソーが顎をさすりながら言うと、アロイスがいきり立った。
「いやっ、それではシュバルツゼーブルグはどうなるのです?
奴らはこの街を火の海にすると言っているんですよ!?」
言われるまでもなくカエソーもそのことは理解している。だからこそ「向かいたいところだが」と言葉を濁したのだ。
『勇者団』の戦力は大きく減じられている。三百人に達しようとしていた盗賊団は既に三十人を下回っていると思われ、『勇者団』本体からも二人が捕虜となってこちらの手に落ちている。残りはおそらく『勇者団』が十一人と盗賊三十人弱……人数だけを見れば少ない戦力だが、それでもシュバルツゼーブルグを火の海にするくらいは難しくは無いはずだ。
東西を山地に挟まれたライムント地方は一年を通して雨が少ない。まして秋から冬になろうとしている今、山から吹き下ろす風は非常に乾燥している。おまけに街全体を囲うようにバラックが密集しており、焚きつけには
『勇者団』が盗賊団の生き残りに放火して逃げるように指示すれば、これを完全に防ぐ手立てなど全くない。警戒態勢を強化しようにもシュバルツゼーブルグの治安を維持する
仮に盗賊団に対応できたとしても、『勇者団』には魔法使いが複数参加しているのだ。噂によればムセイオンの聖貴族は大砲のような威力と射程を持つ攻撃魔法をポンポン放つことができるらしい。それが本当なら街を囲むバラック街どころか、それよりさらに広い範囲を守らねばならない。が、当然ながらそのような戦力は無いし、ヴォルデマールやシュバルツゼーブルグ住民に知られることなく大規模な作戦など展開できるはずもない。
「んん~~~むむむ」
カエソーは突然降って湧いた難問に頭を悩ませながら、顎を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます