第883話 ブラフ?

統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルク倉庫ホレウム/シュバルツゼーブルグ



「……『勇者団彼ら』の……要求を飲むんですか?」


 ルクレティアの表情は硬かった。この事態の原因の一旦は自分にあると彼女は思っていたし、実際に今後の『勇者団』ブレーブスが動向も彼女次第なところがあるのは紛れもない事実だ。


「いや、そういうわけにもいきません。」


 対処が難しいならひとまず要求を飲むしかないのではないか?……そう思うのも無理は無いだろう。だがカエソーは首を振った。

 

「シュバルツゼーブルグが戦禍にまみれるというのであれば、そこにルクレティア様にお留まりいただくことはできません。むろん、捕虜二人も……」


 アロイスをはじめ、何人かがカエソーの言葉に目を剥いた。


「そ、それは逆ではありませんか?!

 シュバルツゼーブルグを守るために、私がここに留まるのです!」


「ルクレティア様が留まられたからと言って、シュバルツゼーブルグの安全が保障されるというわけではありません。そんなことはどこにも書いてない。」


 カエソーはそう言ってメンサの上の手紙を指でピシッと弾いた。


「書かれているのは、ルクレティア様がシュバルツゼーブルグを退去された場合は懲罰ちょうばつを加える。そのための準備を整えた。そしてシュバルツゼーブルグを火の海にすることを匂わせているだけです。

 どこにも、要求を飲めばシュバルツゼーブルグの安全を保障するとは書かれていない。」


「それはっ!」


「仮に彼らの要求を飲んでルクレティア様が会談に応じたとしても、会談の結果に満足できなければ彼らはシュバルツゼーブルグを攻撃するでしょう。

 ですが、我々には

 お分かりですか?」


 『勇者団』ブレーブスの目的は降臨の実現だ。大協約最大の禁忌を犯し、自らの父親たちを再臨させることである。が、それは世界の破滅にしかつながらない。事はただ単に大協約に反しているというだけの簡単な話ではないのだ。彼らの父親たちは全員、《暗黒騎士ダーク・ナイト》によって殺されており、そしてその《暗黒騎士》は現在アルトリウシアに居る。最強のゲイマーガメル暗黒騎士リュウイチ》と彼らの父親たちが再会すれば、衝突は避けられないだろう。人智の及ばぬ強大な力同士がぶつかり合うのだ。被害はシュバルツゼーブルグの街一つで済む話ではなくなる。


「我々はたとえ大協約が無かったとしても、彼らの降臨実現を阻止せねばなりませんし、リュウイチ様のことも知られるわけにはいきません。

 彼らとの間で妥協できる余地など全くないのです。

 会談したとしても彼らを満足させることなどできませんし、そもそもルクレティア様と彼らを会談させるわけにはいかないのです。」


 《暗黒騎士》を父の仇と考えている彼らハーフエルフたちがリュウイチのことをしれば、当然狙ってくるだろう。リュウイチが《暗黒騎士》本人かどうかなど、彼らに関係あるまい。降臨実現の方を優先するだろうが、仮に何らかの理由で降臨を断念するか延期しなければならなくなった場合、彼らの目が今度はアルトリウシアへ向けられる公算は高い。そうなればハン支援軍アウクシリア・ハンの叛乱から立ち直ろうとしはじめたばかりのアルトリウシアは再び戦禍にまみれることとなる。当然、リュウイチの聖女サクラとなったルクレティアも攻撃の対象となるはずだ。


「で、では……シュバルツゼーブルグを、諦めるとおっしゃるのですか?」


 ルクレティアの脳裏に先ほどまで食卓を共にしていたシュバルツゼーブルグ家の子女たちの顔が浮かぶ。彼女たちはまだ何も知らない。なのにシュバルツゼーブルグの街は『勇者団』の暴虐ぼうぎゃくに飲み込まれようとしているのだ。彼女たちの笑顔を見るのが、実はさっきのが最後の機会になってしまうのかもしれない……それを思うと目の前が暗くなっていくような不安が急速に沸き起こってくる。


「それとこれとは別問題です。

 対処はしますが、ルクレティア様には予定通りシュバルツゼーブルグを御発おたちいただきます……どうかそのおつもりでいてください。」


 カエソーがそう断言すると、ルクレティアはカエソーの目をジッと見つめたまま口を真一文字に結んでムニュムニュさせた。何か存念ぞんねんがあるが何も言えないというところだろう。


「ですが、どう対処すると言うのです!?

 ルクレティア様がいないということは、《地の精霊アース・エレメンタル》様の加護も期待できないと言うことですよ!?」


 珍しく発言したのはスカエウァだった。元・婚約者で従妹のルクレティアの気持ちを代弁しようというのか、それとも聖貴族たちを軍人たちよりも過大に評価しているからかもしれない。そもそも軍人でもない彼が何でここに居るのか?……実はカエソーが連れて来ていたせいだった。

 カエソーの見るところスカエウァの忠誠の拠り所はサウマンディウス伯爵家ではなくなっている。既に婿養子に入ることがほぼ決まっているアルトリウシアのスパルタカシウス家に移っているのかと思いきやそういうわけでもないらしい。ここ数日見ているとアルビオンニウムでの戦い以降、捕虜となったメークミーやナイスに対して過剰に便宜べんぎを図ろうとする傾向があるようだ。さすがにレーマを裏切って『勇者団』に協力しようと言うほど愚かではないだろうが、どうやらスカエウァはムセイオンの聖貴族を目の当たりにしたことで気分が浮ついているように思える。この状態で『黒湖城砦館』の本館にナイスとメークミーとスカエウァを残したまま、カエソーもアロイスもルクレティアも本館を離れたら、スカエウァが何かしでかしてしまうのではないか?という一抹いちまつの不安を抱き、カエソーはスカエウァを連れ出すことにしたのだ。

 本来なら軍人でもなければ当事者でもない彼にこの場で発言する権能があるわけではないが、彼を連れ出したのがカエソー自身であること、そして連れ出した時の理由が「『勇者団』ブレーブスから手紙が来たそうなので助言をしてほしい」だったのでカエソーとしては無視することも出来なかった。

 カエソーはスカエウァのに苦笑しつつ答える。


「それなのだが、ここに書かれている事をどこまで信用すべきかまずは検討すべきではないかな?」


 スカエウァは自分に向けられたカエソーの場違いな笑みをいぶかしんだ。


「どういうことです?

 まさかブラフだと、おっしゃるおつもりで?」

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