第884話 陽動?
統一歴九十九年五月九日、夕 ‐
「ブラフ?……ブラフか……」
ブラフだと思っているのかというスカエウァの問いかけに、カエソーはチラリと
「その可能性は大いにあるだろうな。」
「根拠を、お聞かせ願いますか?」
カエソーは返事をする代わりに少し前屈みになって両手で手紙を机の上に広げた。
「まず、前回の手紙は
前回彼らが受け取ったティフからの手紙の字は文字が縦に細長く伸びあがり、横方向は文字の幅も間隔も狭くて
「何か理由があって、別人が代筆したのではありませんか?」
「そうかもしれん。
だがブルーボール様は一昨日、《
非常に好戦的で、なおかつ挑発的だ。」
「この手紙はブルーボール様の御意思ではない……ということですか……」
ルクレティアが用心深く尋ねる。今回の手紙が前回のティフからの手紙を無視したことを
「少なくとも、この手紙にブルーボール様は関わってはおられまい。」
「ですが、《
「蝋封から魔力が?」
カエソーは思わず手紙の縁をめくり、まだ張り付いていた蝋封の一部を見えるようにした。しかし、魔力の素養のない彼らには何も感じられない。
「おそらく、蝋を溶かすのに火ではなく魔力を使われたのではないかと……」
背後でアロイスが小声で「そんなことが出来るのか?」とスカエウァに尋ねると、スカエウァは「いえ、私なんかにはそこまでのことは……ですがハーフエルフ様ならあるいは……」とやはり小声で否定した。
「何故魔力で?
火を使うより簡単なのか?」
「もしかしたらハーフエルフ様にとってはそうなのかもしれません。
あるいは……」
「あるいは?」
「火が使えなかったとか?」
「待ってください、火が無ければ文字だって見えないでしょう?
手紙なんか書けないのでは?」
カエソーは顔を
「いえ、闇夜を見通す暗視魔法というものがあります。
それを使えば暗くても読み書きはできるはずです。」
「ふむ……」
カエソーは手紙から手を放し、上体を起こすと腕組みし、右手で顎に添えて手紙を見下ろした。癖のついていた紙が自然に丸まり、ゆらゆらと揺れ始める。
「なるほど、火種が無かったか、あるいは光が漏れるのを嫌ったか……」
「『
カエソーの独り言を受けてアロイスが問いかけると、思い出したようにルクレティアが報告する。
「私たちがシュバルツゼーブルグに入る時、街にいたハーフエルフ様たちは東へ逃げたそうです。走って……」
光が漏れるのを嫌ったということは、ロウソクの光があったら目立つ場所に
ロウソクの裸火は条件が理想的ならば半マイル(約九百三十メートル)離れていても肉眼で視認することが出来る。室内でロウソクを
おそらくシュバルツゼーブルグの街の東でバラック街の外側、そして距離にして一マイル(約一・九キロ)以内にアジトがある。その範囲にある建物などたかが知れている。数えるほどの
だが、アロイスが慎重に牽制する。
「いや、ライムントの風はだいたいいつも北か西から吹いている。
今日だって西風だ。
シュバルツゼーブルグを火の海にするというのなら、その仕掛けは西か北にあるはず……東に逃げたと言うのは
最初のブルグトアドルフでの襲撃、アルビオンニウムでの襲撃、そしてブルグトアドルフでの待ち伏せ……そのいずれもで『勇者団』は
第一次ブルグトアドルフ襲撃の際は
アルビオンニウムの戦いでは盗賊団を三つに分けてレーマ軍正規兵を引きずり出し、
そして一昨日の第二次ブルグトアドルフの戦いにおいても盗賊団を街中に潜ませ、ルクレティアたちを待ち伏せさせたが、この時も《地の精霊》をおびき出すためにティフたちハーフエルフが陽動を行っている。しかも本命はさらに別におり、《地の精霊》が誘き出されて妨害できなくなった隙に盗賊団との戦闘で混乱している街中に別動隊が突入し、メークミーを救出する作戦だったことが分かっている(スモル・ソイボーイが《地の精霊》に自慢げにバラした)。
これだけ陽動作戦を繰り返してきた『勇者団』だ。東へ逃げたというハーフエルフが《地の精霊》に見つかることを前提にした囮ではないとは言い切れない。むしろ、アロイスが言ったように西風が吹いているシュバルツゼーブルグを火の海にするというのなら、敵の放火のための戦力は西側に潜んでいる可能性の方が高い。
「では、街の東側を探しても見つからないということですか?」
『勇者団』の位置が特定できればこちらから接触を図ることも可能になる。そうすればシュバルツゼーブルグへの襲撃だけでも断念させられるかもしれない……そう期待していたルクレティアは残念そうに肩を落とした。
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