第885話 敵の戦力は?

統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルク倉庫ホレウム/シュバルツゼーブルグ



「ですが『勇者団』ブレーブスのアジトを突き止めることができるのなら無意味ではない。

 探索自体はやっても良いのでは?」


 アロイスの顔には焦りのようなものが浮かんでいる。アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアを指揮する軍団長レガトゥス・レギオニスである彼にとってライムント地方の安全には責任があったし、何よりもシュバルツゼーブルグは彼の妻の実家だ。そのシュバルツゼーブルグに危機が迫っているのに手をこまねいていることなど耐えがたいのだろう。


「いや、それ自体が陽動かもしれません。」


「そんなことを言っては何も出来んではありませんか!?」


 アロイスの声には苛立いらだちがにじんでいたが、それでも声を荒げることはなかった。彼の理性はまだ晩餐会の酒に曇ってはいないらしい。


「ひとまずシュバルツゼーブルグ卿に通報しておきましょう。

 先のブルグトアドルフの戦いで生き延びた盗賊の一部が、報復として街に火を放とうとしていると……捕虜からの証言があったとかなんとか言えば、少なくとも警戒態勢くらいは敷いてくれるでしょう。」


「それで間に合いますか?

 ハーフエルフは確かに街に残ってはいないのでしょう、《地の精霊アース・エレメンタル》様がそうおっしゃるのですからね。

 近づいてくれば《地の精霊アース・エレメンタル》様が見つけてくださるでしょう。

 ですが手紙には既に準備を整えたとある。

 盗賊どもを街に潜り込ませ、放火の準備を済ませていたら?」


 カエソーに視線の高さを合わせるように身をかがめたアロイスの訴えかけに、カエソーは目を閉じ、額に手を当てて眉間を揉み始める。アロイスはダンッとメンサに手を突いた。


「《地の精霊アース・エレメンタル》様も住民に紛れた盗賊を見つけることはお出来になりません。

 その《地の精霊アース・エレメンタル》様も明日にはルクレティア様と共に御発おたちになる。」


「それなのだが、キュッテル閣下。」


「何です?」


「私は無いのではないかと思ってる。」


 カエソーは手を下ろし、アロイスの方へ視線を向けた。アロイスは机に手を突くのを止め、上体を起こしてカエソーをまっすぐ見下ろす。


「ない?」


「そう、一昨日の盗賊どもを思い出してください。

 何十人もの盗賊が逃亡中に昏睡こんすいし捕まった。

 捕虜になった盗賊の証言では、昏睡したのは『勇者団』ブレーブスから貰ったスタミナポーションを飲んでずっと寝てなかった連中だという。」


「それが?」


「スタミナポーションは最初のブルグトアドルフの戦いの翌朝、五月五日に配られた。そしてそれ以降……いや、ブルグトアドルフの戦いも含めればその前日からか、盗賊どもは寝る間も与えられずに移動と戦闘を繰り返していたようです。

 五月の四日から一昨日だから七日まで……いや、陽は沈んでいたから八日か?四、五、六、七、八と丸五日間盗賊どもは不眠不休だったわけだ。

 一昨日、一斉に昏睡したのはおそらくスタミナポーションの効き目が切れたのでしょうな。」


「つまり、生き残った盗賊どもも活動できないということですか?」


 カエソーはコクリと頷いた。


「全員が馬に乗ってるならともかく、再集結と移動を考えると無理でしょう。」


 アロイスはフーっと鼻から溜息でも突くように長く息を吐くとけ反るように身を起こし、カエソーを見下ろしながら口をモゴモゴと蠢かした。


「だが、一昨日の戦いに参加していなかった別動隊がいるという可能性も……」


「否定しません。

 ですが、我々がアルビオンニウムをったことに気づいた『勇者団』ブレーブスは全ての盗賊どもをブルグトアドルフに集結させるように指示を出したそうです。

 少なくとも、動かせる者は全員投入したと考えてよいでしょう。

 ブルグトアドルフの戦いに参加しながら生き延びた者はおそらく使えません。参加してなかった別動隊が存在しないとは断言できませんが、その数は限られるでしょう。」


 ルクレティアはカエソーに何か違和を感じていたが、この時ようやくその理由に気が付いた。アロイスに比べカエソーはあまり酔ってないのだ。アルビオンニウムではいささか飲みすぎ、メークミーを連れてアルトリウシア経由で帰るなどと決めてしまった失敗を反省したのかもしれない。いや、それともブルグトアドルフで負傷した演技を続ける都合上、あえて控えたのか……

 アロイスは再び上体を前に屈め気味にしてカエソーの顔を覗き込む。カエソーが素面シラフであることに気づくと、今度はアロイスの酒酔いの度合いが対照的に予想以上に酷いように見えてくるから不思議だ。


「しかし、それは敵の潜入が無いことを保証するものではありません。」


「いかにも、いささか楽観にすぎるかもしれません。

 ですが、それほど大人数を動員できる状態でないことは確かです。」


 ん~~~と喉奥で唸りながらアロイスは顔を上げ、机の上に転がる丸まった手紙を見下ろした。それに合わせるようにカエソーも手紙へ視線を落とす。


「ということは、この準備を整えたという文言がそもそも……」


「ブラフではないかと考えます。」


「し、しかし閣下!」


 今度はアロイスの背後からスカエウァが身を乗り出してきた。


「予想だけを根拠にブラフと決めつけるのは危険ではありませんか!?」


「無論だ。だからシュバルツゼーブルグ卿には警告を発する。

 それとやはり、『勇者団』ブレーブスのアジトは突いておきたいな。

 本当に東にあればだが……」


「陽動だとしても?」


「陽動だとしても敵はせいぜい数十人……『勇者団』ブレーブス本隊を含めても四十人といまい。

 こちらは今なら私の軽装歩兵ウェリテスが二個百人隊ケントゥリア、そしてキュッテル閣下の一個大隊コホルス、ルクレティア様の護衛部隊が二個百人隊ケントゥリア……合計十個百人隊ケントゥリアだ。

 ここから一隊を繰り出したところで大勢に影響は無い。」


 だったらさっきの陽動かもしれないというのは何だったんだ?……カエソーのスカエウァへの説明に多少の疑問を抱きつつ、アロイスは片眉を持ち上げて茶化すように補足する。


「ただし、ほとんどの軍団兵レギオナリウスは酔っ払ってる。

 おまけに私の大隊コホルスのランツクネヒトは半分以上が新兵の臨時編成部隊だ。

 ハーフエルフを含んだ聖貴族コンセクラトゥス十一人を相手取れますかな?」


「いや、おそらく十一人全員は揃っていないでしょう。

 揃っていればこんな手紙は送ってこないはず。」


「つまり、『勇者団やつら』は分裂した?」


「本隊からはぐれただけなのかもしれませんが、ブルーボール様とは行動を別にするハーフエルフが手紙を書いたと見るべきです。」

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