第849話 代案は?

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ 『勇者団』ブレーブスアジト/シュバルツゼーブルグ



 『勇者団』ブレーブスのメンバーたちは驚きの目でティフを、そしてスモルを見ていた。ティフは『勇者団』のリーダーだし『勇者団』の行動指針を示し、何かするときの作戦を立てるのもティフの役目だった。だが、全員を取りまとめるのはいつもスモルの役割だった。

 メンバーたちはもちろんティフ自身もいつも思っていた事だったが、仲間たちをまとめ上げるのはティフよりもスモルの方がずっと上手い。だがスモルはティフをリーダーに立て、自分はそのサポート役に回ることを選んでいた。メンバーをまとめ上げるのが一番上手いスモルがサポートに引っ込み、代わりにティフをリーダーに推すのだから他のメンバーもそれに従わざるを得ない。それで『勇者団』は指揮官としてはともかく指導者役としてはどうかと思われるようなティフをリーダーに頂き続けていた。

 ティフは頭が良くて決断力があるので指揮官としては割と優れた能力を発揮する。だが、彼自身の性格はどちらかというと内向的であり独善的で他罰的たばつてきでもあった。要するに結構我儘わがままなのだ。だから今回のようにティフ自身が決めたことについて誰かが反対するとだいたい揉めるのだが、多くの場合ティフが相手を言い負かして自分の意見を通してしまう。そしてそれをフォローするのがスモルの役目だった。


 ところが今回は逆のことが起きている。スモルが激昂し、収拾がつかなくなりそうになったところでティフが場を収めたのだ。しかも自分の間違いを素直に認めている。結果が出てしまった後でなら、自分の考えが間違っていたことを素直に認めるのも珍しくはないのだが、結果が出る前からティフが自分の決定の間違いを認めるのは極めて異例の出来事だった。


「今後のことを考え直さなきゃいけないが、時間が無い。

 問題を整理しよう。


 スパルタカシアと話を出来るチャンスは今日が一番高いっていうのは間違いないんだ。アルトリウシアに入る前のスパルタカシアと接触できるのは今日までで、明日にはスパルタカシアはアルトリウシアへ到着してしまう。

 それ以降どうなるか、アルトリウシアの事情が分からない以上予想のしようがない。

 だから俺としてはやっぱり今からでもスパルタカシアを追いかけたいっていのが正直なところだ。

 

 だけどペイトウィンが言ったように今日追いついたところで会えない可能性も否定できない。それでいて今日会えなくても俺たちはいずれスパルタカシアと話をしてみなきゃいけないんだ。

 となると、アルトリウシアへ行くことを考えないわけにはいかない。そのための準備が必要だ。


 そのために盗賊どもを再集結させてアルトリウシアに土地勘のある者がいないか確認しなきゃいけないな。居てくれればいいが、居なきゃ別に探さなきゃならなくなる。

 俺たち自身で現地の様子を調べるのも出来なくはないが、効率が悪いしリスクもあるだろう。


 ほかにも、向こうでの活動は数日がかりになるだろうから、現地に拠点アジトを用意したいし、補給のことも考えないとな。」


 額に手を当て、誰を見るでもなく視線を伏せながら独り言ちるようにティフは言葉を続け、メンバーたちはどこか唖然とした様子でそれを見守る。

 『勇者団』は割とよくこうしたミーティングのようなことをする。だが、その実態はティフが立てた作戦の説明会であり、そこで説明されたことがメンバーの意見でくつがえるようなことはあまりなかった。ティフの方針と作戦をメンバー間で共有するのが目的であって、メンバーの意見や考えを集約するようなものでは無かったのである。

 ところが、今ティフはこれから次の方針を決めようとしている。まだ決まっていないことを、これから決めることをティフがみんなの前で口にするのはもしかしたら初めてのことかもしれない。少なくとも、脱走してからは初めての筈だった。


「何かアイディアは無いか?」


 ティフはおもむろに顔を上げてそう言うと全員を見回した。


「え!?……ああ~いやぁ……」

「そうは言われても……」


 いきなり意見を求められても答なんか急には出てこない。何故なら彼らはこれまで自分の意見を言う機会などほとんど無かったからだ。質問したりされたりはもちろん過去にもあった。誰が何を出来るか、何かするのに不都合はないかなどその場になってみなければ分からないことは多かったし、そうした情報はティフが作戦や計画を立てる上で必要だったからだ。だけど彼らは『勇者団』はどうすべきか?について自分で考えたことは無かった。自分たちのことなのに?と疑問に思われる読者も多いことだろう。だがそうなのだ。彼らにとって今回の旅は壮大なだったからである。

 リーダーであるティフに従い、父祖たち冒険者のような様々な冒険を愉しむ!……それがメンバーたちの今回の旅の真の目的だったのだ(自覚しているメンバーは少ないが)。そんな彼らにとって『勇者団』はどうすべきか?はリーダーであるティフが考えることであり、自分はその中で役目を果たすことが全てなのである。アトラクションを提供するのがティフであって、メンバー(特にヒトの)はティフが提供してくれるアトラクションをなのだ。ここで意見を求められるというのは、舞台演劇を見ていたら突然舞台上の役者から「この後どうしましょうか?」と問いかけられたようなものなのである。当然、意見など出てくるはずもない。

 しかし、今の時点で『勇者団』のこの致命的な状況を正しく認識している者はメンバーの中には一人もいなかった。


「なんだ、何も意見はないのか?」


 互いに目を見合うメンバーたちに逆に驚き、ティフの視線は自然と今回反対意見を言ったペイトウィンへ向けられた。が、ペイトウィンにしても反対意見は確かに言ったが、それは示された作戦方針の問題点を指摘したにすぎず、代案のようなものを持っていたわけではない。


「いやぁ……だから、盗賊どもを集めて土地勘のあるやつがいるかどうか探すのが先決じゃね?」


 ティフの視線で何か言わねばならないことに気づいたペイトウィンが出したのは、おおよそ新たな指針と呼べるようなものたり得なかった。

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