第850話 新たな方針

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ 『勇者団』ブレーブスアジト/シュバルツゼーブルグ



 ティフは全員を見回したが結局即採用できるようなアイディアが提案されることは無かった。こうなると一度は諦めかけていた元々の方針……今すぐルクレティアを追いかけてグナエウス街道を進むという選択肢が、たとえ問題点や不安要素があるにしても、再び有力候補として浮かび上がってくる。というより、ティフとしてはもうすぐにでもグナエウス街道へ向けて出発したいという気持ちがかなり強くなってきてしまった。


 なんだよ、余計な時間とらせやがって……


 そんなモヤモヤした気持ちに顔をゆがめながらティフは一度窓の外へ視線を向けた。窓の向こうに見える向かいの建物の壁はまだ陽の光を受けて明るく輝いている。いくら軍隊の行軍速度で移動しているとはいえ、今からなら朝出発したであろうルクレティアに陽が沈む前に追いつけるだろう。ルクレティアがどこに宿泊するのか分からないが、陽が沈む前に追いつければスキルや魔法によって高い暗視能力を発揮できる『勇者団』なら宿営地周辺の地理を確認し、ルクレティアにアプローチすることも不可能ではないはずだ。


「ティフ?」


 これまでの話の流れの中で『勇者団』のサブリーダーとして自分が成すべきことを見失ってしまっていたスモルがどこか不安そうにティフに声をかけた。


「うん、やっぱりスパルタカシアを追いかけよう。」


「えええ!?」


 声を上げたのはペイトウィンだけだったが、しかし驚いたのはペイトウィン一人ではなかった。ペトミーとスモル以外の全員が目を丸くしてティフを注視する。

 窓の外から室内へ戻したティフの視線は、自然とペイトウィンの方へ向けられる。ティフが窓の外へ視線をやる前、ペイトウィンは椅子の背もたれに上体を預けてほぼ仰け反った姿勢だったはずだが、今はむしろ前のめりになって椅子から腰を浮かしていた。


「いや、お前の指摘を無視するわけじゃないよペイトウィン。」


「だって……行くんだろ!?」


「ああ、だがお前の言った通り会って話をすることが出来ない可能性も高い。

 だから行くだけ行ってみて、それで今日はスパルタカシアに接触できればラッキー、会えなければそれはそれで仕方ない。無理せず帰って来るさ。

 本命はアルトリウシア……そのつもりで準備もしておこう。」


 落ち着いた口調でティフがそう説明すると、ペイトウィンは浮かせていた腰をゆっくりと椅子へ戻した。ただ、その表情は怪訝けげんそうなままである。


「そりゃいいけど、具体的にどうするんだ?

 準備『も』するって言ってたけど、そんな簡単に終わらないだろ?」


 ペイトウィンはこの後すぐにアルトリウシアでの行動の準備を整え、その足でルクレティアを追いかけることを想像していた。ルクレティアに追いつき、そして宿営地の周辺地理を確認し、ルクレティアとの接触を図るには遅くとも一時間以内には出発しなければならないだろう。あまり遅くなりすぎてルクレティアが寝てしまうと、接触を試みてもあの《地の精霊アース・エレメンタル》の門前払いを食らうことになりかねない。しかし、もちろんアルトリウシアでの行動の準備なんてそんな一時間に満たない短時間でできるわけがない。そんな短時間で出来るのは簡単な食料品の買い込みぐらいのものだ。一日二日ならそれで十分かもしれないが、アルトリウシアで本格的に活動することを考えれば到底足らない。

 ペイトウィンが何を考えてそんな質問をしたのか想像がついていたティフは苦笑いを浮かべて答える。


「もちろんだ。早くても二~三日はかかるだろう。

 支援者に物資の提供先をここからアルトリウシアへ変更してもらうことも考えると一週間ぐらいはかかるだろうな。」


「じゃあ、帰って来てから準備するのか?」


 今夜ルクレティアに接触出来ても出来なくても一度はシュバルツゼーブルグへ帰ってくることになる。接触できなければ、あるいは接触できても十分な成果が得られなければアルトリウシアまで追いかけることになるのだろうが、首尾よくルクレティアと接触に成功し、満足のいく話が出来ればアルトリウシアまで行く必要はなくなる。だから、帰って来てからアルトリウシアへ行く準備にとりかかるというのは悪い考えではない。

 だがティフは首を振った。


「いや、別動隊を作ろうと思う。」


「「「別動隊!?」」」


 室内にどよめきが広がる。


「ああ、一部は俺と一緒にスパルタカシアを追う。

 残りはこっちに残って、アルトリウシア遠征の準備をしてもらう。」


「準備って……帰って来てからでもいいんじゃないのか?」

「そうだ、地の利が無い上にあの《地の精霊アース・エレメンタル》が守っているんだぞ!?

 全員で行かないと……そうだ、捕まるかもしれないぞ!?」


 ペイトウィンがティフを思いとどまらせようと再び腰を浮かせて言うと、それにかぶさるようにデファーグも訴えかけてくる。だが、二人の訴えはティフの心を変えさせるには至らなかった。


「いや、戦いに行くわけじゃないから人数は必要ない。」


「だけど!」


 なお食い下がろうとするデファーグに手のひらをかざして制すると、ティフは話を続けた。


「向こうには《地の精霊アース・エレメンタル》が居るんだ。

 だからこっちがどれくらいの人数で行ってるかなんてすぐにバレちまう。

 大勢で行けば戦いに来たと思われてしまうかもしれない。」


「少人数で行っても同じだろ!?

 むしろ少人数なのをいいことに捕まえようとするかも!」


 今度はデファーグに替わってペイトウィンが指摘する。それには同意見の者が多かったらしく、何人かがそのままウンウンとうなずき、同意をしめした。


「たしかに罠の可能性は否定できない。

 でも、あの《地の精霊アース・エレメンタル》が本気を出したら大人数だろうが少人数だろうがどのみち捕まってしまうだろう。まず助からないさ。」


 まさか投降するつもりか?……ペイトウィンは思わずゴクリと喉を鳴らした。


「全員で行ったら全員が捕まる。

 だが、少人数なら行かなかったメンバーは助かるだろう。

 その時は生き残ったメンバーで救出してくれ。

 もしかしたらあの《地の精霊アース・エレメンタル》がスパルタカシアを守っているのはアルトリウシアを出ている間だけで、アルトリウシアでは警備が薄くなるかもしれないしな。」


「つまり、予備戦力ってことか?」


 今度はスモルが複雑な表情を見せながら尋ねた。ティフはそれにコクリと頷き言葉をつづける。


「それもある。

 だけど、準備を急ぎたいってのも本当だ。

 俺たちのことがレーマ軍にバレたってことは、ムセイオンへも連絡が行ってるはずだ。たぶん、ママが俺たちを探しに来るまで二か月も無いだろう。

 それまでに問題を解決して、降臨を成功させなきゃいけない。

 そのためには一日だって無駄にしたくはないんだ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る