第848話 分裂の危機
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐
「じゃあ、どうする?
どうすればいいんだ!?」
ティフは観念したようにペイトウィン、そしてデファーグに尋ねた。が、ペイトウィンにしろデファーグにしろ答えを持っていたわけじゃない。
「いや俺は……」
デファーグはそう言い
「いや、だからスパルタカシアを追いかけるなら下準備をしようって話だろ?」
「下準備をして……それでアルトリウシアへ行こうってことだよな?」
ティフからすればそれは当然の確認だった。自分の決定に反対したのはペイトウィンであり、その理由はアルトリウシアの地理情報を持たない『勇者団』がそのままアルトリウシアへ行くのは危険すぎるというものだった。だが必要な準備を整えようとすればその隙にルクレティアはアルトリウシアへ着いてしまう。であれば『勇者団』はアルトリウシアまで行くしかなくなってしまうのだ。つまりペイトウィンの反対意見の意味するところは、アルトリウシアへ追いかけて行こうと言うことになる。
ところがデファーグがそうだったようにペイトウィンにもそんなつもりは全くなかった。
「待ってくれ、俺は別にアルトリウシアへ行こうって言ったわけじゃない。」
「おい、今更なんだそれ?!」
さすがにスモルが顔を
「今日、スパルタカシアを追いかけようってティフが一度決めたのを、お前は反対だって言ったんだぞ?!
それは準備を整えてアルトリウシアへ行こうって話じゃなかったのかよ!?」
「そんな話はしてないだろ!?」
スモルの剣幕に驚きながらもペイトウィンはテーブルに手を突き、椅子から腰を浮かせる。彼からすればとんでもない言いがかりをつけられたようにしか感じられなかったからだ。
「準備不足のまま土地勘の無いところへ行くべきじゃないって言ったんだ!
行くなら準備を整えようって言ったんだ!
アルトリウシアへ行こうって言ったわけじゃない。」
「なんだよそれ?!
今日中に追いつけなきゃアルトリウシアへ逃げ込んじまうスパルタカシアを今から追いかけないんなら、アルトリウシアへ行くしかないだろ!?
お前が言ったのはそう言うことじゃないのかよ!!」
長身のハーフエルフの中でもひときわ大柄でマッチョなスモルが怒気を露わにして
「待てスモル!
そういう風に相手を恫喝するな!」
すかさずデファーグが二人の間に割って入る。
「!?」
スモルはデファーグの手を無言で払いのけ、デファーグはもちろん見ていた他のメンバーたちをも驚かせる。
「デファーグ!何を他人事みたいに言ってんだ!?
お前もだぞ!!」
「俺!?」
デファーグは大きく目を広げた。
「そうだ!
お前はペイトウィンと一緒になって反対したんだぞ!?
それなのに代案も言えないってどういうことだ!」
スモルは
そんな彼にとって、外野からゴチャゴチャ言われるのは非常に嫌なことだった。目の前のことに集中できなくなるからだ。ましてそれによって一度定まったはずの目標を変えられてしまうなど、彼にとって非常に不愉快なのである。そして、そういう事態を生じさせてしまう人物……外野から文句を言うだけ言って肝心なところで責任を取らないタイプの人間を彼は最も嫌っていたのだ。
ペイトウィンとデファーグ……今のスモルの目に二人はそういう無責任な人物に見えてしまったのである。
「待て、落ちつけスモル!!」
今度はペトミーが割って入る。スモルはフーフーと鼻息も荒くペトミーも睨みつけたが、ペトミーについては彼の判断基準に従えばどうやら無責任な反対者には含まれていなかったらしい。数秒、そのままペトミーを見下ろし睨んだ後、目を泳がせてから顔を上げて天井を見上げ、二歩後ろへ下がった。
荒く息をするたびにスモルの鼻孔が膨らんだり縮んだりしているのが見える。どうやら危うく衝突は避けられたものの、スモルの様子を見ている限り誰も落ち着くことなど出来なかった。それどころか怒りを向けられたデファーグとペイトウィンの胸の内には何かモヤモヤとしたものが残る。スモルが何故そこまで激しく怒っているのか分からなかったからだ。むしろ、よくわからない理由で激しいストレスを加えられたことに反感すら抱き始めている。
「分かった!」
ひとまず場を納めるべくティフは少し大きな声をあげた。
「反対はした。だが、何か別のプランがあって反対したわけではないんだな?」
やや投げ出すようにティフがそう言ったのは、この場を総括して切り上げてしまいたかったからだ。いくらなんでも、場の空気が悪くなりすぎた。一度、この集まりそのものを仕切り直した方が良い。
「あ、ああ……問題があれば指摘するのは、当然だろ?」
戸惑いながらも答えたペイトウィンの声にスモルが反応し、天井を見上げていた視線を顔ごとペイトウィンに向ける。
コイツ、のらりくらりとまだ言い逃れをするのか!?
その表情はまだ怒りに染まっていた。それに気づいたペトミーが低く抑えた声で「スモル!」と抑制を促す。
ティフにはスモルの後ろ姿しか見えてなかったが、スモルを抑えようとするペトミーの声と向こう側からスモルを見上げているメンバーたちの様子からスモルの状態を察すると、背後からスモルに呼びかけた。
「スモル、落ち着いてくれ。
ペイトウィンの言うことは間違っちゃいない。」
ティフの言葉にスモルは身体ごと振りむいた。ティフの目に映るスモルの顔に浮かぶ表情は、怒りと言うよりも何かに裏切られたかのような驚きが占めている。ティフはスモルの様子に特に反応を示すでもなく、落ち着いた調子で言葉を続けた。
「気持ちは分るが、代案が無いからと言って反対しちゃいけないってことはないよ。
問題があってそれに気づいたなら、それを指摘するのはいいことだ。
問題があってそれに気づいたのに、代案が思いつけないから指摘できなかったなんてことになってみろ、どうなる?」
てっきり怒っているのはティフも一緒だと思っていたのに、実は怒っていたのは自分だけだと気づいたスモルは気まずそうに口をへの字に結んだ。
「代案が無いなら何も言うななんて、それは仲間の忠告を封じるようなもんだ。
俺の考えに問題があったのは事実だし、指摘して貰えたのは良かった。
もしかしたら、その間違いのせいで俺たちは全滅してたかもしれない。
代案が必要だっていうんなら、みんなで考えればいいんだ。
そうだろ?」
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