第847話 再検討

統一歴九十九年五月九日、午後 ‐ 『勇者団』ブレーブスアジト/シュバルツゼーブルグ



「その通り!」


 やっと自分の言いたいことを理解してもらえたことに満足したペイトウィンはニッコリ笑い、両手を広げると椅子に腰を下ろしながら話を続ける。


「スパルタカシアって奴を追いかけるのはいいさ。

 でも、目立つようなことは控えた方がいいだろうな。」


 ペイトウィンとは対照的に表情を曇らせたままのティフはフーッと大きく息を吐きながら顔の下半分を覆っていた手を下ろし、そのまま腕組みをした。


「だが俺たちはグナエウス街道を進む以外、スパルタカシアを追いかける方法なんて知らないぞ?

 ここから西の地理なんて知らないんだ。」


「だから下準備が必要だって言ってんだろ!?」


 なじるティフにペイトウィンは呆れたように半分笑いながら答えた。


「だいたい、連中が今夜どこに泊まるかわかんないけど、正面から面会を求めてスパルタカシアと話なんてできるのか?

 スパルタカシアはNPCだけど貴族なんだ。とびっきり高位のな?

 そんでもって『勇者団俺たち』は降臨を起こそうとしている、いわば犯罪者だ。盗賊どもを従えて戦まで起こしちまってんだ。

 話がしたいから会わせてくれなんて言ったところで会わせてもらえるもんか。

 あっちは『勇者団俺たち』を捕まえようとしてるんだぞ?」


 その人を小馬鹿にした言いようにティフの表情が険しくなる。二人を見守っていたデファーグの表情も少し曇りだしていた。何でみんながペイトウィンに対して距離を置くような態度をとっていたのか、今更ながら気づき始めたからだ。


「けど、それじゃあスパルタカシアに追いつけなくなる。

 シュバルツゼーブルグからアルトリウシアまで軍隊の脚で二日の距離だそうだ。

 今日、シュバルツゼーブルグを発ったスパルタカシアは、明日中にはアルトリウシアに着いてしまうんだ。」


「着いてからアルトリウシアで話せばいいさ!」


「アルトリウシアは奴らのホームグラウンドだ。

 “魔王城”に乗り込むようなもんだぞ!?」


 この世界ヴァーチャリアには実際には魔王などと言うものは実在しないししたことも無い。当然“魔王城”なんてものも彼らの大好きな英雄譚に時折登場するだけの架空の存在だ。かつて大戦争が行われていた頃にレーマ皇帝が啓展宗教諸国連合側から魔王と呼ばれていたことはあったが、今でもそう呼んでいる者など頭のおかしいごく一部の存在だけだろう。

 しかし、英雄譚に耽溺しきってきた彼ら『勇者団』にとって魔王城とは究極的な防御施設であり、攻略不能なダンジョンといった意味合いで用いられる象徴的な言葉となっていた。


「いくら“魔王城”だとしてもそこにいるって分かってんなら下準備だって出来るし潜り込みようもあるさ。

 まさかレーマの軍隊と正面から戦って、勝ってお姫様を奪い取ろうってわけじゃないんだろ?」


 次第にヒートアップしていくティフをせせら笑うようにペイトウィンが答えると、ティフも腕組みしていた両腕を下ろし、足をダンッと鳴らして声を荒げた。


「下調べってどうすんだよ!?

 潜り込もうにもあっちには《地の精霊アース・エレメンタル》が居るんだぞ!?」


 そう、ティフは一昨日スモルたちと共にスパルタカシアの一行に奇襲をかけようとしたところを《地の精霊》に察知され、逆に背後から奇襲を受けたのだ。その前も、その前の前も、今まで三回 《地の精霊》とぶつかったうちの三回すべての機会で奇襲に失敗し、逆に奇襲を食らっている。それが無ければティフもアルトリウシアで入念に下準備をしてからスパルタカシアの部屋に直接乗り込むくらい考えただろう。『勇者団』にとって、所詮はNPCの集団でしかない軍隊の警備を潜り抜けるくらい何ということは無い。


 《地の精霊アース・エレメンタル》が居なけりゃ、それくらい簡単にやって見せる!

 だけど《地の精霊アース・エレメンタル》がいて出来ないからこうして悩んでるんだろ!?


 ティフの怒りは当然だった。ティフが『勇者団』のリーダーをしているのは、決して伊達や酔狂ではない。それなりの能力があってこそなのだ。


「落ち着け二人とも!!」


 見かねたスモルが止めに入るより一瞬早く、デファーグが口を開いた。


「ペイトウィン、ティフを挑発するような物言いは止めろ!

 それじゃ落ち着いて議論なんてできないぞ!?


 ティフも声が大きいよ!

 さすがに外に聞こえちまうぞ!?」


 ティフ、ペイトウィン、そしてスモルはそれぞれ顔をしかめてデファーグを見、それから唸る様に溜息を噛み殺した。

 ティフは度々冷静さを失ってしまったことを気まずく思っていたし、ペイトウィンもせっかく助けてもらったのをフイにしそうになっていたことに気づき、しかも助けてくれたデファーグにたしなめられてしまったことを気まずく思っていた。そしてスモルは……サブリーダーとしての自分の役割をいつの間にかデファーグに取られてしまったことに驚き、同時に胸の内で何かモヤモヤしたものが沸き起こるのを感じていた。


「ティフ、アンタが言いたいことは分る。

 アルトリウシアは未知の土地だし、ホブゴブリンの軍隊の本拠地だ。それも、あのアヴァロンニア軍団の末裔だって話だぞ!?

 おまけに《地の精霊アース・エレメンタル》まで居るっていうんならそれこそ“魔王城”みたいなもんだろう。

 だけどペイトウィンが言ったことも間違ってないよ。

 アルトリウシアに着く前にスパルタカシアに追いついたところでチャンスは今夜一度きりだ。それに《地の精霊アース・エレメンタル》が居るっていうのはアルトリウシアに着いてからも着く前でも多分同じだ。ファドの報告では、あの《地の精霊アース・エレメンタル》はスパルタカシアに従っていたそうだからな。

 アンタにはスパルタカシアと会って話をする算段があるのかもしれないが、ペイトウィンが言ったように今日追いついてもスパルタカシアに会えない可能性は無視できないと思う。少なくても、会えなかった時にどうするかは考えて準備した方が良いんじゃないのか?」


 ペイトウィンに言われただけだったら無視していたかもしれないが、デファーグにまで言われたとなるとリーダーの立場を利用して自分の我儘を押し通すのも難しくなる。五人のハーフエルフの内二人までもが反対していることになるからだ。

 ジッとデファーグの目を見ていたティフはその姿勢のまま目だけを動かしてメンバー全員を見回す。気づけばメンバー全員の視線がティフに集まっていた。そしてその目は確かにティフよりもデファーグの意見に賛同しているようである。


「ペトミー、お前はどう思う?」


 ティフはペトミーに助けを求めた。だが、ペトミーの反応もかんばしくない。


「いやぁ……確かにデファーグの言うことは分るよ。

 じゃあどうしたらいいかって訊かれても困るけどさ。」


「むぅぅ……」


 ティフは低く唸り、鼻と口元を手で覆って視線を誰も居ない部屋の隅へ向けた。スモルの考えは確認しなかったが、その必要はないだろう。既に五人のハーフエルフの中で三人が反対しているのだ。スモルがティフに賛成してくれたとしても、反対多数であることには変わらなかったし、ペイトウィンやデファーグに反論し全員を納得させられるほどの材料をティフは持っていなかったからだ。

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