新たな波乱の予兆
第201話 リュキスカの扱い
統一歴九十九年四月十七日、夕 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
ルキウスはリュウイチと
『そうですか、御迷惑をおかけします。』
「いやなに、一時はどうなることかと思いましたがな、はっはっは
この程度で納まったのは不幸中の幸いでした。」
『まったく軽率でした。お恥ずかしい限りです。』
リュウイチの言葉に偽りはない。
自分には魔法が使える・・・それだけで、ちょっとした万能感のようなものに酔っていたかもしれない。そして、
それらが合わさった時、理性を尚も働かせ続けるのは難しい。自分だけが使える便利で特別な力を持った時、万能感に酔わないでいられる保証など誰にも無い。そして、「酔う」とは理性が利かなくなる状態を指すのだ。
結果的に、リュウイチは理性に欠いた行為に及んでしまった。《
頭を掻くリュウイチにルキウスは笑って応える。
「なんの、男なら致し方ありません。
むしろ安心したくらいですよ。
リュウイチ様は無欲な方かと思っていましたからね。」
『いえ、煩悩の塊ですよ、私は』
「その方が良い。
こう言っては何ですが、真に無欲な人間というのは本当に相手にするのが難しいですからな。」
『欲深すぎるのもどうかと思いますが。』
「リュウイチ様ぐらいなら欲深とは言わんでしょう。
それとも、もっと女を御用意いたしますか?」
ルキウスが悪戯っぽい笑みを浮かべてリュウイチの顔を覗き込む。
『いえ、もう十分です。御勘弁ください。』
「”
ルキウスは楽し気に歌うようにホラティウスの詩の一節を口ずさむ。
『・・・それは、詩ですか?』
「ええ、人はいつ死んでもおかしく無いのだから、今の幸福を楽しみなさい・・・という意味になりますかな?」
『俗物的な印象を受けますが・・・』
ふむ・・・と、ルキウスは少し残念そうに肩を落とした。
「詩の真意はまた別のところにあるのですがね。
エピクロスが誤解されやすいのは、致し方の無いところなのかもしれません。
いずれにせよ、我々としてはあまり遠慮されても却って困るのですよ。」
『はい、却ってご迷惑をおかけしました。』
「ははは、責めるつもりで言ったのではありません。
しかし、女はあの娼婦だけでよろしいのですか?」
『ルクレティアの事をおっしゃってるのでしたら・・・』
「まあ、それもあります。
ルクレティアについては成長をお待ちになる・・・そういう御意向と伺っております。」
『ええ、まあ・・・』
リュウイチにはそこまで心を決めていたわけでは無い。ただ単に年齢を理由に結論を先送りにしているだけである。
正直言ってルクレティアの事は嫌いではない。好ましいと思っている。
ただ、四十代の男から見て中学高校生というのは素直に性欲の対象にしにくい部分があるのも事実だ。そりゃ、メディア越しに見るそうした年代の少女がとても魅力的に映るのは否定しない。
しかし、人間実際に誰かと付き合おうとすると、その人の周囲の人間関係も気になってくるものだ。特に
現実に少女を目の当たりにした時、何となく親の存在に自然と意識が行ってしまうのである。そして、この少女がここまで育つまでどれだけ苦労があったろうかとか、不必要なことまでゴチャゴチャ考えてしまう。そうすると、安易に己の獣欲の対象とすることに強い抵抗や罪悪感を覚えてしまうのである。
これがメディア越しに見るのであれば、そうした心配が自然と薄れるので気にはしないのだが、
だからといって、ルクレティアを無下に拒絶できるかと言うとそれもできない。アルトリウスが言ったように拒絶するのが本当のやさしさなのかもしれないが、既に実際に世話になってしまっている相手を、好意を持ってくれている相手を、安易に傷つけるようなことは出来なかった。
その結果としての結論の先延ばしである。卑怯といえば最も卑怯なやり方と言えるかもしれない。
「しかし、十八までお待ちになるなら二年はありましょう。
二年もの間、女無しで待つのはさすがに無理でしょう?」
『はぁ、まあ、実際に娼婦を買ってしまいましたし・・・』
「ルクレティアを待つにしても代わりの女は必要。
そう言うことでルクレティアの方は既に納得させています。」
『はぁ、その、お手数をおかけします。』
既にルクレティアを婚約者にされてしまっているような気がする。外堀からドンドン埋められていくような焦燥感がリュウイチの心を苛むのだが、不始末をしでかしたばかりという立場上、拒絶も反論も何もできない。
「で、その代わりの女ですが、
『まあ、私の方は特に不満はありませんが、彼女の方が何というか。』
ルキウスはさも可笑しそうに笑い出した。
「娼婦なのですから、断りはせんでしょう。
自ら進んで
問題はリュウイチ様の御気持ちですよ。」
『私の気持ちですか?』
優し気に見える微笑を湛えたまま、ルキウスは問いかける。
「
『それは、巻き込んでしまった以上は仕方ないかと思いますが・・・』
「イヤなら無理にお傍に置く必要はありません。」
『別にイヤというわけでは・・・
だいたい、だからと言って解放はできないんでしょう?
それじゃあ彼女は生きていけなくなるのでは?』
リュウイチの口調はむしろ言い訳を探しているような印象をルキウスに与える。
「我らの下で監視しながら使用人として働かせるくらいはできますよ。」
ルキウスは無駄にリュウイチを刺激しないよう、あえて消すという選択肢は提示しなかった。
『その・・・何と言って良いか分かりませんが、彼女には悪い事をしたと思っています。
ここまで巻き込むつもりはありませんでした。
ちょっと行って、相手をしてもらって、帰ってくるだけの行きずりの関係のつもりでしたが、随分と迷惑をかけてしまった。』
ふぅ・・・ルキウスは呆れたような同情するような表情を作ってため息をつく。
『彼女のなるべく良い様にとりはからっていただきたいのです。』
「それは承知しました。
しかし、リュウイチ様は彼女と彼女の子を病魔から救いました。おそらく彼女にかけた迷惑以上のものを既にお与えになっておられます。」
『そうかもしれませんが・・・』
「そうでなければ
実際の所、相手に
彼女はリュウイチがトンデモナイ金持ちでトンデモナイ魔法使いだとは知っている。だが、それ以外の素性やら境遇やらについては何も知らない。トンデモナイ金と力を持ちながらこうして幽閉されている。普通に考えればそれはとんでもなく面倒な状況に陥っていると考えるのが普通だろう。たとえば、貴族同士の政争や陰謀などだ。
いくら金持ちや有力者に
『そういうのは、一時の感情で言ったことかもしれませんし。』
「まあ、リュウイチ様がどう御考えかはわかりました。
ではそのうえで私たちは知らねばならないことがあります。」
『何でしょう?』
ルキウスはジッとリュウイチの目を覗き込んだ。
「まず、彼女がリュウイチ様の御傍に仕える事を希望した場合、今後も夜のお相手を務めさせるのか?
彼女がリュウイチ様の御傍を離れるとしたら、別の女を用意せねばなりますまい。その時の、どういう女を御用意したらよいか?です。」
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