第200話 新たな聖女
統一歴九十九年四月十七日、夕 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
「では、ルクレティアは残っていいのだな?」
「はい
「ふむ、それは良かった。
ルクレティアを説得した甲斐があったというものだ。
一時はどうなるかと思ったが、今回の一件で彼女の立場はむしろ、より向上したと言って良いだろう。」
「巫女見習いから聖女候補へ?」
「そうだ。それでいいのだろう?」
「将来必ずルクレティアを抱くとまでは約束されませんでした。
しかし、彼女がそのつもりであり、それを承知で傍に置くと約束されました。」
「
あとは、
「どうなさるおつもりですか?」
「どうもせんよ。リュウイチ様は手元に置くつもりなのだろう?
我が領民から聖女が出たというのは喜ばしいことでは無いか。」
「しかし彼女は
「この際、出自などどうでもよい。」
ルキウスは鼻で笑うように言った。
生まれながらにして強大な力を持った子供はよほど教育に気を使わねば確実に歪んだ人格の持ち主に成長してしまう。なので
その教育システムではそれこそ実の親の悪影響を極力排除するよう、教育スタッフは子のみならず親をも監視と教育の対象としている。必要とあれば親と子を引き離す事もいとわないし、最悪の場合、親を暗殺してしまう事すらある。その体制下では実の親の出自など、大した影響力は持たない。
「子を残すというだけならばそうですが、今後彼女が聖女として
生まれてくる子供の事しか考えていないらしいルキウスに少し呆れながらアルトリウスはたしなめた。
「所作振舞いか・・・だが、今日明日という問題でもあるまい。
レーマから返事が来るまで最低でも
今からでも身に着けていただこう。」
「それを誰にやらせるかですが・・・」
「ルクレティアでは無理か?」
一番手っ取り早いところにいるのはルクレティアだ。降臨の事実を既に知っていて
「本人の心情的にどうでしょうか?」
アルトリウスは顔をわずかに
今しがた失恋し失意に沈むルクレティアに、その恋敵を助けるために教育を施せなどというのはあまりにも無神経すぎる。
「できなければ
もちろん、エルネスティーネ本人にリュキスカの教育をやってもらうという意味ではなく、エルネスティーネの配下の中から教育係を派遣してもらうという事だ。
教育するだけでいいなら選択肢は少なくないしルキウス自身も心当たりがあるが、機密保持の都合も考えると人選は誰でもいいというわけでは無くなる。貴族の礼法の心得があり、教育を施せる人物。それでいて、居なくなっても周囲が不審に思わない人物でなければならない。その条件が付帯するとルキウスの手元の人材では誰一人として適合しなくなってしまう。
「
だがルキウスは
「
いずれにせよ、
「本当に帰るのですか?」
「事が事だ。さすがに
「今日は早馬だけ出して、
「早馬は出すが・・・いや、やはり帰るよ。
さもないと
「・・・・・?
来てもらっても構わないと思いますが?」
「いや、どうも今朝から
カールは元々病弱で体調を崩すのは珍しくない。日常茶飯事と言って良い。にもかかわらずルキウスがこうも気遣うとなると、深刻な事態が起きていると想像せざるを得ない。アルトリウスは思わず眉をひそめた。
「思わしく無いのですか?」
「よくわからんが、いつものヤツとは違うらしい。
しばらくはティトゥスから動かさん方が良いだろう。
「なるほど、わかりました。
では、
「
さすがにそんな無礼は働けんよ。」
「そうですか・・・それは残念です。
今日は良い白鳥が手に入ったと料理人が張り切っておりましたのに。」
「ふっふっふ、それはまたの機会にしよう。
だが、私の代わりに食べる口があるではないか?」
「
「ほかにはおるまい?」
「それで頭を抱えているのですが・・・」
「何だ?」
「今後の食卓です。
彼女はどうすべきか・・・」
「食卓?」
レーマ帝国では家族だけで食事を摂る場合はともかく、家族以外と一緒に食事を摂る際は男女で別れるのが普通だ。今でもリュウイチとルクレティアは別々に食事を摂っている。
また、主人が身分の異なる者を主賓として招いた場合は例外だが、基本的に身分の異なる者同士で同じ食卓を囲む事もない。
本来であれば
聖女となったリュキスカをリュウイチの家族として扱うのであれば、リュウイチとリュキスカは同じ食卓を囲み、ルクレティアは別の食卓で食事をする事になる。いや、それどころか下手するとリュウイチとリュキスカの食卓でルクレティアが給仕を務めることも考えられる。・・・が、それはルクレティアの心情を察するアルトリウスとしては避けたい。
リュウイチの家族として扱わないのであれば、リュキスカは
「ルクレティアと一緒に食事させるわけにもいかんでしょう?」
リュキスカはどうか知らないが、ルクレティアとしては面白くないに違いない。ルクレティアからすれば順番待ちの行列に横入りされたようなものなのだ。その相手と一緒に食卓を囲んで平気でいられるとは思えない。
「
面倒なら別々の
「そうなりますか?」
「一緒が無理なら分けるしかあるまい。
だが、いつまでもそれでは困るな。」
「はい。」
「いずれにせよ、
仲を取り持つにしろ、距離を保たせるにしろ、人柄が分からねば扱いようもわからんからな。」
ルキウスはアルトリウスを見やり、
「心得ております。」
「早いうちに、
もしかしたら明日早速と言う事になるかもしれん。」
「大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「その、礼儀作法も弁えぬであろう者を」
「それを気にされる御方ではない。」
エルネスティーネとて
それは彼女の特筆すべき美徳の一つだったし、ルキウスがエルネスティーネに好感を抱く理由の最たるものでもあった。
「御本人はそうでしょうが・・・」
「周囲の目か?
公式にお会いになるわけではないからその心配はいらんだろう。」
「そう言えば・・・」
「何だ?」
「実はリクハルド卿に彼女の無事を確認させるよう約束させられておりまして、彼女を
普通に考えればリクハルドかラウリとどこかで面談させるのが一番だろう。だが、それでは会話を通じて何か情報を引き出されてしまうかもしれない。既にある程度の情報が漏れてしまっているとはいえ、これ以上の機密漏洩は避けたいアルトリウスとしてはそのような方法を採りたくはない。
そこで、リクハルドに情報をリークさせて、馬車で通過する際に道端から確認させようとアルトリウスは考えたのだった。これなら彼女が無事であることは確認できるし、なおかつ彼女と不必要な会話をさせて秘密が漏れる可能性を極限できる。
「ふむ、致し方あるまい。
となれば、
「
私は既に関わってるのがバレてますから。」
「そうしてくれ。あと、念のため護衛もしっかり、な?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます