第202話 ルクレティアの決意
統一歴九十九年四月十七日、夕 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
窓からは強い西日が差し込み、本来の予定では
リュウイチとの話し合いの結果を伝えようと思ったのだが、ルクレティアはルキウスらとの話し合いの後、アルトリウスとルキウスが
さすがに他人の家の二階へ、しかも年頃の独身女性の
東向きの
しかし、その
戸がノックされ、奴隷が入って来ると告げた。
「
「!?・・・と、通せ。」
戸惑いつつも立ち上がってルクレティアとヴァナディーズを迎え入れた。
「何でヴァナディーズ女史が?」
「つ・き・そ・い・・・御邪魔かしら?」
ヴァナディーズは当初何も気づいて無かった。
ルクレティアと共に浴室から出て、ルクレティアが付けてくれた侍女に手伝ってもらいながら着替えをしてくつろいでいたところで
距離が結構あったので会話のほとんどは聞き取れなかったから事情はサッパリわからない。ただ、その後でルクレティアが取り乱し、クィントゥスや奴隷たちに付き添われながら車椅子のルキウスと共に
何があったのかしらとヤキモキしつつ待っているとルクレティアが
その後すぐに奴隷の一人がアルトリウスがルクレティアを呼んでいると告げに来た。アルトリウスがこのタイミングでワザワザ呼び出してまで話したい事と言えば決まっている。アルトリウスはルクレティアがルキウスと話をしていた頃、別室でリュウイチと話をしていたのだからその件だろう。
ひとまず落ち着いたとはいえ、未だ精神的には不安定なままのルクレティアは酷く狼狽した。聞きたいような聞きたくないような、どうすればいいか分からない。
そこで、ヴァナディーズが付き添いを買って出たのだった。もちろん、彼女の心を占めていたのは半分以上野次馬根性である。
「いや、ルクレティアが良いなら・・・これから話す事は分かってるんだろう?」
ルクレティアはコクンと頷く。
「わかった、じゃあ掛けてくれ。」
アルトリウスに促されても俯いたまま動こうとしないルクレティアを、ヴァナディーズが両肩に手をかけて椅子へと座らせる。そしてヴァナディーズはルクレティアのすぐ横に自分の椅子を持ってくると腰掛け、ルクレティアを支えるようにその両肩に手を添えた。
「まずはリュウイチ様に
その点、
ルクレティアは不安が募ってきたのか目に涙を浮かべ始めていたが、唇をわずかに振るわせ、結局無言のままコクンと頷いた。
「リュウイチ様は聖女がどういうものか御存知なかったので、その点も御説明申し上げた。
ルクレティアは両手を握りしめながら、自分のみぞおちの辺りまで持ってくる。
「リュウイチ様は
ルクレティアは小さく震えながら、みぞおちの辺りまで持ってきていた両手を胸のあたりまで持ち上げ、二つの拳を合わせてそれを膝の上に一気に降ろした。
「そ、それは、つまり・・・」
「
無論、私もだ。」
それは婚約の成立を意味していた。
ルクレティアはパッと両手で口と鼻を覆った。見る間に顔が真っ赤になり、フーッと声にならないほど甲高く鼻を鳴らし、目から大粒の涙がこぼれ始める。
隣のヴァナディーズがルクレティアの両肩に沿えていた手に力を込めてガッと抱きしめる。
「
アルトリウスがそう言うとルクレティアはヴァナディーズに寄りかかって本格的に泣き始めた。ヴァナディーズはそれを受け入れ、ルクレティアを胸に抱いて頭や背中を優しくポンポンと叩く。
「よかったわね、よかったわね。」
胸の中で肩を震わせて泣くルクレティアにヴァナディーズももらい泣きを始めた。
「さて、
一、二分も経っただろうか、しばらく二人を泣かせてやった後で頃合いを見計らってアルトリウスが話を再開した。
ルクレティアはまだ止まらぬ涙をぬぐいながら顔をあげた。
「もう一人、あのリュキスカという娼婦だ。」
その名を聞いてルクレティアは身体を起こす。そう、ルクレティアは未だ正式な巫女になれず、巫女見習いという中途半端な立場でいた。それが将来的に聖女にしてもらえるという事実上の予約を手に入れた。階段を二段くらい跳び越したと言って良いだろう。
だが、そのルクレティアよりも更に先へ横から一気に割り込んできた女がいるのだ。
「リュウイチ様は本来なら一夜限りの行きずりのつもりだった。
しかし、手違いで彼女もここへ幽閉されることとなった。
リュウイチ様は
そのため、なるべく
「それは、つまり・・・
アルトリウスは小さくため息をついた。
「そういうことだ。」
ヴァナディーズが心配そうに気遣うなか、ルクレティアは一人黙って
「
リュウイチ様の御意とあらば、それに沿いましょう。」
「
「
リュウイチ様は
その間、ウェヌス様の
それはルクレティアの強がりでしかない。彼女はアルトリウスにというより、自分自身に言い聞かせるように言った。本当は悔しくて仕方がない。年齢のせいで受け入れてもらえないとなれば、彼女にはどうしようもないのだ。
だが、ルクレティアは聖女リディアに憧れ続けていた、自分も聖女リディアのようになりたいと思っていた。ここでリュキスカに嫉妬してあらぬ行動に走りでもしたら、聖女リディアではなくメデナになってしまう。
アルトリウスはルクレティアの目をまっすぐ見つめながら、しばし考え、溜め息をついて背もたれに身体を預けた。
「わかった。
リュキスカとも上手くやってくれると助かる。
が、無理して急いで仲良くなる必要は無い。しばらくは、彼女の人となりを知らねばならない。そっちに注力してくれ。
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