第764話 ロックス・ネックビアード
統一歴九十九年五月九日、午後 -
一人はルード・ミルフ二世……フローリアが夫であるハイエルフのゲイマー、ルード・ミルフとの間に設けた一人息子である。見た目の年齢的には十五~六といったところだが、実際の年齢はもちろん百歳を超えていた。ゲイマーの血を引く聖貴族としては珍しく大戦争中の生まれで最年長である。
その顔立ちはフローリアによく似ているが、フローリアよりは若干細面で鼻や目元などはフローリアよりもシュッと鋭い印象を受ける。そして細く柔らかそうな亜麻色の髪の切れ目から、ハーフエルフらしい細長い耳が伸びていた。ゲイマーの血を引く他の聖貴族にとっては唯一の年上の男性であり、その優し気な緑色の瞳を向けられて頬を赤らめ無い
そしてもう一人の少女……年の頃はやはり十五かそこらのヒトの少女といったところだが、雰囲気や
ゲイマーの
着ている衣装もまるで別世界の代物だ。
何かの予定があったわけでもなく成り行きで来てしまったハズのこの場で着ているということは、普段からこのそれだけで一財産になりそうな服を着ているということだ。つまり、
彼女の名はロックス・ネックビアード。一応こちらに来た直後、フローリアが手紙を読んでいる間にルードに促されて簡単な自己紹介はしてもらってはいたが、マメルクスはその名に聞き覚えは無かった。
「あら、この子たちは大丈夫よ。
そうよね、ルーディ?ロキシー?」
ムセイオンの聖貴族たちに《
「もちろんです、
「はい……私も、大丈夫ですママ……」
ルードとロックスは相次いで答えた。フローリアのことを「ママ」と呼ぶということは、やはりゲイマーの血を引く聖貴族で間違いないようだ。
しかしルードの方はマメルクス以上に貴族然としてスマートに答えたのに対し、ロックスの方はどこか浮かない様子だった。
本当に?
ルードの方は問題ないだろう。彼の父は《暗黒騎士》に殺されたわけではなく、大戦争中に
しかしロックスの方はどうだろうか?
見た目からしてヒトで間違いないであろう彼女はハーフエルフのルードよりずっと成長が早く、寿命も短いはずである。つまり、今の見た目の年齢はルードと同じくらいでも、実際の年齢はルードよりずっと若いはずだ。ということは戦後の生まれのはずで、父母か祖父母が《暗黒騎士》の手にかかった聖貴族の一人である可能性が高い。
マメルクスの視線に気づいたロックスはマメルクスの方に向き直り、胸に手を当てて毅然として言った。
「わたくしの心配は御無用です、陛下。
私の父祖ロックス・ネックビアードは確かに《
ゲイマーとしての力を奪われながらも大戦争を生き延び、そしてヒトとして天寿を
《
ロックスはどうやら気の強い性格だったらしい。そのあくまでも礼節を保ちながら発せられた強い口調、そして晴れた日の北極海の海を思わせる深く透き通った
「いや、これは……余としたことが礼を失したようだ。
許すがよい。」
マメルクスがそう言うと、ロックスは小さく「フン」と鼻をならして姿勢を戻した。そのこまっしゃくれた態度を「おほほ」とフローリアが笑う。
「申し訳ありません陛下。
ほら、私が先ほど脱走者が見つかったのかお訊きしましたでしょう?」
「?……ええ」
「脱走者の中にこの子の婚約者がいるの。」
「ママ!!」
何か申し訳なさそうに話すフローリアが何を言おうとしているのか気づいたロックスが驚きの声を上げる。だが、フローリアは構わず話を続けた。
「私がゲートを開いてレーマへ出かけようとしたものだから、婚約者が見つかったのかと思ってついて来ちゃっただけなのよ。」
「マ、ママ!!……」
顔を赤くしたロックスはフローリアに抗議しようとしてたが、フローリアの話に「ホゥ」と驚きの声を上げたマメルクスの視線に気づくと、まさかと周囲を見回し、その場にいる全員の視線が自分に集中していることを知り、顔を耳まで赤くしてうつむいてしまった。
「……す、すみません陛下。」
ロックスのか細い声が耳に届くと、呆気にとられていたマメルクスはハッと気づいて慌ててフォローする。
「いや、気にせずともよい。
脱走者のことは帝国中に手配しておるゆえ、
マメルクスの励ましにロックスはうつむいたままコクンと頷き、膝の上に置いた両手でスカートをギュッと握りしめた。垂れ下がった栗色の前髪のせいで表情は見えないが、ロックスの耳の赤身はだいぶ薄くなっている。
「ふぅ」と少しわざとらしく息をすると、フローリアは場の空気を入れ替えるように話題を戻した。
「ともあれ、
神官たちにも
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