第765話 レーマの政治家たち
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐
今回の降臨について、降臨者リュウイチの
ではレーマ帝国側は?
「我が帝国も……あ、いや……」
一も二もなく大丈夫だと確約しそうになった
「どうかなさいましたか、陛下?」
フローリアの問いかけに顔を曇らせたままのマメルクスは再び口元に手をやり、やや
だとしたら、秘密裏になんかするはずがない……
「あの、陛下?」
「あ!?……ああ、すみません
残念ながら
口元を覆った手を下ろしてマメルクスが残念そうに答えると、ルード・ミルフの方は無反応なままだったが、フローリアとロックス・ネックビアードの二人は少し驚きの表情を見せた。
「どういうことでしょうか?」
「はい、実はこの件は既に
どうやら彼らの方にも報告が行っていたようでしてね。
彼らは
それはそれは……とばかりに背をわずかに伸びあがらせながら背もたれに上体を預けたフローリアとは対照的に、ロックスはマメルクスの方へ身を乗り出した。
「止められないのですか、陛下!?」
「できんよ。
残念ながら余のいかなる権限も
マメルクスが顔も姿勢もフローリアに向きあった状態のまま、目だけをロックスへ向けて答えると、フローリアは手を伸ばして
「
「
ですが、それで間に合うかどうかはわかりません。」
一国の元首たる皇帝の言葉が自国の元老院に対しては効力が無く、それよりも国際機関の人間の方が言うことを聞いてもらえる……それは本来なら恥ずべき告白であったろう。だがマメルクスは先ほどまで前のめり気味に……いや、うつ伏せ気味にしていた上体を起こして臆面もなく言い放った。
フローリアは笑みを消し、顎を引いて上目遣いでマメルクスの表情をジッと観察すると、一旦目を閉じて小さくため息をついた。
「私の名前が必要であれば使ってくださってかまいません陛下。
ですが、間に合わないとはどういうことですか?」
「既に秘密は保てないかもしれないということです、
背筋を伸ばし、対面に座るフローリアたちを見下ろすようにしていたマメルクスは一度深呼吸をすると、今度こそ恥じ入るように表情を曇らせた。
「代表者を派遣しようとしているのは
その守旧派議員を帝都から赤道を越えて遠く南の辺境まで派遣しようとすれば、その議員にはそれなりの旨味を用意してやる必要があるでしょう。」
「……おっしゃることがよくわかりませんが?」
「彼ら
ポストと、金と、そして名誉です。
ですが守旧派が自由にできる
そして金は……誰も出さんでしょうな。
そもそも帝都レーマに残る利益を無視して南の辺境に行くのに見合うだけの額となれば相当な額です。そんな大金を
マメルクスは冗談でも披露するように両手を広げて見せた。
「残るは名誉と言うことになりますね。」
「そうです。」
マメルクスが何を言おうとしているか察したフローリアは沈痛な面持ちで言うと、マメルクスは自分の説明に自分で呆れたかのように皮肉な笑みを浮かべる。
「その……すみません。お
先ほど出しゃばって注意されたことを反省したのか、ロックスが遠慮がちに伺いを立てた。フローリアと、そしておそらくはその息子ルード・ミルフも状況は理解したようだが彼女は話が読めないらしい。
マメルクスは広げた両手を腹の前で組み、ロックスの方を見やりながら左拳を包み込むようにした右手の人差し指でトントンと数度、左手の甲をノックしながら数秒考えると、彼女に質問の機会を与えた。
「どうぞ?」
「ありがとうございます陛下。
その、降臨者様への最初の使節に選ばれるのなら、それだけで既に十分に名誉なことではないのですか?
それが秘密を保てない理由とどうつながるのか、わからないのですが?」
率直すぎる質問はマメルクスにとって意外だった。一瞬、呆気にとられた彼はそのままジッと身じろぎもせずにロックスの、ゲイマーの血を引く聖貴族に共通した整いすぎた美しい顔を見つめ、そして大きく深呼吸するとヤレヤレと言わんばかりに首を振った。
「つまり、彼らが自分たちが送り出す代表者に提示できる見返りは名誉だけということです。
そして、名誉は世間に知らしめることで初めて意味を持つということですよ。」
「?……それは、帰って来てから世間に公表するのではいけないのですか?」
実年齢はもしかしたらマメルクスと同じかそれ以上かもしれないロックスの表情は、見た目どおりの少女のあどけなさをそのまま残しているかのようだ。人間、歳を重ねれば精神年齢が高くなるかと言うとそんなことは無い。結局は経験の豊かさこそが人を成長させる。そしてムセイオンで箱入り状態で育った彼ら聖貴族は、実年齢の割に幼さや精神的未熟さを保つ傾向にあった。ちょうど、今の彼女のように……
「無理でしょうな。」
マメルクスは苦笑いを浮かべた。
「まず使節として遠くアルビオンニアまで行ったとして、必ず成功を納めて帰ってこれるわけではありません。
何せ相手は百年ぶりに降臨した降臨者で、どういう人物なのかもロクに分からない。
これを聞いてロックスは顎を引き、口をキュッと結んだ。
ゲイマーの血を引く彼ら聖貴族にとって、ゲイマーは悪しき存在と規定する大協約体制の価値基準は愉快なものではない。もちろん、歴史を学んでいる彼らも一部のゲイマーが
しかし、マメルクスはそのようなロックスの心情など知る由もない。
「次にアルビオンニアはあまりにも遠い。
往復の移動だけでおそらく半年ぐらいはかかるでしょう。
代表者として降臨者と何らかの交渉に及べば、それだけ長く帝都レーマから離れることになります。でも
自分が居ない間に重大な決定がなされるかもしれないし、政情に疎くなってしまうかもしれない。そしてそれ以上に、レーマに居ないというだけで
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