第766話 対応までの制限時間
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐
「でもっ!」
ロックス・ネックビアードが何か反発するように少し大きな声を上げた。
「成功を納めて帰ってくれば、それ以上のものを得られるのではないのですか?」
思いもかけず世間知らずな少女と政治談議をすることになった
「
そして
特に
どこへ行くにも
それなのに
世間は怪我か病気でもしたか、それとも何か世間に隠れて悪いことでもしているのではないかと噂するでしょう。それは
身振り手振りを交えたマメルクスのやや大げさな話しぶりはまるで宮廷道化師のようであった。実際、彼には元老院議員たちに対して不満や反感が鬱積しており、ここぞとばかりに元老院議員たちを小馬鹿にすることで、無意識のうちにそれを晴らしていた。
しかしロックスの目にはそのマメルクスの口ぶりや態度は、自分を小馬鹿にしているように映ってしまったようだ。やや表情を固くしたロックスが不満そうに同じ質問を重ねる。
「でも、成功すればそのダメージは覆せるのでは?」
「言ったでしょう?
それは成功を納めればの話です。
そして成功しないかもしれない……成功しなければ彼らにとって致命傷です。
よしんば成功したとして得られる利益が大きいとは限らない。
世間に隠れて半年もの間レーマを離れていたと思ったら、その理由が降臨者との交渉だった……もちろん評価する者も多いでしょうが、しない者も多いでしょう。
『奴は抜け駆けをしたんだ』……そう陰口を叩く者は必ず現れます。」
「では、降臨者様への使節になるのは、名誉にならないということですか!?」
ロックスにとってそれはあまりにも意外だった。この世界は降臨者が
「労が多く、リスクも大きい。
成功すれば莫大な利益を得られるかもしれないが、確実に見込める利益は小さい。
そのような冒険を進んで買って出る
ロックスの受けた衝撃がどういうものだったかをマメルクスは正確に理解していたわけではなかった。ただ、目の前の少女が驚いたとだけしか認識していなかったが、それでもマメルクスはどこか憐れむように微笑んだ。
「つまり降臨のことと、降臨者様と会いに行くことを事前に公表するのでなければ、
降臨者に会うことが名誉にならない……どうやらそのように勘違いしているらしいロックスを慰めるように
それを見てどうやら話は一区切りついたようだと判断したマメルクスは目の前の香茶の入った自分の
「その通りです、
事前のこうすると公表したうえで出かけるのなら、たとえそれに失敗したとしても最低限の名誉は守られます。ですが、隠れてコソコソとやって失敗すれば名誉は確実に損ねるでしょうし、成功したとしても高くは評価されない。
それがレーマ貴族なのです。」
そこまで言ってマメルクスは香茶で舌を湿らせた。
「では、
香茶を啜ったマメルクスはフローリアからの質問をまるで無視するかのようにそのまま口元で茶碗を揺らし、しばし香りを楽しむと茶碗を両手で包み持つようにしながら降ろし、顔をあげた。
「余が
「それは困ったことになりましたね。
一応、要請を出すとしても情報が洩れること自体はもう防げないということですか……」
フローリアは頭痛でも堪えるかのように自身の眉間を揉み始める。
「その手紙にありましたように
使者を出すのは彼が戻ってからにするよう釘を刺してはありますから、
「
問題はこの情報がどれだけ早く、広く拡散し、そしてどこにどんな影響が出るかですわ、陛下。」
眉間を揉むのをやめて顔を上げると、フローリアはレーマ皇帝という自分の立場で問題を扱おうとし始めているマメルクスに釘を刺す。
「ことがムセイオンの
現地で降臨が起きたのが先月十日、今日が九日だから現地の話がレーマに届くまで一か月というところですね。
これ以上早い情報伝達はできるものなのでしょうか、陛下?」
マメルクスは両眉をひょいと持ち上げて視線を逸らし、束の間無言のまま考えるとフルフルと小さく首を振った。
「
「では、その
マメルクスはジッと上目遣いでフローリアを見据え、考え込むように口元に右手を当てる。そのまま人差し指で鼻の下を二度三度とさすってから手を下ろし、おもむろに答えた。
「早くて半月後といったところでしょう。
帝都レーマからケントルムまで最新の
そして、現地のアルビオンニアからケントルムまで、もし直接報告の手紙が送られていたとしておそらくひと月半からふた月……どのみち到着するのは同じくらいの時期であろうと考えます、
いくら帝国中を繋ぐ郵便システムの整備・運営を所管しているのが皇帝であるとはいえ、帝国全土の郵便伝送速度まで把握しているわけがない。にもかかわらずマメルクスは大して間を置かずに
アルビオンニア属州は帝国最南端であり対南蛮戦が継続している最前線だ。そして現在ムセイオンがあるケントルムはかつて大戦争時代に対啓展宗教諸国連合との主戦場だった土地であり、ケントルムと接するディアネイア属州(ちなみにケントルム東部はかつてディアネイアの一部だった)には現在でも
フローリアは何か吹っ切れたかのような表情で胸の前で両手を合わせた。
「では、私たちはあと半月でアルビオンニアへ行って事態を把握し、対応を決めなければならないのね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます