第767話 遠すぎるアルビオンニア
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐
あと半月以内にアルビオンニアへ赴き、降臨者リュウイチと会って状況とリュウイチの
しかし
普通に行けば一か月以上かかる距離を一瞬で到達したのだ。そんな魔法が使えるなら、たとえそこがアルビオンニアのさらに先の南蛮の地であっても半月で何往復だってできるだろう。問題があるとすれば、フローリアが現地に到着する前に先ぶれを出せないことぐらいのものだ。
そのように簡単に考えていたマメルクスだったが、現実にはそこまで簡単な話ではなかった。
「でも困ったわね。アルビオンニアまでどれくらいかかるのかしら……?」
フローリアの漏らした嘆息はマメルクスを驚かせた。フローリアと並んで座っている二人も意外だったようで、息子のルード・ミルフもフローリアの方へ視線を走らせていたし、ロックス・ネックビアードに至ってはあからさまに驚いてフローリアの方を振り返っていた。
「?
先ほどの転移魔法を使えばすぐではないのですか?」
「残念だけど……」
フローリアは言葉通り残念そうに笑う。
「あの転移魔法は行ったことのある場所にしか行けないのです。
私は大戦争前の、冒険者だったころはそれこそ世界中を旅したものだわ。だから多分、世界の半分くらいは好きなように行き来できるでしょうね。
でも、私はアルビオンニアへは行ったことがありませんの。」
フローリアが冒険者として活躍していた頃、レーマ帝国の版図は南は今のオリエネシア属州までしか広がっていなかった。現在のサウマンディア属州は当時はまだ未開の大地であり、それどころか大戦争のきっかけとなったとされる大災害の被害によって、その地にいたとされる先住民が絶滅して無人地帯となっていたのだ。サウマンディアの地に帝国が植民者たちを送り込み、帝国の版図に飲み込むのは大戦争も半ばになって以降の話であり、その頃の冒険者(
「それでは、アルビオンニアへは……」
「ええ、途中までは魔法で行くにしても、そこからは自分の脚で行かなければなりませんわね。」
あまりにも意外な話にマメルクスは思わず手に持っていた
「待ってください
それでは、貴女はどこまでなら魔法で行けるのですか?
どこから御自分で行くことになるのですか!?」
その場所によっては、半月では到底間に合わないかもしれない。
「私が南レーマ大陸で行ったことのある最も南の地はクィンティリアです。
それかチューアならロンドゥとシャンドゥのどちらが南だったかしら?」
「なんてこった……」
首を傾げるフローリアの答えにマメルクスは頭を抱えて背もたれに上体を投げ出した。
クィンティリアはサウマンディア属州の北に隣接するオリエネシア属州の州都で赤道に近い港湾都市である。そこから南へ一週間から十日ほどかけて熱帯のジャングルを抜ければ州境があり、サウマンディア属州に入ることができる。が、そこから先が長いのだ。サウマンディア属州はレーマ帝国で最大の面積を誇る属州であり、サウマンディア以外の面積の大きい属州が三つ四つ入ってしまうほどの広さがある。しかも東西よりも南北に長く、サウマンディウムはその最南端に位置している。アルビオンニアはそのサウマンディウムのさらに南だ。
「難しいのかしら?
一度行ってしまえば、あとは魔法で簡単に行き来できるようになるのですけど……」
フローリアはアルビオンニアという土地を知らない。つい最近、サウマンディウムでのメルクリウスの目撃情報が報告されて周辺の地理を世界地図で確認したばかりだったから、辛うじて名前とだいたいの位置を知っていたぐらいだ。そしてその世界地図も精密な測量によって描かれたものではなく、距離も面積もあやふやな絵地図でしかない。そしてその手のいい加減な絵地図は、サウマンディアやアルビオンニアのような辺境は実際よりもかなり小さく描かれる傾向があった。
嘆くように唸りながらマメルクスは頭を抱えた手をそのまま下へずらして顔を撫でおろし、背もたれに預けた上体を起こす。
「難しい……ええ、とんでもなく難しいと言わざるを得ません
「そんなに遠いのですか?」
「クィンティリアは今やオリエネシア属州の州都ですが、サウマンディウムとレーマの中間ぐらいの位置になります。
レーマからサウマンディウムまで普通に行って約三か月、レーマからクィンティリアまでがだいたいひと月半、クィンティリアからサウマンディウムまでが約ひと月半。
アルビオンニア属州はサウマンディウムから海峡を隔てた対岸で、アルトリウシアはサウマンディウムから船で二日か三日と聞いております。どうも海流の関係で一度チューアのナンチンへ寄らねばならないそうでしてね。
それに向こうはこれから冬です。
天候によっては船は出せませんから、クィンティリアからアルトリウシアまでひと月半からふた月は見込まないと……」
半月以内に問題に一区切りつけなければならないのに、現地への移動だけでその三倍の日数を要してしまう。これではお話にもならない。
「手紙はひと月で届いたのに!?」
あまりにも驚いたせいか、先ほど出しゃばって
マメルクスも前回のように視線で無礼を咎めることはせずにロックスの方へ顔を向けて説明を始めたが、その口調はまるで自らの能力の限界を自嘲するかのような雰囲気を持っていた。
「手紙は帝国が誇る
そうやって昼夜を問わず休みもなく全力で移動し続けるから、わずかひと月で届けることができたのだ。
普通に旅して行けば、優にその三倍はかかる。」
馬は全力疾走すれば短い時間で体力を消耗しつくして走れなくなってしまう。だから一定間隔ごとに中継基地を設け、区間ごとに馬を乗り換えながら、場合によっては騎手ごと交代しながら手紙を受け継いで運ぶ。これによって一日あたり八十~九十マイル(約百四十八~百六十七キロ)の輸送速度を実現したのがレーマ帝国の誇る
だが、早馬を乗り継いで運ぶという都合上、手紙のような軽貨物でしか実現できない。人間をこの速度で運ぶ手段などありはしないのだ。いくら馬を乗り継いだところで、全力疾走する馬に乗り続ければ人間だって体力を消耗するのだし、それが無かったとしても寝る時間も食べる時間も無視して移動し続けることなど人間には出来はしない。
人間を最速で長距離移動させるとしたら快速船に乗せるしかないが、快速船では同じ距離を移動するのに早馬の一・五倍も時間を要する。その上クィンティリアからサウマンディウムまで陸上を直進することができない以上、海上を大きく迂回しなければならないため、その分移動距離が長くなり余計に時間がかかってしまう。
お手上げだ……マメルクスは両手を広げた。
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