第452話 討伐隊の準備

統一歴九十九年五月四日、晩 - マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 アルビオンニウムへ向かった第二聖女サクラ・セクンダルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアの護衛隊長セルウィウス・カウデクスからの早馬でライムント街道第五中継基地スタティオ・クィンタ・ウィアエ・ライムンディの壊滅を知ったアルビオンニア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・アルビオンニアアロイス・キュッテルはマニウス要塞司令部で対応の準備に追われていた。

 本来なら続報を待つなりこちらから早馬を出すなりして状況把握に努めるべきであろうし、実際にそれはやってはいたのだが、その後にシュバルツゼーブルグから寄こされた早馬によって、どうやら現地はのっぴきならない情勢に陥っているらしいことが分かったからである。


 セルウィウスが寄こした早馬に寄れば第五中継基地が何者かの襲撃を受け、中継基地に駐屯していた警察消防隊ウィギレスは全滅していたとのことだった。おそらくセルウィウス自身も慌てていたのだろう。あるいは、詳細は追って報告するとしてとりあえず第一報だけ伝えようとしたのかもしれない。最初の早馬が持ってきた情報はそれだけだった。

 それから約一時間後、今度は第五中継基地を管轄するシュバルツゼーブルグから別途早馬が到着する。これは背景に関する情報も含めたもので、同時に救援を要請するものでもあった。


 その内容をまとめると…シュバルツゼーブルグ近郊の盗賊たちが最近台頭してきた新勢力によって吸収され、総勢三百名とも推定される大勢力となっている。シュバルツゼーブルグの私兵は既にシュバルツゼーブルグの街の治安維持で手一杯となっていて、当該盗賊が何らかの行動に出た場合は対応不能な情勢である。そしてライムント街道第五中継基地が盗賊団からの襲撃を受けて壊滅してしまった。是非アルビオンニア軍団によって当該盗賊団を討伐してもらいたい…というようなものだった。


 シュバルツゼーブルグ近郊の盗賊たちが謎の新勢力の下に吸収され大勢力になっているということ自体は、アロイスもズィルパーミナブルクからアルトリウシアへ来る途中でシュバルツゼーブルグに立ち寄った際に聞いていたから知っている。決して気にしなかったわけではない。だが、大勢力になったとは言ってもたったの三百…しかもただの盗賊である。荒くれ者とは言え所詮素人が武器を持っただけの集団が、本職の軍隊とぶつかれば鎧袖一触がいしゅういっしょくで蹴散らされてしまうのは疑いようがない。それが分かっていれば、わざわざ軍が出張でばって来るような挑発的な行動などするはずもない…アロイスはそうたかくくっていたのだ。


 だがそうではなかった。連中は軍の施設である中継基地スタティオを襲撃して警察消防隊を壊滅させている。となれば、中継基地に備蓄してあった物資を狙ったに違いない。

 備蓄してあった武器は三百人の盗賊全員を武装させるほどの量は無いはずだったが、その勢いで他の中継基地も襲撃すればそれなりの武装を得ることができるだろう。盗賊の討伐は本来なら最寄りの中継基地の警察消防隊か管轄地域の郷士ドゥーチェの私兵の担当である。しかし、シュバルツゼーブルグはアルビオンニウム放棄によって生じた膨大な避難民を吸収した結果、郷士一人が招集可能な兵力では街の治安維持だけで精一杯という状態になってしまっている。ここで火力化された盗賊三百を討伐しろというのは無理以外の何物でもなかった。


 アルビオンニア軍団を動員するしかない。


 しかも、タイミングが悪いことにルクレティアがアルビオンニウムへ向かっている。盗賊団がまかり間違ってルクレティアに襲い掛かり、万が一のことでもあれば《暗黒騎士リュウイチ》が動き出してしまう恐れがあった。最早一刻の猶予も残されてはいない。詳細は分からないまでも、最悪の事態に備えなければならないだろう。


「では救援隊の中から一個大隊コホルスを抽出させてもらう。

 アイゼンファウスト卿には申し訳ないが、そちらで謝っておいてほしい。」


「やむを得ません。

 なるべく、こちらの第一大隊コホルス・プリマとの交代という形で、復興にはなるべく影響の出ないように調整します。

 武器弾薬の類は大丈夫ですか?」


 アロイスはアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスラーウス・ガローニウス・コルウスを始め軍団幕僚らトリブニ・ミリトゥムと討伐部隊の準備を進める。

 アロイスはアルトリウシア復旧復興を支援するため、ズィルパーミナブルクから約千五百もの救援隊を率いて来ていた。だが、被災地の復旧復興をするつもりだったので本格的な戦闘の準備はしていない。しかも千五百人の救援隊の内、約三百人は大工などの民間人の職人で、戦闘経験もなければ武装もしていないのである。更に二百人はライムント地方からアルトリウシアへの救援物資の輸送に充当しており外すことが出来ない。実際に戦闘に投入できるのは千人…おおよそ二個大隊ほどだった。

 そしてその二個大隊も本格的な戦闘に耐えうるものかどうかかなり怪しい。


 アルビオンニア軍団は一昨年のフライターク山噴火で被災している。アルトリウシア軍団と合同演習を行っていたまさにその場に火砕流が流れ込み、アルトリウシア軍団ともども戦力を半減させてしまったのである。その際、当時の軍団司令官ドゥクス・レギオニスであったマクシミリアン・フォン・アルビオンニア侯爵その人も火砕流によって負った火傷が元で死亡している。

 アロイスは上司であると同時に義兄でもあったマクシミリアンの後を引き継ぎ、軍団長レガトゥス・レギオニスとしてアルビオンニア軍団の再編に取り組みつづけ、アルトリウシア軍団よりもかなり早いペースで戦力を回復させてはいた。ただ、急ぎ過ぎた点は否めず、軍団レギオーを構成する軍団兵レギオナリウスは新兵の割合がかなり多くなってしまっている。


 さすがに対南蛮戦の最前線であるズィルパーミナブルク防衛から精鋭部隊を引き抜くわけにはいかず、アロイスは新兵の割合の多い大隊を中心に、更に他の大隊からも新兵を抽出して臨時に救援隊を編成して連れてきていた。このため、救援隊の中で実戦経験のある古参兵と新兵の割合は実に一対二…新兵の方が圧倒的に多い。


短小銃マスケートゥムが足らない。

 投擲爆弾グラナートゥムもだ。

 全体の三分の二が新兵だからな。

 火器は騎兵部隊にだけしか持たせてないんだ。

 途中の中継基地の備蓄分を回収するつもりだが…」


 若い新兵は第一戦列兵ハスタティに回されることが多い。レーマ軍の第一戦列兵は大楯スクトゥムを構えて最前列に立つ役目だ。この世界ヴァーチャリアで量産に成功した魔道具マジック・アイテムである魔導の大楯マギカ・スクトゥムは装備者の魔力を消費して、前方から飛んで来る矢玉を減速させる効果を持ち、敵の銃撃を防ぐことができる。若い新兵なら体力に余裕があるため魔力の消費にもより長く堪えることができるし、未熟な新兵に貴重な銃を使わせたくないということもあって、第一戦列兵に回されるのが常態化していた。

 このため、アロイスが連れてきていた兵士の大部分が銃を使い慣れていない第一戦列兵である。そして、連れてきている古参兵も多くが新兵の教育係を務める第一戦列兵であり、短小銃で武装している者は全体の六分の一に満たなかった。


 途中の中継基地に置いてある備蓄分はそれほど多くない。一応、軍が行軍中に何らかの理由で不足した分を補充する目的で多少備蓄はあるが、それらはその中継基地に駐屯している警察消防隊の装備品でもある。その中継基地に置いてある武器全部を持ちだしたら、警察消防隊の治安維持活動に支障が出かねない。


アルトリウシア軍団わが軍の予備をお貸ししましょう。」


「ありがたい。

 敵が盗賊なら重装歩兵ホプロマクスは必要ない。

 軽装歩兵隊ウェリテス用の装備で固めて行こうと思う。」


 アルトリウスから事前に協力するよう指示を受けていたラーウスの判断で、アルトリウシア軍団の予備装備が手配されて行く。アルビオンニア軍団はヒトで編成されるのに対しアルトリウシア軍団はホブゴブリンの軍団なのでロリカなどはサイズが合わないが、武器は共通なので融通が利く。しかもアルトリウシア軍団は戦力の回復が遅れていたために武器は多少だぶついており、一個大隊分ぐらいは供出しても問題は無かった。


「武器の目途が立ったなら大至急、兵を集めて討伐隊を編成しよう。

 銃の使い方を練習しなおさにゃならん兵もいるからな。

 明朝には出立できるようにしておきたい。」

「問題は糧食ですが、シュバルツゼーブルグの備蓄は限られているはずです。

 こちらで貴軍用に用意した物を持って行ってもらうほかありません。」

「馬車は救援物資を運んで来て空荷で帰る奴を使えば何とかなるだろう。

 それよりも連絡体制確立のために中継基地の早馬用の馬を増やせないか?」


 軍隊は補給が無ければ動けない。軍隊の作戦計画とはすなわち補給の計画だ。補給計画を確立するためにこそ、参謀というテクノクラートが存在する。アロイス一人では討伐隊の準備などとてもではないが一日では出来なかっただろう。だがラーウスらの協力を得たことで、アロイスは討伐隊の準備を驚くほどのペースで整えつつあった。

 しかし、そうしている間に早馬によって届けられる続報は第五中継基地の悲惨な被害状況を報せる物であり、同時にルクレティアらが予定を変更することなくアルビオンニウムへ進むことを告げていた。

 軍団の行軍速度は通常の商隊キャラバンの移動速度なんかとは比較にならないほど速い。ルクレティアがシュバルツゼーブルグへ引き返してくれたなら、アロイスは明後日中にはシュバルツゼーブルグで合流することも出来ただろう。しかし、ルクレティアの一行は軍団の行軍速度で移動することになっている。このままでは、アロイスがルクレティアに追いつくのは、ルクレティアがアルビオンニウムから帰って来る途中でということになりそうだった。

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