第451話 アロイスの急用
統一歴九十九年五月四日、夕 -
『ギックリ腰!?』
遅れて
先に来ていたエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人から知らされているものと思っていたアルトリウスは逆に驚きつつも表面上はそれを隠し、挨拶を続ける。
「はい、それでしばらくは私が
アルトリウスはリュウイチに頭を下げつつ、チラリと脇に立っていたエルネスティーネを横目で見ると、エルネスティーネは気まずそうに視線を逸らした。
エルネスティーネは陣営本部に来てアルトリウスが来る前にルキウスの腰痛のことを報告し、またルクレティウスが挨拶したがっていることを報告し、そしてルクレティアを
『そうですか…分かりました。
しかし御気の毒に、そう言えばいつも杖を突いてらっしゃいましたね。』
「ええ、養父の持病です。
若いころに痛めてしまいまして…」
『ポーションか治癒魔法で治してあげられるのならいいのですが…』
「いえっ、それには及びません!!」
リュウイチの申し出をアルトリウスは顔を上げ慌てて辞退する。
「歳というのもありますし、年に何度かはこうなりますから、それほどご心配には及びません。」
『ああ、大丈夫です。
その…「
一応、事情は理解しているつもりです。』
「ご理解
リュウイチ様の御気持を知れば、養父も喜ぶことでありましょう。」
アルトリウスはホッと胸をなでおろしつつ、安堵の笑みを浮かべながら礼を述べ改めてお辞儀した。
『ああ!いえそんな、こっちはお世話になってるだけで何もしてませんから…』
「いえ、とんでもございません。
我々は既にリュウイチ様から多額の銀貨とポーションをお借りしています。
そして《レアル》の
既にお返ししようにもお返ししきれぬ御恩を受けております。」
『いや、そんな叡智だなんて大袈裟なことは一つも…』
リュウイチとしてはそれは本当に身に覚えのない話であった。しかし、アルトリウスたちからすればリュウイチとの何気ない会話の中から、
例えば
「いえ、リュウイチ様にとっては大したことのない知識、つまらぬ常識であっても、この世界では未知の知識であり叡智です。
いずれこの世界の発展に大きく寄与することでありましょう。」
自分の知識が役に立ってくれるとすればありがたい。だがリュウイチは自分の知識に自信があるわけでもなかった。リュウイチは高卒で、しかも《レアル》世界では長年トラック運転手をしていただけである。得た知識の多くは仕事中に聞いたラジオ番組や、休憩中に見たテレビや雑誌から得たものである。当然、間違っている知識もあるだろうし、役に立たない知識もあるだろう。それを想うと褒められれば褒められるほど、感謝されれば感謝されるほど後ろめたい気持ちになってしまう。
『いやぁ~…しかし、私は何かの専門家ってわけでも学者とかでもありませんし、素人がどこかで聞きかじっただけの知識しか持ち合わせてませんから、間違ってたりするかもしれませんよ?』
「それはかまいません。どうぞお気になさらないでください。
我々とて自分の専門分野以外の事などに精通しているわけではありませんよ。」
アルトリウスが答えると、エルネスティーネが合いの手を入れる。
「そうですとも。そもそも《レアル》とヴァーチャリアは違う世界なのです。
《レアル》の叡智はこの世界を大きく発展させてきました。ですが、別の世界の知識である以上、この世界では通用しなかった知識も多いのです。
ですからリュウイチ様から頂いた知識は、たとえそれが全く間違いのないものだったとしても、どのみちムセイオンの学者たちがこの世界で通用するものかどうかを確認せねばなりませんの。
たとえ不正確な知識であったとしても、それはこの世界を発展させる何かのヒントにはなるはずですわ。ですから、リュウイチ様は御自身の知識の正確さについて、さほど心配される必要はございません。」
『は、はあ…』
確かにこの世界には《レアル》には無い魔法が存在し、
そう考えれば彼らのいう《レアル》…すなわち、リュウイチこと
しかし、だからといって間違った事や役に立たない知識を彼らに伝えてしまうことに対して不安や抵抗が全くなくなるかと言えばそう言うことはない。エルネスティーネが言ったように、リュウイチが何かを言えばそれを検証する作業が行われることになるのだ。それも
エルネスティーネの話を聞く限りそれは世界中の叡智が結集したムセイオンという機関において、すなわち世界を挙げての検証作業になる。つまり、リュウイチが何かを言えば、この世界が振り回されることになるのだ。リュウイチがうっかり変なことを言えば、それがこの世界における『フェルマーの最終定理』のごとく、全世界にとっての課題になってしまう。それが正しい知識であり、《レアル》とヴァーチャリアの世界の違いによって検証が困難なだけだったならまだいいが、世界中の学者たちをさんざん悩ませたあげく実は間違いでしたなんてことになったら目も当てられない。
リュウイチはひとまずこの場では苦笑いするしかなかった。
とっとと話題を変えよう…
『そういえば、アロイスさんの姿が見えませんが今日は来られないのですか?』
リュウイチはてっきりアルトリウスと一緒に来ると思っていたアロイスの姿が見えないことに話題を変えた。アルトリウスはそれを聞いて両眉を持ち上げてわずかに目を泳がせる。
「あら、そういえば見えませんね。
エルネスティーネも気になったのだろう。リュウイチと共にアルトリウスの方を見た。アルトリウスは両眉を持ち上げたまま視線を逸らして口をモゴモゴさせていたが、観念したように小さく息を吐くと報告を始める。
「ええ、実は急用が出来まして…」
『「急用?」』
リュウイチはもちろん知らなくて当然だとしても、エルネスティーネは自分も知らない「急用」に思わず
正直に話してリュウイチに下手に興味を持たれても困る。だが、アロイスの姉でも上司でもある
アルトリウスはなるべく大袈裟に受け止められないように言葉を選んで報告し始めた。
「はい、これもこの後この場で御報告するつもりだったのですが…実は先ほど早馬が到着しまして…どうも盗賊が騒ぎを起こしたようでしてね。
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