第945話 乾坤一擲
統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム
大の大人が二人掛かりで両手を広げてようやく囲えるほどの大木のような太い両脚。その両脚に負けないほど太い尻尾。それらに支えられた更に太く巨大な胴体。その胴体から伸びる、人間の腰回りよりも太いガッシリとした両腕。その先から伸びた五本の指はそれぞれが太腿ほどもあり、鋭く尖った爪は固い大地さえ切り裂く
ヴルルルルルル……
ヴルルルルルル……
呼吸音だろうか、何かがゴポゴポと泡立つような低い響きを伴った音が規則正しく
状況を理解しきれない人間たちを憐れむように、グルグリウスは身を屈めて顔をペイトウィンに近づける。
『さあ、これ以上の無駄な抵抗は辞め、大人しくしてください。』
グルグリウスの顔を初めて間近で見たエイーが無意識に半歩後ろへさがり、踏みつけた木の枝が折れてパキッと小さく乾いた音を立てた。その音でペイトウィンがハッと我に返る。
「クッ、誰が!!??」
ペイトウィンは咄嗟に右手に持っていた
「ぐわっ!?」
「くはあっ!!??」
突如、目の前で起きた爆発にペイトウィンとエイーは吹き飛ばされ、悲鳴を上げながら地面に転がる。
「ぶはっあっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!
あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!!!!」
対魔法防御能力を付与された
「ク、クソッ!!
エイーの尋常ならざる悲鳴に事態を察したペイトウィンは即座に魔法でエイーの身を焼く炎を消したが、エイーは既に深刻なダメージを負っていた。
「エイー!エイー大丈夫か!?」
火は消えたもののプスプスと煙を上げるエイーに、ペイトウィンは立ち上がる手間も惜しみ、這いつくばったまま駆け寄った。エイーの髪は完全に焼けてチリチリになっており、既に頭皮が剥き出しになっている。顔面も赤黒く焼けただれてエイーは目も開けられず、喉の奥をヒューヒュー鳴らしながらなんとか呼吸を維持しているような状態だった。いつ死んでもおかしくない、非常に危険な状態と言える。
「待ってろエイー!
今、今ポーションを……」
ペイトウィンは
だが、エイーの意識までは回復しない。消火までに時間がかかってしまい、火傷が進んでショック症状が出たのか、あるいは酸欠状態に陥ってしまったのか、ペイトウィンがポーションを使った時には既に失神してしまっていたのだった。傷は回復したはずなのにエイーが目を覚まさないことに焦ったペイトウィンが、エイーの頬をペシペシ叩きながら必死に呼びかける。
「エイー!しっかりしろエイーッ!!」
「ルッ、
大丈夫ですかあ!?」
突然の爆発音、そしてエイーの悲鳴に続いてペイトウィンのただならぬ様子に心配になったクレーエが声を張り上げた。普段なら
「おい盗賊ども!!
エイーがやられたぞ!」
「旦那が!?
死んじまったんですか!?」
「馬鹿言え、死ぬもんか!
怪我して気を失っただけだ!
早くこっちへ来い!
エイーを助けろ!!」
だが、地面にへたり込んだまま叫んだペイトウィンの命令に応える声は帰ってこなかった。ペイトウィンの周りにはマッド・ゴーレムたちの包囲網が既に完成しており、五メートルほどの距離を開けて南側をぐるりと半周囲んでいる。そして北側にはグルグリウスが展開した
「ヴルルルル……だから無駄な抵抗は辞めるよう申したではありませんか?
今のは貴方様が悪いのですよ、ペイトウィン・ホエールキング様ぁ?」
「
クレーエの声が突然響く。
なんだ!?
この期に及んで何も出来ない非力な
「フォイアー!!!!」
パッパパパパパッ!!!
クレーエの号令に続いて銃声が鳴り響く。それは先ほどペイトウィンが放った魔法などとは比べ物にならないほどお粗末で頼りない、どこか気の抜けた音だった。しかし、盗賊たちの放った弾丸はマッド・ゴーレムの右脚に集中して命中、ゴーレムはちょうど体重を移そうとしていた軸足を部分的に崩され、よろめいてしまう。しかし、倒れるには至らない。
何を無駄なことを……
味方ながら苛立たしさを感じさせる程ささやか過ぎる攻撃は、しかしそれだけで終わったわけではなかった。バンッという音共にペイトウィンの魔法『爆炎弾』にも引けを取らぬ爆発が起こり、周囲に無数の青銅の破片が飛び散る。それにやや遅れるように広がった猛烈な白煙に包まれながら、脚を吹き飛ばされたマッド・ゴーレムがその場に崩れ落ちたのだった。
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