第271話 追加支援部隊
統一歴九十九年四月二十二日、午後 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア
「ここに来て新たに
「はい、アイゼンファウスト卿からの要請によるもので、建造する
リュウイチとリュキスカは既に
「待て、今は被災者のための住居整備を最優先にやらねばならん時だ。
資材も人も全く足りておらず、全力を尽くしても冬までに間に合うかどうか分かっていないのだぞ!?
それで一番割を食うのはアイゼンファウスト地区ではないか、アイゼンファウスト卿は何を考えておられるのだ?」
アルトリウシアの内政を実質的に統括している子爵家筆頭家令ホスティリアヌス・アヴァロニウス・ラテラーヌスがまるで理解できないとでも言わんばかりに顔を
「エッケ島に
アイゼンファウスト卿は
「バカな!
エッケ島は島だぞ!?」
ホスティリアヌスは頭を振って否定した。他の家臣団たちも同じような反応を示す中、サムエルが補足説明する。
「エッケ島の南にはアルトリウシア平野との間に船が通れない浅瀬が続いており、干潮時には人間が歩いて渡れるのではないか…という噂が昔からあります。」
「噂なのでしょう?
今まで誰も試していない。大の大人でさえ、波に
だいたい、相手はゴブリンではないか!
ただでさえ子供のような体躯で、我々ホブゴブリン同様泳ぎが苦手な種族だ。その彼らが危険を冒して海を渡ってくるのですか!?」
子爵家でアルトリウシアの法務を司るアグリッパ・アルビニウス・キンナが半笑いを浮かべながらサムエルの説明を否定した。ホブゴブリンはゴブリンを過小評価したがる傾向があるのだ。
「ゴブリン兵では無理でしょう。ですが彼らのゴブリン騎兵はダイアウルフを駆っています。ダイアウルフの体躯ならば不可能ではないかもしれません。
また、彼らは『バランベル』号を失ったとはいえ、我々から強奪した
サムエルがクスリともせず真面目な面持ちで答えると、それ以上ハン族がエッケ島から海を渡ってくる可能性を否定する意見は出なくなった。海のことに関してセーヘイムのブッカに意見できる者などここにはいないのだ。
「末席から失礼いたします!
エッケ島の南が仮に陸続きだったとしても、アイゼンファウストまで何マイルあるのですか?
途中、浅瀬とはいえ海を越えて来るのですから、馬の脚でも途中で一泊はせねばならんでしょう。ですが途中のアルトリウシア平野は何もない湿原だ。陣など敷けますまい。
それにアイゼンファウスト地区とアルトリウシア平野の間には広いセヴェリ川が横たわっている。
本当に
サウマンディアからの支援部隊を率いるバルビヌスが焦るように質問してきた。彼の
ところが、アルトリウシアの軍人たちの話によれば
「エッケ島からアルトリウシア湾まで…おそらく四
しかし、海岸沿いを歩けば近いですがすぐに見つかってしまいます。奴らがアイゼンファウストを攻撃するとしたら見つからないよう、内陸に入って行動するでしょうからもう少しかかるでしょう。」
サムエルの答えを聞いたバルビヌスの顔に多少の安堵の色がにじんだ。
「その距離ならばやはり、途中で一泊せねばなりますまい。少なくとも、往路か復路の途中で…彼らとて野盗ではないのだ。無謀なだけで得るものの少ない作戦など実行しないのではありませんかな?」
レーマ帝国では騎馬兵の作戦行動半径はおおむね二十二マイル(約四十一キロ)と考えられている。拠点から二十二マイル進出し、二十二マイル戻る…その範囲が騎兵戦力の活動範囲だ。それ以上となると騎手にも馬にも負担がかかりすぎてしまい、翌日十分な休養を与えないと消耗してしまう。
もっとも、それは一つの拠点を中心に継続的な作戦行動を実施する場合の行動限界であり、ただ移動するだけなら当然その二倍は移動できることになる。途中で
しかし、アルトリウシア平野は湿原であり、潮汐によって海水が逆流してくるため湿原を覆う水は海水混じりだ。飲み水の確保が
「いや、通常の騎馬兵ならばそうでしょうが、
ダイアウルフは大喰らいだが機動力は馬を上回ります。正確な所は分かりませんが四、五日程度は飲み食いせずに行軍できると聞いています。エッケ島からアイゼンファウストまでの往復は難しくは無いでしょう。」
「それに、
「ということは、アイゼンファウストは本当に最前線になりうるのですか?」
「可能性はゼロではありません。が、限りなく低いと我々は考えています。
四月十日の蜂起で我々はダイアウルフ十三頭を殺害し、二頭を捕獲しています。現時点で
眼前の脅威を認識したバルビヌスを落ち着かせるようにゴティクスが説明すると、バルビヌスの隣に座っていたマルクスが得心が言ったとばかりに頷いた。
「なるほど、彼らにとっても貴重になってしまった戦力を、安易に投入しては来ないだろうということか?」
「ご賢察の通りでございます、
ゴティクスは我が意を得たりと笑みを浮かべて会釈した。
「ならばいっそのこと無視してもよいのではありませんか?
彼らはおそらく脱走しようとして失敗した。それでメリクリウス団などと陰謀論をでっち上げてレーマ帝国に恭順しようとしている。今、彼らがいかなる攻撃をとってもその企みを台無しにしてしまうだけで、得るものなど何もないはずでしょう?
貴重すぎる戦力を投入して、自らの命脈を断つようなことなどしますまい。」
それは現時点までにアルトリウシアから伝えられてきた情報、そしてアーディンがサウマンディウムで行った説明から状況を分析した
「軍事的合理性、そして政治的合理性に基づいて考えるならば全くその通りだ、
アルトリウスがおもむろに口を開き、一同の注目を集める。
「だが、民衆はそのような合理性とは別の次元で物事を考える。」
「つまり、これは純粋に軍事的脅威への対応ではなく、民衆の不安への対応ということですか?」
マルクスのこの問いには
「その通りです。民衆には目に見える形で安心を提供せねばなりません。
アイゼンファウスト地区のほぼ東端でセヴェリ川沿いに、ちょうど小さな丘のようになっているところがあります。高さはおそらく八ピルム(約十五メートル)あるかどうかぐらいですが、そこからならセヴェリ川の河口から
ラーウスは自信たっぷりに説明したが、子爵家筆頭家令ホスティリアヌスは渋面を崩さない。
「しかし、現時点で人手が足りていないことには変わりありません。建築資材の確保も課題です。既に建材の多くが値上がりし始めています。
アイゼンファウストに
それに、建造した後も
雪が降り始めるまであと二か月…それまでに住民たちに住居を提供するという課題をクリアするうえで最大の障害になっているのは人手の不足だった。ホスティリアヌスはこの十日の間ずっとその問題に頭を悩ませ続けてきたのだ。
しかし、ホスティリアヌスの想像していなかったところから助け舟が出された。
「それについてはサウマンディアから追加支援部隊を手配しましょう。」
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