第980話 盗賊たちの生き残る途
統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム
聖貴族……特に
仮に何らかの罪を犯したとしても通常の人間のように罰せられることはまずない。そもそも、この世で最も高貴で最も
事実、これまで彼らの誰かが処刑されたとか刑に服したとかいう話が明るみになったことは一つも無い。たまに何かのきっかけである聖貴族とその関係者が姿を消したり、その人たちに関する話が一切聞かれなくなったりすることがあるだけだ。つまり、完璧に揉み消されているということだ。
聖貴族の教育を一手に担っているムセイオンがそれを実行しているとされている。ゲイマーの血を守るのはムセイオン設立の主要目的の一つであるのだから、ゲイマーの血を不祥事によって失わざるを得ない事態を避けるための工作は最優先で行われるとの噂もある。ましてハーフエルフというゲイマーの血を引く聖貴族の中でも更に貴重な存在を守るためとあらば、クレーエごとき盗賊の抹殺なんか
この世界の魔法や
予想をはるかに超える事態に直面したクレーエは世界がグラグラと揺れるような感覚に襲われていた。が、
『
《森の精霊》は今度こそ吐き捨てるようにクレーエを馬鹿にしたような態度で言った。どうやら呆れを隠すというような
もっとも、魔力量だけを見れば実はエイーも決してハーフエルフに劣るものではない。ヒトの中では割と高い方ではあるのだが、戦闘職ではないのと本人の生来の性格ゆえか
しかし、それでも《森の精霊》やグルグリウスがエイーを只のヒトと断じてしまったのは、エイーが今もまだ
「「・・・・・・・・・・」」
クレーエとレルヒェは互いに顔を見合った。彼らにとって『勇者団』メンバーの中で一番近しい存在がハーフエルフでなかったことは彼らにとってちょっとした安心材料ではあったが、よくよく考えれば気休めにもなっていない。結局ペイトウィンに逆らい、ペイトウィンを裏切り見限ったという事実は消えないのだ。いや、『勇者団』の悪事に加担した関係者である以上、ムセイオンの口封じから逃れられないのではあるが。
「じゃ、じゃあ他の
『あのリーダーだって言う人と、あと生意気に私に歯向かおうとした人はハーフエルフだったわね。
他は全部ヒトだったと思うわ。
私が会ったことの無い人たちのことは分からないけど……?』
《森の精霊》は一昨日の不愉快な一夜を思い出しながら答えると、無言のままグルグリウスの方を見た。《森の精霊》は『勇者団』の全員と会ったことがあるわけではない。現にペイトウィンは今夜初めて見た相手だ。グルグリウスなら他のメンバーのことを知っているかと思ってのことだったが、グルグリウスは無言のまま首を横に振った。
グルグリウスも会ったことのあるのはペイトウィンとエイー、そしてシュバルツゼーブルグを出発する前に手紙の蝋封に使われた紋章の持ち主を確認するためにチラッと会ったナイス・ジェークとメークミー・サンドウィッチの四人で全部だ。そのうちハーフエルフはペイトウィンだけである。他に誰がいるか、誰がハーフエルフかなどといった情報は持ち合わせていなかったのだ。
「リーダーっていうとブルーボール様か……」
クレーエはティフの顔を思い出していた。
普段、『勇者団』の面々は盗賊たちの前に姿を現す時は覆面で顔を隠していることが多かったのだが、一昨日の《森の精霊》の森に入った時は覆面を取っていた。多分、《森の精霊》や《
あの時目にしたティフは確かに……ペイトウィンもそうなのだが、背が高いわりに体つきが細身。肌が白く、顔つきがやたらと整いすぎている。どこか人間離れした顔つきだった。
「生意気に歯向かおうとした人って?」
考え込むクレーエに横からレルヒェが尋ねた。
「そっちはソイボーイって呼ばれてた人だ。
いや、多分ソイボーイ様本人なんだろうな……ああ、なんてこった。」
クレーエは頭を抱えた。ティフにスモル、ペイトウィン……そしてペトミーもおそらくハーフエルフだろう。ペトミーはファドに次いで良く盗賊に命令を下したりする役目をしていたため、ファドは幾度かペトミーの素顔を見たことがあった。
少なくとも四人のハーフエルフが『勇者団』に加わっている。そしてクレーエたちはその悪事に加担した。このままでは『勇者団』の悪事を隠蔽し揉み消すために、クレーエたちは確実に始末されてしまうに違いない。
「なんだよ
他の
「馬鹿、そんな簡単に行くもんか。
もう
ハーフエルフ様の不始末を揉み消すため、俺たちゃまとめて始末されちまう。」
『あら、そんなの私が守ってあげるわよ!』
盗賊二人の会話に《森の精霊》があっけらかんとした様子で割り込んできた。盗賊たちは場違いなくらいに感じられるほどの安請け合いする少女に目を向ける。
たしかに『勇者団』を一方的にあしらった《森の精霊》ならば、ペイトウィンを簡単に捕まえたグルグリウスすら平伏させる彼女なら、クレーエたちの身を守るくらいは何ということも無いだろう。
「そうだよ
こんなスゲェ《
「いやしかし……」
《森の精霊》は確かに強力だ。だが自分の
クレーエの知る限りこの《森の精霊》の領域はさほど広くはない。その領域内にある人里と言えば廃墟同然に破壊されたブルグトアドルフの宿場町だけだ。その街からさほど離れていない森の中までエイーを連れて来なければ《森の精霊》に助けて貰えなかったということは、シュバルツゼーブルグまでは到底行けないということでもある。
こんな山ン中でほとぼり冷めるまで閉じこもってろってのか?
冗談じゃねえぞ……
だが、《森の精霊》にクレーエの頭の中は分らない。まさか人間が森の中での生活に不便を感じているなどとは想像すらできない若すぎる《森の精霊》は自分の実力か、あるいは守ってやるという自分の気持ちが軽んじられたのだと勘違いした。
『何よ、私じゃ頼りにならないとでも言うわけ?』
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