第979話 ブレーブスの正体

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 少女と悪魔の視線が自分たちに向けられたことに気づいたクレーエとレルヒェはハッとなった。目の前の人外の化け物どもが自分たちの運命を決めようとしていることに改めて気づかされたのだ。レルヒェは今更ながらオズオズと立ち上がろうとしたものの腰が抜けていたのか失敗し、みっともなく尻もちをついてしまう。それに気づいたクレーエが慌てて手を貸し、レルヒェがなんとか立ち上がるとクレーエとレルヒェは改めて《森の精霊ドライアド》とグルグリウスの方を見た。とはいってもにらむとか見据えるとかいうような格好のいいものでは無い。悪戯いたずらがバレて捕まり、役人に突き出された時の悪ガキのような怯えきった態度だった。


『彼と、そっちの倒れているのは私の友達なの。

 もう二人は知らないけど、多分、友達の仲間よ。』


 そう、なんだかつまらなそうに言うと少女は眼前のグレーター・ガーゴイルに向き直り、腕組みをして睨み上げる。


『彼らに手を出したら只じゃ置かないわ。』


 グルグリウスは無表情にクレーエとレルヒェを見ていたが、自分に義姉あねの視線が向けられていることに気づくとニッと笑った。


「そう言うことでしたら構いませんとも。」


グルグリウスアナタ、さっき彼らを殺そうとして無かった!?』


 《森の精霊》の追及にグルグリウスはわざとらしいくらいに大袈裟に驚いた顔を作る。


「彼らが義姉上あねうえの御友人とは存じませんでしたから。

 吾輩わがはいの姿を見た無関係の者を口封じしようとしたまでです。」


『彼らは私のワンドを持ってるじゃない!』


 グルグリウスのつまらない言い訳に《森の精霊》が腹を立てると、グルグリウスは両手を広げてかぶりを振った。


「彼らが誰かからか盗んだものかと思ったのですよ。」


 グルグリウスが両手を広げたせいで、持ち上げられていたペイトウィンの身体が柔らかな地面に落ちて濡れたような音を立てるが、もはや誰もペイトウィンの心配などしていない。


『……じゃあ、本当にいいの?』


 それでも用心深くジッとグルグリウスを睨み上げていた《森の精霊》が険しくしていた表情を柔らかなものへ変える。おそらく素の表情なのだろう、恐る恐るといった感じで尋ねるとグルグリウスはコクンと大きく頷いて見せた。


『ホントに!?

 後で「やっぱり彼らも」って言っても遅いんだね?』


吾輩わがはいは《地の精霊アース・エレメンタル》様の御命令に服しているにすぎません。

 《地の精霊アース・エレメンタル》様は手紙を寄こしたと御命じになられましたが、そちらのヒトのことは何もおっしゃられませんでした。」


 その一言に《森の精霊》はパアッと表情を明るくし、見た目通りの少女のように「やったぁ」と小さく喜びの声を漏らしながら両手を打った。が、その背後で二人の盗賊は対照的な反応を示す。


「「ハーフエルフ!?」」


 盗賊たちの頓狂とんきょうな声にグルグリウスと《森の精霊》は揃って声のした方へ視線を向けた。化け物たちの視線を浴びた二人の盗賊たちは会話を邪魔してしまったことに気づき、ペイトウィンが本物のハーフエルフだったこと以上にまずその失態をどう取りつくろおうかとドギマギしはじめる。


「いや、あの……その……」

「俺たちぁその……」


『そうよ、ペイトウィンこの人はハーフエルフよ。

 知らなかったの?』


 《森の精霊》は盗賊たちが何故困惑しているのか理解できないとでも言うように確認する。盗賊たちは《森の精霊》やグルグリウス悪魔が自分たちの会話を邪魔されたことに腹を立てて自分たちのことを睨んだのだと思っていたのだが、《森の精霊》の様子から怒りや不満といったものは感じられなかった。どうやら化け物たちの怒りをかったわけではないらしいと悟ったクレーエの関心は改めてペイトウィンの正体の方へ向けられる。


「え、それじゃ……ホントに!?」


 遠慮がちにだが改めてクレーエが尋ねると《森の精霊》はそれに直接は応えず、グルグリウスの方へ向き直って『見せてあげなさいよ』と言った。グルグリウスは両眉をヒョイと持ち上げると、ヤレヤレといった様子でその巨大な手でペイトウィンの身体を片手で摘まみ上げ、もう片方の手で爪を器用に使って意識を失ったままのペイトウィンの頭から頭巾をはぎ取った。はぎ取られた頭巾の下からはまるで絹糸のように細くて柔らかい金髪が現れてファサッと垂れ下がり、その隙間から長く尖った耳をはみ出させた。口と鼻から血を流し、生気を失ったその顔と同様に血の気は失せていたが、ヒトのものとは明らかに違うそれは間違いなく本物の耳である。


「「ああぁぁぁ……」」


 どう、わかった? ……そう言うように無言のまま視線を盗賊たちに戻した《森の精霊》とグルグリウスの目の前で、盗賊たちは唖然とした様子で口を開けて声を漏らした。


『ホントにわからなかったの?

 魔力で分るでしょうに……』


義姉上あねうえ、人間は魔力を感じる能力が劣っているのですよ。」


 呆れる《森の精霊》をグルグリウスが同情するように慰める。

 すると今度は盗賊たちの関心は必然的にエイーに移った。二人は揃って自分たちの足元に横たわるエイーを見る。


「え、じゃあルメオの旦那ヘル・ルメオも!?」


 『勇者団』は魔法を自在に扱っていた。それはファドの話では魔導具マジック・アイテムの効果によるもので、『勇者団』のメンバー自身はただの普通のヒトで魔導具を手に入れて冒険ゴッコに興じている地方貴族の坊ちゃんに過ぎないとのことだった。だが事実は違った。

 ペイトウィンはハーフエルフであり本物の聖貴族だった。だとしたら同じ『勇者団』の一員として行動を共にし、魔法を使いこなしていたエイーもまた聖貴族……高貴を極めるハーフエルフである可能性が出てくる。

 ただの貴族なら家を継いで将来も貴族で居続けることができるのは嫡男ちゃくなんだけだ。次男三男となると恵まれた環境で生まれ育ち、高度な教育を受けながらも家を継ぐことはできず、どこか他家の養子にでもならない限り貴族としての身分を失って放逐されることになる。そうなれば軍人や商人として身を立てるか、学者や家庭教師か芸術家にでもなるしかない。だが、軍人はともかく商人や学者、家庭教師で身を立てることができるのは現実には少数だ。貴族育ちの世間知らずゆえに大概は身を持ち崩し、大部分はどこかで野垂れ死ぬことになる。そうした将来への不安から貴族の次男坊三男坊が自棄になり、このようなじみた冒険ゴッコに走ることはママあることだった。

 そんな奴らは適当に現実を見せて挫折させてやればよい。その結果若い命を散らすことになったとしても、実家の名誉が傷つくようなことになりさえしなければ特に問題になることも無い。名も無きとして処理されるだけだ。

 だが聖貴族は違う。特にゲイマーガメルの血を引く魔力保持者となれば、他の貴族の子供たちの様には扱えない。普通の貴族たちが高貴とされるのはあくまでも実家の力があってのことだ。だが聖貴族の場合はその身に宿る魔力こそが高貴さの根拠なのである。普通の貴族はならば、聖貴族は宿のだ。ゆえに、たとえ実家から放逐されようが彼ら聖貴族は貴族としての身分や価値は揺るぎようがないのである。


 クレーエたちは『勇者団』を普通の貴族の子だと思っていた。貴族とはいえ実家を飛び出した……ならば法的には平民と変わらない。生まれが高貴であっても一家を飛び出したのであれば、あとは才覚と実力だけで生きねばならない身だ。だから実力の根拠となっている魔導具を失えば、いずれ只のの仲間入りをするに違いない。そう思うからこそクレーエは『勇者団』と上手く距離を保った付き合い方が出来たのだし、ペイトウィンを見限る決断をすることもできた。しかし、彼らが本物の聖貴族だったとなると話は違ってくる。

 ペイトウィンがこのまま後腐れなく死んでくれればいいが、連れて帰ることを命じられているグルグリウスはペイトウィンを簡単に死なせはしないだろう。もしかしたら連れて行かれた先で殺されるのかもしれないが、もしこのままペイトウィンが……『勇者団』が、アルビオンニアで犯した罪の数々を揉み消して生き延びでもしたら、クレーエたちはいったいどうなってしまうのか!?

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