第147話 ミスリル・ソード

統一歴九十九年四月十五、午後 - マニウス要塞空堀/アルトリウシア



 今、防具の評価をしている最中だというのに、ここで唐突に武器を出すのか?


 そういう思いがルキウスや軍団レギオーの関係者たちの頭には浮かんでいた。

 今こうしてやっている防具の評価だって、本来すべき避難民救済のための各種業務を脇に置いて実施しているのである。彼らは皆、今日は別の予定があったのだ。


 それでもここでやらずに放置すれば降臨者がどんなトンデモナイ武具を奴隷たちに与えるかわかったものではない。それはアルトリウシアの、帝国の、いや世界の安全保障に重大な影響を及ぼしかねない。

 軍人である彼らは危機管理を最優先で考える癖がついており、そうであるがゆえにあえて復旧復興業務を差し置いて、この実験の方に参加していた。


 この実験は今のアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアにとって、かなり大規模な物である。

 投入されている兵員は確かに降臨者警護に専従しているクィントゥスの部下たちだけだから、復旧復興作業に従事している人員が割かれているというわけではない。しかし、この実験の秘匿性を維持するためにはそれなりに周囲に影響を与えている。

 この周辺は稜堡りょうほの要塞守備兵を一旦退去させていたし、城壁の向こう側ではクィントゥスの部下の別動隊が銃声を偽装するための射撃練習を行っていた。


 そもそも、この情勢下で射撃練習をやって盛大に銃声を響かせているだけでも、避難民たちの神経を逆なでしかねない。政治的にはよろしくない影響が懸念される行為なのだ。

 避難民たちの中にはきっとこう思う者がいるだろう。


 自分たちのことを放っといて、射撃練習かよ!?・・・と



 つまり、アルトリウシア軍団は今現在、結構をしてこの実験を強行しているというのが実情であった。

 そこへ当初の予定に無かった武器を出されたのでは、まるで自分たちの苦労を無視されているような不快を覚えるのを禁じ得ない。


 しかし、自分たちのあずかり知らぬところで異常な高性能な武具が出回る危険性を回避するというこの実験を強行した動機をかんがみれば、ここで武器を引っ込めさせるのは賢い選択とは言えないだろう。

 相手の降臨者リュウイチにどの程度の理性を求めていいか、まだ定かでない現状では「後日にしてくださいませんか?」と申し出るのもいささか躊躇ためらわれる。


 また、彼らも軍人である。

 未知の武器に対する興味が無いわけがない。


 急にこちらの都合も考えずに予定に無かった武器を出された事自体は不快極まりないが、しかし今日これを防具と合わせて評価できることのメリットを今は重視すべきだ。

 一同は不快感を理性と未知の武器への欲求によって、気持ちを上書きする事にした。



 奴隷たちが希望した武器の見本を求めてリュウイチが周囲を見回すと、アルトリウスや軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムらから目配せで同意を得たクィントゥスが部下の兵士に用意させた。


 プギオは兵科に関係なく兵士なら全員が必ず持っているダガーナイフの一種であり、《レアル》ローマでユリウス・カエサル暗殺に使われた武器として知られる。

 刃渡り十インチ(約二十五センチ)ほどの両刃のナイフで多くが青銅ブロンズ製だが、貴族ノビレスや高級将校らは鉄製や鋼製の高級品を所持している。武器としてより料理や工作などの道具として使う機会が多く、純然たる武器というよりは使と言った方が良いだろう。


 グラディウスは見た目は《レアル》ローマ軍の同名の剣と似ているが、この世界ヴァーチャリアの事情を背景に独特な変化を遂げた刺突用の片手剣だった。

 密集陣形でも使えるように短く作られているという点はローマのグラディウスと同じで剣身の長さは二十インチ(約五十一センチ)ほどだが、鉄が高価であるためあえて青銅で鋳造されており、剣先だけが刺突時の貫通力を高めるために銑鉄せんてつ製の刃を埋め込んである。

 一応、斬撃もできるように剣身の全域にわたって刃が付いてはいるが、青銅の刃はすぐ丸まったり、下手すると鉄の防具に負けてしまう事もあるため、刺突にしか使われない。事実上の刺突専用武器である。

 また鉄と銅を組み合わせているため腐食しやすく、使わなくても日頃からの手入れが欠かせない。


 スパタは主に騎兵用として使われる鉄製の両刃片手直剣で、いわゆるロングソードとして知られるタイプの長剣に似ている。溶けた錬鉄れんてつと鋼とを混ぜて鋳型に流し込んで鋳造するため、切れ味が良く粘りもあって破損しにくいが、鉄を使っているだけあって非常に高価である。

 高価すぎるので一般兵士には支給されず、裕福な貴族や百人隊長以上の将校の一部がステータスシンボルとして私費で調達しているような状態だ。

 セミスパタはスパタを歩兵用に短くしたもので、サイズや形はグラディウスと同じだ。材質が違って鉄を使っているため、刺突にも斬撃にも使える。


 ネロは騎士エクィテスの家系であり、兄から家督を相続した際に引き継いだ古いスパタを持っていたのだが、奴隷に堕とされた際に没収されていた。



『ふーん、じゃあこんなものかな?』


 クィントゥスに見本を見せてもらったリュウイチが再びどこからともなく短剣を取り出しては並べていく。

 ストレージにプギオという刀剣は無かったので、代わりにダガー、サクス、スティレット、ハンターナイフの四種だった。


 次に空き樽を取り出して立てては、その中に同じ剣を二十本ずつ立てるように入れていく。

 剣はグラディウス、ショートソード、ロングソード、ブロードソード、バスタードソードの五種。さらに参考に『こういうのもあるよ。』と、ククリ、マチェット、ファルシオン、サーベル、レイピアが並べられた。

 やはりすべて材質別でアイアン、スチール、ミスリルの三種ずつ比べられるように揃えられた。

 周囲からため息まじりの驚きの声が聞こえる。



「こ、これは、よろしいんですか?」


『多分、また防具みたいに与えていいかどうか検討してもらうと思うけど、それまでに使い勝手とか先に見てしまうくらいはいいんじゃない?』


 躊躇ためらいながら訊いてきたリウィウスにリュウイチはそう答えながらチラリと後ろを振り返る。

 ルキウスとアルトリウスはリュウイチと目が合うと互いに目を見合わせて小さくため息をついた。


「我々も見せていただいて構いませんかな?」


『もちろんどうぞ。』



 奴隷に渡すつもりだった防具に対する射撃実験は、材料別の比較も含めてだいたい終わっており、奴隷に渡す予定には無かった他の形式の防具についての実験と、この実験結果の評価を今後どう進めるかの検討を、現在進めているような状態だった。

 ひとまず射撃実験の後片付けをさせつつ、ルキウス、アルトリウス、幕僚らの関心は自然とこちらへ移った。サウマンディア軍団の客人らも混ざって、思い思いに剣を取って眺めたり振って見たりしはじめる。


「ミスリルのスパタか、軽いな。」

「我々のより剣幅が狭いな。それに剣身が薄い。」

「こっちの細い剣を見ろ、軽いぞ。まるで木剣だ。」

「こっちの剣はポンメルが付いて無くて柄が長いぞ?」

「それはバスタードソードっていうんだ。

 普通は片手で使うが、状況に応じて両手でも持てる。」

「ああ、なるほど。」

「見てみろ、刃が鋭い。剃刀なんかよりもよっぽど切れそうだ。」

「切れ味を試してもよろしいでしょうか?」


『どうぞ、何なら折っても潰してもかまいません。』


「いや、さすがにそこまでは・・・

 おい、何か斬る物を持って来い。

 カカシでも藁束でも土嚢でも何でもいい。」


 そのうち軍団兵が藁束や土嚢袋など斬る物を持ってくると、さっそく切れ味を試す者が出始める。

 最初は多くの者がミスリル製の刀剣を使って藁束を切ったり土嚢を突きさしたりしていた。おそらく、自分がミスリルの刀剣を手にするのはこれが最初で最後の機会だろうという思いがそうさせるのだろう。


「さすがにこれだけ軽いといくら突こうが疲れないな。」

「見てみろ。いくら突いても斬っても、切れ味が鈍くならないぞ。」


 初めて振るうミスリルの刀剣の使い心地と切れ味の鋭さに感動する声が多かったが、やがてスチールやアイアンの刀剣に手を伸ばす者が現れると戸惑いの声が上がり始めた。

 スチールやアイアンの方が明らかに良く斬れるのだ。

 刃そのものの切れ味は変わらない。実際、どの材質の剣であっても刃を立てて、その上に髪の毛を置いてスッと軽くずらしただけで髪の毛が刃で切れてしまうのだ。これだけ切れ味の鋭い刃物など、彼らは見た事が無かった。

 だがその剣で藁束を斬りつけた場合、アイアンやスチールの刀剣は藁束を完全に両断するのに、ミスリルは途中で停まってしまう。吊り下げた土嚢に斬りつけてみると、アイアンやスチールの方がミスリルよりもより深く切り裂くことができたのだ。


 刃の鋭さは同じだし、突いた時に突き刺さる深さも大した差はない。

 なのに斬撃の際に斬り込める深さが大きく違う・・・何故だ?


 彼らはその疑問に気づいてから様々な物を斬り始め、しまいにはカカシに鎧下イァック鎖帷子ロリカ・ハマタを着せて斬りつけるようなことまでし始めた。

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