第1349話 魔導具問題、再び

統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐ マニウス要塞陣営本部プラエトーリウム・カストリ・マニ/アルトリウシア



『おや、御使いになられないのですか?』


 リュキスカのボヤキに反応したのは《風の精霊ウインド・エレメンタル》だった。リュウイチの言いつけもあってか《風の精霊》の念話は室内にいる全員に聞こえており、全員の視線が《風の精霊》が居るあたりに向けられる。


『リュキスカ様は主様を除けばこの辺りで一番強い魔力をお持ちです。

 簡単な魔法を使う分にはまったく不足は無いでしょう』


 軽やかに歌うような《風の精霊》の念話は聞きようによっては揶揄からかっているようにとれなくもない。


「あいにくだね、アタシャ魔力の使い方なんてからっきしなんだ。

 魔力があるらしいけど、そうなったのはここ最近のことでね。

 一応、魔力の制御の仕方っての?

 そういうの教わって練習してるけど、そもそも自分にどれくらい魔力があるのか、どんな魔法が使えるかなんてサッパリなのさ」


 溜息一つついたリュキスカが《風の精霊》から視線を外し、何のジェスチャーか手をヒラヒラさせながら《風の精霊》の疑問に答えた。リュキスカからすれば見当ちがいな提案をなるべくやんわりと却下するつもりなのだろう。


『おお……では魔導具マジック・アイテムを御使いになられればよろしいのでは?』


「そんなもん、持っちゃいないよ!」


 半笑いを浮かべながらもリュキスカが語気を強めて否定した。魔導具を使えば魔力を持たない素人でも魔法が使える……それくらいはリュキスカだって知っている。御伽噺などでも魔法を使えない主人公が魔導具を手に入れて活躍する物語なんかがあるからだ。が、この世界ヴァーチャリアでは魔導具の多くは禁制品となっている。その多くがゲイマーガメルがこの世界に持ち込んだ聖遺物アイテムであり、世界の秩序を、パワーバランスを崩すほど強力なものだからだ。よって、《レアル》から持ち込まれた魔導具は原則的にムセイオンに収蔵されることになっており、少なくとも大協約に批准している国々の領域内にはそんな強力な魔導具は存在しないことになっている。例外はヴァーチャリアで作製することができたの魔導具だけだ。

 にもかかわらず魔導具を使えというのは無い物ねだりをしているのと同じである。リュキスカが下らない冗談を言われたかのように切り捨てるのも当然だった。


『そうか、魔導具か……』


 《風の精霊》のせいで混ぜっ返された話がようやく収束しかけていたその時、何かに気づいたように声を上げたのがリュウイチだった。これには全員が、特にネロとロムルスがギョッとしてリュウイチを見る。


「え、ちょっと兄さん!」


「ダメです旦那様ドミヌス

 魔導具マジック・アイテムだけは、あとで問題になります!」


 リュキスカとネロが相次いでリュウイチに自制を求める。だがリュウイチはあっけらかんとしていた。


『いや、だってルクレティアにはもう持たせてるじゃないか。

 ルクレティアが良いならリュキスカだって持っていいだろ!?』


「それは……」


 ネロはリュウイチのその主張に反論できなかった。ネロの認識ではルクレティアに魔導具を渡したこともNGである。にもかかわらずルクレティアが魔導具を持つことを許されたのは、ルクレティアをリュウイチに押し付けたいという領主貴族パトリキたちの思惑があったからこそだ。

 ルクレティアをリュウイチに嫁がせてリュウイチの子を産ませたい。降臨者スパルタカスの末裔まつえいであるルクレティアがゲイマー最強の《暗黒騎士リュウイチ》の子を産めば強力な聖貴族が誕生することになるだろう。その子が成長すればアルビオンニア属州のみならず帝国南部の発展の強力な原動力となることが期待できる。

 だがリュウイチはルクレティアが若すぎることを理由に拒んでおり、かといってルクレティアの他にリュウイチに押し付けられそうな貴婦人パトリキアはすぐには用意できない。ルクレティアがリュウイチが受け入れてくれるであろう年齢に達するまで二年近くあり、それだけ時間をかければルクレティアにリュウイチの手が付く前にリュウイチが《レアル》へ帰ってしまう恐れもあり、とてもではないが暢気のんきに待ってはいられない。その時、リュウイチがリュキスカを連れ込んでしまったことでルクレティアを傷つけてしまった罪悪感から、ルクレティアに魔導具の下賜を申し出て来た。ルキウスはそれをチャンスとし、ルクレティアの婚約の品と位置付けることでルクレティアの奉呈嫁入りを既成事実化してしまったのだった。


 魔導具を渡すのを認めることはできないが今引っ込めればルクレティアが更に傷つくぞとリュウイチを脅し、ルクレティアの同衾どうきんに同意させ、更にそれをもって世間に対しては実際にはリュウイチの手が付いていないルクレティアにリュウイチの手が付いたことにしてしまう……かなり強引なやり方だったと言える。真実を知っているのは片手で数えられるぐらいしかいないが、それが世間に露見すればルキウスは詐欺師として火祭りにされるだろう。

 ネロはその真実を知る数少ない人物に含まれてはいないが、そこにルキウスを始め領主貴族たちの何らかの思惑があったであろうことぐらいは察知していた。ここでルクレティアが魔導具を貰うのも認められないと言えば、それは一奴隷が領主貴族を批判することになってしまう。そしてそれ以上に不味いのがネロ自身もリュウイチから魔法鞄マジック・ポーチを渡されて使っているという事実だった。


 ネロは奴隷であり、奴隷は人間ではなく主人の持ち物。よって主人が奴隷に何かを持たせるのは、道具にアタッチメントを装着してバージョンアップする行為に等しく、いかなる法によっても規制されていない。主人が法的に所有できる物なら、それを奴隷に持たせたところで問題が生じることは無い。よって、ネロがリュウイチの魔導具を渡されて使用することも法的には問題ないことになる。

 それはルクレティアやリュキスカも同じで、彼女たちはリュウイチの奴隷ではないが聖女サクラだ。「聖女サクラ」は「(リュウイチに)捧げられたものサクラ」であるため、法的にはリュウイチの所有物として扱われる。所有者が自分の責任で出来る範囲であれば何を持たせても良いという点は全く同じだ。もっとも、同じなのはそれくらいで、聖女は同じ「所有物」ではあっても奴隷のような“道具”ではなく“お供え物”のようなものであるため、“神聖なもの”として奴隷とは別格な存在として扱われる。

 話をネロたちに戻すと、ネロたちがリュウイチの魔導具を持つことは法的には問題ないものの、リュウイチはネロたちに魔導具を渡さないとアルトリウスに約束しているので、アルトリウスとリュウイチの関係が崩れないようにするためにはネロたちも魔導具を持っていることは公には出来なかった。ここでルクレティアやリュキスカに魔導具を持たせるのもNGだと言えば、じゃあネロの魔法鞄はどうなるんだということにもなる。ネロはリュウイチの論法を受け入れざるを得ない。


「で、でもルクレティア様は小さいころから修行とかしてさ、勉学も積んで前から魔法も御使いになられたけどさ、アタイはそんなことないわけだし……」


 ネロが黙り込んでしまったのを見てリュキスカが反論を試みる。リュキスカも何か物を貰うのは好きだし嬉しいが、さすがに魔導具のような扱いに困る代物は遠慮したい。今は大丈夫でもあとで取り上げられそうだし、何よりもルクレティアから嫉妬されそうで怖い。

 だがリュキスカの遠慮は《風の精霊》が吹き飛ばした。


『神官が魔法を使うための修行を積むのは魔力が少なくて修行を積まねば魔法を発動できないからでしょう。

 リュキスカ様ほど魔力があればそんな修行なんかなくても大丈夫ですよ』


 リュキスカは思わず引きつり笑いを浮かべながら《風の精霊》を睨んでしまう。が、俯いていたためにその表情はリュウイチによく見えなかった。リュウイチは《風の精霊》のアイディアに惚れ惚れするように続ける。


『リュキスカは自分が貰ったものはルクレティアにもあげて二人を平等に扱ってって言ったじゃないか!

 だったらルクレティアにあげたものはリュキスカにもあげなきゃおかしいだろ?』

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