第1350話 追い出されるネロ
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
ルクレティア・スパルタカシアには
対するリュキスカには魔導具が与えられていない。リュウイチの手が付いたのはリュキスカの方が先だし、
それだというのにルクレティアには魔導具を与えられ
つまり、リュキスカに魔導具が渡されるのは最早避けようがない……が、そのことに危機感を募らせる者がいた。ネロである。
いくら
世界に
それなのに、よりにもよって
いくらリュウイチ様の手が付いたからって、
ネロは一人顔色を失くし、身体は激情に身を震わせんばかりになっていた。しかしリュウイチの背後に立つネロの様子に気づいた者はいない。ただ、《
『主様』
《風の精霊》がリュウイチにだけ聞こえるように念話で囁く。
『後ろの御仁が何やら酷く動揺しておられる様子です』
リュウイチは振り返ってネロを見ることはしなかったが、しかし《風の精霊》の報告でネロが何故ひどく動揺しているかは想像がついていた。
ネロはリュキスカのことを嫌っている。多分、軽蔑しているだろう。ネロは軍人の家系で父も祖父も
対するリュキスカはと言うと何もかもがネロと真反対だ。母は娼婦で父親は誰だか分からないうえ、自身も娼婦なのだから社会的身分という点では最下等に位置していると言っていいだろう。一応、州都アルビオンニウムで育っただけあって青空教室で簡単な読み書きと四則計算ぐらいは身に着けたようだが、受けた教育といえばそれくらいでまともな教養なんてものは持ち合わせていない。やることなすこといい加減で、娼婦だというのに避妊に失敗し、若くして父親の分からない子供を産んでしまっている。リュウイチに対しても身分差をまるで解さないかのような図々しい態度をとり、おおよそ淑女らしい要素が一切見当たらない。勤勉でも貞節でもなく奥ゆかしくも無い。男性を敬うこともせず、まさに
そのせいかネロとリュキスカは度々衝突している。互いに相手のことを結構凄い目で睨んでいたりすることがよくあるし、積極的に陰口を広め合うような真似こそしていないものの、ポツリポツリと不満を漏らす程度のことはしていた。
高校生なら優等生委員長とギャル系ヤンキー娘ってところか、馬が合わなくて当然っちゃ当然なんだよな……
奇しくも二人の年齢は《レアル》なら高校生ぐらいであった。ネロが今年二月に十七歳になったばかりで、リュキスカが十八歳(今年八月に十九歳)。ネロの方が二歳年下になるが、ネロはホブゴブリンでありホブゴブリンはヒトより成長が早いため、肉体年齢的には同い年ぐらいである。二人ともまだ思春期ではあるが種族が違うために互いを“異性”として過剰に意識してしまうことがないことから、余計に反発しやすいのかもしれない。
『ネロ』
リュウイチはネロを振り返ることなく呼びかける。ネロは茫然としていたが、呼びかけられたことに気づくとビクッと身体を震わせて我に返った。
「は、はい
虚を突かれたせいだろう、ネロの声は浮ついていた。
『リュキスカに
私からも話をするけど、前もってネロから報告してもらえる?』
「じ、自分がでありますか!?」
リュウイチは座ったままネロの方を振り向いて続ける。
『うん、早ければ今日の
どっちにしろ前もってこういう話をするって伝えといたほうがいいだろ。
となると、今この場で話を聞いていた君が一番の適任だろ?』
ネロはゴクリと喉を鳴らした。
「で、では、い、今からもう、行った方がいいですか?」
いつものネロらしからぬ動揺である。普段なら言われた途端にすぐに動くのに、こうも
『うん、お願いします』
「ハッ!」
ネロは反射的に踵を鳴らして姿勢を正すと、サッとお辞儀をしてそのまま「では失礼します」と短い挨拶を残して部屋を出て行った。動き出せば颯爽としたものである。ネロが扉の向こうへ姿を消すと、リュキスカは「ほぉぉぉぉ~~~っ」と安堵したかのように小さく長い溜息をついた。
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