第1351話 浄化魔法
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
ネロが扉の向こうへ姿を消した途端、リュキスカが安堵の溜息をついたことにリュウイチは少し驚いた。二人の仲が良くないことには気づいていたが、リュキスカも持ち前の気の強さもあって両者の力関係は互角ぐらいにリュウイチは思っていたのだが、もしかしたらそうでもなかったのかもしれない。
「ネロの奴、走って行きやがった……」
扉の所で番をしていたロムルスが半開きの扉から顔を出し、視線でネロを追いながら呆れたようにつぶやいた。
だが、この時期に扉を開け放たれてはせっかくの暖房が台無しになる。実際、ロムルスのいる扉から冷気が流れ込んできていた。
『ロムルス、冷えるから締めてくれ』
リュウイチにとっては
ロムルスはリュウイチに命じられ、「すいやせん!」とわびながら慌てて扉を閉めた。
「良かったのかい?
どうやらリュキスカはリュウイチがネロを意図して追い出したことに気づいていたようだ。
『うん、むしろこの後の話をするのにちょうどいいかと……』
「この後の話?」
リュキスカは屈みこんでいた身体を起こした。
『大きく分けて二つ話があるって言ったろ?
ああ、その前に
「え、ホントにくれるの!?」
未だに半信半疑と言った様子でリュキスカが尋ねた。
『ああ、ルクレティアと扱いに差を付けないってのは原則だろ?』
「いや、うん……その、ありがたいんだけど……」
リュキスカは話が出来過ぎていて未だに納得しがたいようだ。
『一応、ルクレティアに渡したのとあまり格差がないようにするつもり。
治癒魔法とか解毒魔法とか浄化魔法とか、回復系の魔法を使えるようにすることを前提に「浄化魔法!?」……』
リュウイチはまだしゃべってる途中だったが、リュキスカは思わず口を挟んでしまった。見るとリュキスカの目が輝いて見える。
「じょ、浄化魔法ってのは、アレだよね?
兄さんが毎日、汚れ物を綺麗にしてくれてるあの魔法だよね!?」
『あ? ……ああ、うん』
やや戸惑い気味にリュウイチが認めるとリュキスカは腰を蠢かして身体ごと前にせり出してくる。
「あれ、アタイも使えるようになるのかい!?」
『……うん、そうするつもり……あれ、便利だろ?』
リュキスカは両手を握りしめてガッツポーズを作った。
「やった!」
リュキスカが目の当たりにした魔法の中でもっとも有り難味を感じたのが浄化魔法だ。もちろん治癒魔法なんかも母子そろって命を救われたのだからありがたいが、治癒魔法などは怪我や病気をした時にしか使わない魔法であるのに比べ浄化魔法は日常的に使う魔法だ。治癒魔法が使えるようになったからと言って生活は変わらないが、浄化魔法が使えるようになればそれまでの生活は劇的に改善されるだろう。
機能的な家電製品も安全で衛生的な上下水道も無い世界の中で、家事で最も大変なのが衛生を確保することだ。掃除、洗濯、食器洗い……いずれも重労働である。洗濯など水と洗い桶で手作業でやれば、一般的な家庭の洗濯でも毎日二時間以上はそれだけのために費やさねばならない。しかもそれが冬場なれば拷問に近い過酷な作業だ。それが浄化魔法があれば一発で解決してしまう。家電製品も衛生的な上下水道もない世界だとしても、浄化魔法が使えれば主婦や家事使用人の日々の労働は半分以下に減らすことができるだろう。
実際、リュウイチの浄化魔法のおかげで
『そんなに良い?』
リュウイチも浄化魔法が便利だと分かってはいるつもりだが、家電製品に囲まれて生活していたリュウイチには
「もちろんさ!
あぁ、あれさえ使えりゃ家事の大半は魔法で片付くんだもん。
特にこれからの冬場に水の冷たさ我慢して洗い物しなくていいなんて、それだけで天国みたいだよ」
『そりゃよかった』
ルキウスたちとこれからまた面倒な話をすることになると覚悟していたリュウイチだったが、リュキスカのこの反応を見て自分の決断が正解だったことを確信する。
『でも、実際に渡すのは後だからね?』
「わかってるさ」
それまでの不機嫌はどこへ行ったのか、リュキスカは心底嬉しそうに頷いた。
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