第868話 貴婦人ちの会話
統一歴九十九年五月九日、晩 ‐ |『黒湖城砦館』《ハーレ・デア・シュバルツゼーブルク』/シュバルツゼーブルグ
外の倉庫でブルグトアドルフ住民たちにも食事が振る舞われ始めていた頃、館の大ホールで行われていた貴族たちの祝宴もたけなわとなっていた。ヴォルデマールの乾杯に続き次々と料理が運び込まれ、列席者たちを目と鼻と舌で楽しませる。今回はサウマンディアのカエソーがムセイオンの学士を連れていくからランツクネヒト料理を楽しみにしているとわざわざ前もって連絡していたため、ヴォルデマールは昨日の内からお抱えの料理人たちに命じ、いつものようにレーマ料理とランツクネヒト料理の組み合わせではなく一貫してすべての料理をランツクネヒト料理にするようにしていた。
最初は「卵からリンゴまで」のレーマの風習に従ってアイアーシュマルツ……ドイツ版のフレンチトーストとでも言うべき料理だ。一口大にちぎったパンをボウルに入れて牛乳に浸し、塩と香辛料で味付けした溶き卵を刻んだパセリと共に加えて混ぜ、オーブンで焼いたものである。
サラダは
次いで出されたのが
魚は
魚料理が下げられ、口休めにゼリーが出される頃になると、列席者たちの高揚感も一時的に収まりを見せ始めていた。
「ねぇねぇ、ルクレティア!」
心地よくほんのりと甘酸っぱいゼリーにようやく人心地ついた気がしたルクレティアが思わずため息をついていると、隣の少女が身体を寄せて声を潜めた。
「ひょっとして婚約が決まったの!?」
「んぐっ!?」
突然のこの問いにルクレティアは思わず口に入れたばかりのゼリーを吹き出しかけてしまう。
「これっ!シャルロッテ!!」
ルクレティアを挟んで反対側に座っていたヴォルデマールの妻パウリーネに
「だって母様、気になるじゃない!?
ねぇ、あの三人の中から決まるんでしょ?」
シャルロッテがそう言うと女たちの視線が一斉に男性たちの席へ向けられる。
今回、ホールの最奥に設けられた主賓とホストの席は男女で分けられていた。ホールの列席者たちを見下ろすような形でしつらえられた左右に長いテーブルの真ん中に主賓のカエソーが座り、その向かって右隣りにヴォルデマール夫妻、更に右にルクレティア、そこから右にヴォルデマールの娘たちが三人。カエソーの左隣はメークミーとナイス、更に左にスカエウァ、アロイス、そしてヴォルデマールの父トラウゴットだ。ヴォルデマールには三男四女がいたが、三人の男児と末の娘はいずれも十二歳に満たないため今回は参列していない。また、ヴォルデマールの母コンスタンツェも参列してない孫たちと夕食を共にするために今回は欠席していた。
座席を男女で分けたのはランツクネヒト流の風習というわけではなく、レーマの文化に
とまれ、ルクレティアにとってシュバルツゼーブルグ家の女たちは遠い親戚などよりずっと近しく付き合いのある友人たちである。幼い頃から付き合いのある年頃の娘……それも名門
三人について一応紹介はされているのだが、紹介されたプロフィールはひどく簡素なものだった。スカエウァについては一応話には聞いたこともあったし、シュバルツゼーブルグ家の女たちもアルビオンニウムで何度か顔を見たことがあったのだが、今回どうしてルクレティアに同行しているのかという理由についてはどうにも納得できる説明がなされていなかった。メークミーとナイスについてはその正体を明かすことが出来なかったため紹介されたプロフィールは当然嘘であったし、あまり詳細に説明するとどこかでボロが出るかもしれないということでワザと曖昧にしているのだが、それが却って彼女たちの興味を引く結果となったのであろう。
「ルクレティア結婚するの!?」
シャルロッテの妹マルガレーテが身を乗り出して目を輝かせる。
「当たり前でしょマルガレーテ、もうすぐ冬なのよ!?
そうじゃなきゃこんな時期にムセイオンから男の人なんて呼ばないわよ!」
「いいな、ムセイオンの学士様って偉いんでしょ!?」
「そうねぇ、ムセイオンから学士様を呼べるなんて、スパルタカシウス様だからこそよねぇ。」
シャルロッテとマルガレーテの話に何故かパウリーネまで加わり始める。
ムセイオンのあるケントルムは現在の大協約体制下にあるヴァーチャリア世界の中心都市である。そして世界中から知識と
「待って、違うわ。
あの二人は伯爵家の御客人よ。
私とは関係ないわ。」
「ええー!?
じゃあ、何でこんなところへ来たのよ?」
「これ、シャルロッテ!
よりにもよってシュバルツゼーブルグを『こんなところ』とは何ですか!?
で、何でなのルクレティア?」
ルクレティアを左右から挟み込むシュバルツゼーブルグ母娘の熱は口直しの冷たいゼリーごときでは冷めないらしい。パウリーネも娘を抑えるどころか、むしろ色めき立つ一方だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます