第869話 ハウプトゲリヒト
統一歴九十九年五月九日、晩 ‐ |『黒湖城砦館』《ハーレ・デア・シュバルツゼーブルク』/シュバルツゼーブルグ
なんで伯爵様のところにムセイオンの学士様が来てるのよ!?知らないわ、家庭教師じゃないかしら?そんなはずあるわけないわ、伯爵家は末のマリウス様が今レーマに留学してるんだもの!カエソー閣下かデキムス様の家庭教師かもしれないでしょ?じゃあスカエウァ様ね、スカエウァ様と結婚するんでしょ!?違うわよ!だってプルケル家から跡取りを迎えるんでしょ?だからって結婚するわけじゃないわ。え、お婿さんで入るんじゃないの!?
左右からの質問責めからルクレティアを救ったのは
「
給仕長が誇らしげに告げるとホール中から「おおっ」と感嘆の声があがり、それを合図にパウリーネとシャルロッテ母娘の追及が止まる。さすがにシュバルツゼーブルグ家が威信をかけた料理が出されようとしている時に、当の家人が無関係なゴシップに興じているわけにはいかないのだ。仮にそれが食べ飽きた料理だったとしても喜びを表現せねばならなかったであろうし、そうでなくても出されるのは彼女ら自身にとっても十分御馳走と呼べるヘラジカ肉なのである。
ヘラジカはアルビオンニアよりも南の地域に生息する獣でシュバルツゼーブルグ周辺には稀にしか見えることのできない希少な存在である。サウマンディア出身のカエソーでも滅多にお目にかかれない食材だ。ムセイオンから来た学士ならなおさら食べたことなど無いに違いないと今夜の主菜に選ばれたものなのだが、巨大なヘラジカは狩るのが難しく数も少ないので当のシュバルツゼーブルグの貴族たちにとっても稀にしかお目にかかれない御馳走である。珍しい食材、高価な食材こそ貴族の食卓の主役にふさわしい。なお、主賓とシュバルツゼーブルグ家の人々にはフィレ肉が、その他の列席者たちにはサーロインやモモの肉が出されていた。
油をひいて熱した鍋にブツ切りにして予め塩と胡椒で下味をつけた肉を入れ焼き色をつけてから微塵切りにした玉ねぎを加えて炒め、赤ワインと香辛料とハーブを入れ、蓋をして鍋ごとオーブンに入れる。半時間ほど熱したらオーブンから取り出し、一度肉を取り除いて鍋に残った煮汁を濃し、生クリームを加えてひと煮立ちさせ、塩と胡椒で味を調えてから肉を戻しよく絡める。
皿には肉を盛り付けた上から煮汁をかけ、その周りを囲むように薄くスライスしたリンゴの蜂蜜漬けを並べられていた。が、それ以上に列席者を……特にメークミーとナイスを驚かせたのが皿だった。湯気を立ち昇らせている肉とピンク色のソース、そしてそれらを囲む金色のリンゴ……その料理を飾るのは鮮やかな緑で縁取られた明るい黄色の陶器の丸い平皿。列席者に出された肉料理すべてに同じ皿が使われている。
最初に肉料理が目の前に出された時、ナイスはほろ酔い気分で目を細め、次いで使われている皿がこれまでの銀の皿と異なることに気づき、驚いて周囲を見回して全員に同じ皿が使われていることを確認したナイスは椅子を鳴らして後ずさった。
「お、おい、これは
ナイスは左右に陣取っているカエソーとアロイスを交互に見ながら尋ねた。近くにいた者たちは驚いてナイスを見たが、彼は英語で話していたので言葉のメークミー以外には意味がわからなかった。貴族たちは一応、教養の一つとして英語は習っていたし話すことも出来るが、普段は使わないので急に英語で話されると理解が追い付かない。
ただ一人理解していたメークミーはナイスを落ち着かせようと試みる。
「ナイスどうした!?」
「分からないのかメークミー!?
コイツは
ヴァーチャリアでは作れない、《レアル》の食器だ!
磁器は降臨者によって
「待て、これは
「
よく見ろ!
油を塗られたわけでもないのに表面が濡れたように
まるで宝石か、磨きぬかれた大理石のようだ。
これは
これだけ高度な
世界中から降臨者が齎した《レアル》の
ナイスはテーブルに両手をついて勢い良く立ち上がった。
「これは
なんなんだコイツら?
『
おまけに大量の
絶対おかしい!
ムセイオンに隠れて何をしてるんだ、
「落ち着けナイス!」
メークミーが立ちあがって歯噛みするナイスとカエソーの間に立ちはだかると、意味が分からないまでも明らかな異常事態にホール全体がざわつき始める。ナイスの背後ではアロイスも腰を浮かせて身構え、控えていた副官が彼の
せっかくの晩餐会を台無しにされては困るヴォルデマールはカエソーに身を寄せて尋ねる。
「伯爵公子閣下、彼らは何を言っているのです?
恥ずかしながら彼の英語は早すぎて私には聞き取れません。」
「あぁシュバルツゼーブルグ卿、どうやら彼は卿が大協約に違反しているのではないかと疑っておるようだ。」
「私が大協約に!?」
「そうだ。どうやらこの皿が
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