第772話 大聖母の腹積もり
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐
アルトリウシアから届いた手紙は降臨が発生したことを報告するためのものではあるが、
「戦場となっているかもしれない所へ、ルーディを一人で行かせるわけにはいきません。」
フローリアはそうキッパリ言うと
幸い、降臨者は自ら戦闘に加わるようなことはしていないようだが、おそらく最強無敵の
もしも戦場でどちらかの側の軍隊が本気で攻撃をしかけてきたとしたら、《暗黒騎士》ほどの絶対者なら無視することもできるかもしれないが、ルード程度の実力なら本気で対処しなければならなくなってしまう。それが単に逃げるだけならばいいが下手に反撃してしまい、それによって反撃を受けた軍勢に多大な打撃を与えてしまったら……ルードの、そしてフローリアの立場は危ういものになってしまうかもしれない。
あれだけ自分は誰の脅威にもならないと言っていたのに、いざ蓋を開けて見たらやっぱりこうなるじゃないか……
ことの経緯はどうあれ、そうした声が上がるのは避けられないだろう。
かつて、ゲイマーの血を引く子供たちの面倒を見れるだけの実力を持っていたのはフローリアだけだった。だからこそ、世界最高峰の英才教育を施すという名目でゲイマーの血を引く子供たちがムセイオンに集められもしたし、そこでフローリアとルードが生きる道を見出すことも出来ていた。フローリア親子は世界から脅威とみなされることも排斥されることもなく、必要とされる存在でいることができた。
しかし、今は必ずしもフローリアでなければならないという状態ではなくなっている。戦後に生まれたゲイマーの子ら第一世代は皆成長してしまっており、ヒトの子は既に孫までいる者もいる。成長の遅いハーフエルフはさすがにまだ結婚まではしていないが、どの子もヒトなら十代半ばくらいに相当する程度にまで成長しているから、赤ん坊のようにやみくもに魔力を暴走させてしまうようなことは無い。つまり、ゲイマーの血を引く赤ん坊が魔力を暴走させたとしても、それを抑えることができる程度の実力者がフローリア自身の手によって大量に育ってしまっていたのだ。
この状況ではフローリア親子の必要性はかつてほど盤石なものではないと言える。ここでルードが何らかの理由で只の人間相手に戦闘行為を行い多数の死傷者を出してしまえば、一度は鳴りを潜めたフローリア親子を脅威とみなす声が再び高まることを抑える術はない。
「その心配は無いと考えています、
自分の主張への反論はもう出来ないだろう……そのように確信していたフローリアの予想に反し、
「どうして心配が無いと言えるのですか!?」
手に持っていた茶碗を叩きつけるように
「叛乱を起こしたという
ハンニア属州の蛮族からなる
その上アルビオンニア属州へ派遣されてから大損害を出し続けており、今では総兵力で一個
現地の
現地の
帝国には数多くの軍団が存在しており、皇帝とはいえマメルクスがそのすべてを把握しているわけではない。皇帝直轄の
もともと今現在ハンニア属州と呼ばれている地域の蛮族を平定し、反レーマ的志向の強い王族を抽出して支援軍として仕立て上げた傭兵部隊だった。普通、支援軍となって故郷から切り離された蛮族は大人しくなる。蛮族が勇猛でレーマに反抗的なのは地の利があるからこそなのだが、その地の利を失うことで反抗の力を失ってしまい、レーマ帝国からの補給に頼らねば生きていけなくなるからだ。
ところがハン支援軍は違った。
狩猟騎馬民族であり狩猟と収奪を
結局、どの地域に派遣しても問題ばかりを起こすので、とっとと処分してしまうべくアルビオンニア属州への派遣が決定した。レーマ軍より精強で手強い南蛮軍にぶつけてしまえばとっとと消耗して擦り潰されてくれるだろうと期待しての決定だった。
彼らはアルビオンニアでも問題を起こし続けたのだが、それでもレーマが期待した通りの運命をたどっている。まさか叛乱を起こすとまでは誰も想像してはいなかったが……
「……もう鎮圧しているということですか?」
「その可能性は高いでしょう。
いずれにせよ現地の領主は降臨者様をアルトリウシアに収容しているのです。
まさか、そんな危険な場所に《
火事が起こってる倉庫に火薬樽を運び込むようなものだ。」
マメルクスの指摘は
「で、でも……現地は相当不安定化しているのではなくて?」
「それは否定できませんな。」
「そのようなところに、ルーディを一人で行かせることなんてできませんわ。」
さすがにいくら相手が大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフその人とはいえ、ここまで愚にもつかない理由を並べ立ててゴネられてはたまらない。マメルクスもまるで
「では、どうしようというのですか?
あと半月以内に降臨者様にお会いし、対応を決めねばならないのでしょう?
そして半月以内に降臨者にお会いするには、ミルフ殿の転移魔法に頼るほかないのではないのですか?」
さすがに感情をあらわにするほどマメルクスも軽卒ではなかったが、それでも言葉の端々に苛立ちが滲み始める。しかし、その険のある口調のマメルクスの指摘に対しフローリアの反応は全く対照的なものとなった。
「あら、私は最初から自分で行くつもりでしたよ陛下?」
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