第423話 捕虜の尋問

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿テンプルム・ケレース裏/アルビオンニウム



 イェルナクの護衛としてアルビオンニウムに来ていたゴブリン兵十二人のうち八名は、イェルナクの命令を実行すべく、ケレース神殿の丘の南側斜面に広がる森の中で盗賊を探し求めていた。既にアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軽装歩兵ウェリテス百人隊ケントゥリアが盗賊団迎撃のために突撃して行った後だったため、後から遅れて突入していったゴブリン兵が盗賊たちとまともに戦闘する機会はまるでなく、彼らはもっぱら地面に横たわっている盗賊を探し求める状態になってしまっている。せっかく弾を込めた短小銃マスケートゥムを持っているにもかかわらず、やっているのは盗賊団の掃討ではなく、事実上の負傷者の救護活動だった。


誰かクィス・イト・イラエク!?」


 ガサゴソと音がし、イェルナクの警護に就いていたゴブリン兵の一人が短小銃を構え、下手なラテン語で誰何すいかする。


「あ~、俺だ!ヒュンナグだ!

 撃つなよ!?味方だ!」


 森の繁みの向こうから声がし、短小銃を構えていたゴブリン兵はホッとして銃を降ろし、振り返って報告する。


「イェルナク様!また帰ってきました!!」


「よーし、今度こそ大丈夫だろうな!?」


 イェルナクは神殿から持って来させていた椅子から腰を上げた。イェルナクがこう尋ねるには当然理由がある。ゴブリン兵たちが運んできた盗賊はこれが初めてではないが、運んできた時点で死んでしまっていたか、運んできて間もなく死んでしまうかしていて、生きている捕虜は確保できていなかったのだ。


「は、おそらく!」


 そのうちゴブリン兵四人が一人の盗賊を引きずって繁みの向こうから姿を現した。盗賊は右膝の上の部分に銃弾を食らっているようで、そこから激しく出血している。顔も肌が黒いうえに月明かりで良く分からないが、血の気が引いている。大きく目立つ唇が真っ青だ。


「捕まえて来ました、イェルナク様!!」

「イェルナク様!コイツは大丈夫です!!」

「生きてます!まだ死んでません!!」


 息を切らせながらゴブリン兵たちが口々に報告する。別に手柄を誇って興奮しているわけではない。ただ純粋に、重たい装備に身を固めたまま重たい怪我人を引きずって斜面を登って来たことで息が上がっているだけだ。


「ヒト…ランツクネヒト族か…まあ良い。

 よし、そこへ寝かせろ!」


 レーマ帝国では捕虜や犯罪者は同じ種族の者しか取り調べや管理を行ってはならないことになっている。緊急時は仕方ないが、ゴブリンであるハン支援軍アウクシリア・ハンはこのヒトの捕虜をヒト種の軍団であるサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアに引き渡さねばならず、一時的にしか自分たちのものにできない。

 そのことから捕まえた盗賊がヒト種であることに若干不満を覚えたイェルナクだったが、ともかく最初の捕虜である。ゴブリン兵の実力からしたらこの捕虜が最初で最後になるかも知れず、イェルナクはひとまず受け入れることにした。

 命令を受け、ゴブリン兵は連れて来た捕虜を指示さししめされた場所に寝かせる。


「よし、いいぞ。確かに生きている。

 お前たちにはあとで銀貨を一枚やる。

 次の捕虜を探してこい!

 できればゴブリンが良い。

 まあ、いないだろうが…ホブゴブリンかブッカを期待しておるぞ。」


 イェルナクがゴブリン兵の方を見もせずに命令すると、これで任務完了だと思っていたゴブリン兵は笑顔を引きつらせて敬礼し、またトボトボと森へ戻って行った。

 イェルナクは捕虜を見下ろし、職杖しょくじょうでツンツンと怪我人をつついた。


「うっ、痛っアウチな、何をワス・マハン!?」


 イェルナクは職杖で頭をパカンッと叩いた。


痛っアウチ!?」


「わめくな下郎め!

 聞き苦しいランツクネヒト語を話すな!

 ハン語とまでは言わん、だがお前も帝国臣民の端くれならラテン語で話せ!」


 イェルナクはそう言うと再び職杖で怪我人を叩いた。


痛っアウチ!!」


「イ、イェルナク様、せっかく捕まえた捕虜が死んじまいます。」


 さすがに見かねたゴブリン兵が躊躇ためらいがちに諫めると、イェルナクはフンッと鼻で笑った。


「かまわん。話が通じず役にも立たんというのなら生かしておく意味はない。

 どうせこやつらは死刑になるのだ。

 刑場で死ぬか、それともここでああなるかの違いだけだ。」


 そう言いながらイェルナクが盗賊に見せるように職杖で指示さししめした先には、ゴブリン兵たちが運んできた盗賊の死骸が二体ほど転がっていた。


「うっ…」


 怪我人は死体を見て息を飲んだ。死ぬかもしれない、捕まれば死刑になるかもしれない…そういうことは頭では分かっていた。だが、実際に死体を見せつけられて気持ちが動揺しないわけではない。覚悟なんてものは、そう簡単に決まるものではないのだ。


「さて…」


 目を丸くして死体を注視している怪我人の胸板を、イェルナクは職杖でトンっと小突いた。


「うっ!?」


 驚き、呻き声をもらしながら怪我人はイェルナクを見上げる。


「下郎、お前はどうせ死ぬ。

 このまま放っておいても死ぬし、生き残っても死罪だ。

 役に立たん捕虜など、生かしておく価値も無いから、ここで殺してやってもいい…」


 サディスティックな笑みを浮かべながらイェルナクは一旦言葉を切り、腰を落として怪我人の顔を覗き込む。それまでイェルナクの顔を照らしていた月光や松明の光が遮られ、怪我人の目にはイェルナクのその顔が闇に染まって見えた。それに対し、怪我人の顔にはそれまでかいていた脂汗とはまた別の汗が吹き出し始める。


「だが、役に立つのなら話は別だ。

 その怪我の手当てをしてやろう。

 包帯も巻いてやるぞ?

 そうだな、ポーションをくれてやってもいい。

 軍団レギオーが使ってる飛び切り上等な奴だ。

 なんなら、死刑を免れるように手筈を整えてやれるかもしれん…な?」


 イェルナクが愉快そうにニィっと笑い、怪我人は泥と汗にまみれた顔をプルプルと震わせていたが、引きつったような笑みをぎこちなく浮かべた。


「な、何をすればいい?」


 それを聞いてイェルナクはフッと笑った。


「何、簡単なことだ。証言をすればいい。

 これから私が質問することを、な?」


 怪我人はコクコクとオモチャの人形みたいに顔を上下に振った。


「お前たちは誰かの指図に従っている、そうだな?」


 怪我人は暗くてよく見えないイェルナクの左右の目を交互に見ながら、躊躇ためらいがちに答えた。


「…あ、ああ、そうだ。

 お、俺たちはその…に命令されている。」


「ふむ、いいぞ。

 か…ということは集団だな?

 お前たちはそいつらに逆らえない…そうだな?」


「そ、そうだ!逆らったら殺される!逃げても、必ず見つかるんだ。」


 二人の質疑応答はぎこちなく始まったが、すぐに調子よく進み始めた。だが、次の質問で怪我人は答えに詰まってしまう。


「よしよし。

 では、そいつらは何者で、どういう奴らだ?」


「うっ…それは…」


 さすがに言っていいものかどうか躊躇ためらわれ、思わずイェルナクから目を逸らして言い淀んでしまう。


「どうした?答えるがよい。

 手当てしてほしくないのか?

 それとも死を賜りたくなったか?」


「い、言えば、こっこっ、殺される…」


「言わなければどのみち殺されるぞ?」 


 怪我人は一度だけチラっとイェルナクを見て逡巡した。そしてしばらく考え、悩みぬいたあげくにイェルナクを見た。


「い、言えば、助けてくれるな?」


「……約束は守ろう。」


 イェルナクはそう言うとスッと立ち上がった。


「さあ言え!お前たちを逆らえない様に無理矢理従わせてこんなことをさせる、強大無比な力を持った者たちの事を話すのだ。」


 月光と松明の灯りを浴びたイェルナクの姿はハン族特有の奇妙な格好ではあったが、その顔は自信に満ち、追い詰められた盗賊にはどこか頼もしくも見えた。怪我人はまるでせきを切ったかのような勢いで喋り始める。


「しょっ、正体は分からねぇ…これは本当だ。

 十人くらいで、ゲイマーガメルの名前を名乗ってやがる変な奴らさ。

 スッゲー上等な武具とか持ってて、みんなキレイな顔してやがってよぉ、お上品な貴族のお坊ちゃまって感じだ。

 で、でもあ、あいつら、本当に、嘘みたいに強いんだ。

 まるで本物のゲイマーみたいだったぜ?

 やることなすこと全部、まるで魔法みたいでさ。

 こっちは、手も足も出ねぇんだ。

 だから、俺たちは逆らえねぇ。

 みんな、無理矢理に従わされてたんだ。」


 話を聞いているうちにイェルナクが顔に張り付けていた作り笑いは本物の笑みに替わっていった。期待した以上の内容だったからである。まさに瓢箪ひょうたんからこま!ウソが真になった瞬間だった。イェルナクは再びバッと屈みこむと怪我人の襟首を両手で掴み、額と額を押し付けんばかりに顔を近づけて畳みかける。


「そいつらはメルクリウス団だ!!

 そうだろう!?」


「め、めるくりうす団!?」


 怪我人は驚き、何が何だか分からないという表情ですっかり混乱する。


「そうだ、メルクリウス団だ!!

 そいつらはメルクリウス団でここで降臨を起こそうとしている!

 そのために邪魔者を排除し、生贄にするためにお前たちを使ったんだ!

 !?」


 混乱していた怪我人だったが、イェルナクに「そうだな」と力強く言われ、そういう事かと納得した。そして、引きつった笑顔を浮かべ、コクンコクンと頷く。


「あ、ああそうだ!

 あいつらは、そうかメルクリウス団だ!

 降臨を起こすために俺たちを使って、色々させてるんだ!」


「ぐふっ…ぐふっ…ぐふぁははははっ」


 欲しかった証言、欲しかった証言者を得てイェルナクは笑い始める。怪我人の方もわけのわからないままつられて笑い始めた。

 そう、イェルナクはコレを目的にわざわざ前線に出てきたのであった。イェルナクは神殿でメルクリウス団の証拠をでっち上げようと画策したが、神官が常に近くで見張っていて出来なかった。だから盗賊を捕まえ、メルクリウス団がいたという証言者にでっち上げようと考えていたのだ。それがまんまと成功したのである。

 イェルナクは立ち上がって兵士に命じた。


「よし、手当てをしてやれ。

 包帯もポーションも惜しむなよ?

 こいつを絶対に殺すな。」

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