勇者団の戦い

第424話 対マッド・ゴーレム戦

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿門前広場フォルム・テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「な…何だこれ!?」

「『地の防壁アース・ウォール』!?」


 『勇者団ブレーブス』が放った渾身の攻撃魔法は、レーマ軍の重装歩兵ホプロマクスの戦列を吹き飛ばし、神殿への突破口を穿うがつはずであった。だが、敵に命中する前にそれらは、突然盛り上がった地面によって形作られた分厚い泥の防壁にぶち当たり、むなしく散ってしまう。『勇者団』に襲い来るはずだった短小銃マスケートゥムの一斉射撃も同時に阻まれ、彼らのもとには一発も届いてはいなかったが、いずれにせよ神殿への道を完全に閉ざされてしまった事には変わりない。

 現れた土の壁はグルっとU字型に彼らを取り囲んでおり、開いているのは後ろの崖に面した部分だけだ。そして、その方向にはロック・ゴーレムが彼らの方を向いて静かにたたずんでいる。『勇者団』を囲むように土壁の手前にはマッド・ゴーレムが立ちはだかっており、『勇者団』がここから脱出するにはロック・ゴーレムを倒して崖を降りるか、マッド・ゴーレムを倒して土壁を乗り越えるかするしかない。残るは地中か空中しかないが、強力な《地の精霊アース・エレメンタル》が敵に回っている以上、地中に逃れられるわけもない。そして、空を飛ぶ術を持たない彼らは完全に閉じ込められてしまったわけだ。


「ど、どうする!?」

「お、俺ら閉じ込められちまった!」

「ティフ!どうする!?」


「う、うるさい!

 今考えてるんだ!!」


 周囲を見渡し、最悪の状況に気付いた『勇者団』は改めて狼狽うろたえ始めた。まあそれも仕方が無いだろう。彼らはそもそも実戦経験と呼べるようなものはほとんど持っていなかったし、軍事に関して専門的な教育を受けたことも無かった。彼らの戦いに関する知識は大衆向けの読み物で読んだことばかりだったのである。

 だが、そんな彼らの事情など知ったことではない。《地の精霊》はさらにマッド・ゴーレムを作り出した…大きさは大柄な人間より頭一つ分大きいくらいだからコボルトの兵士と同じくらいだろうか…だが今度は数が多い。その数、実に二十四体。『勇者団』を取り押さえるため、メンバー一人に対して二体ずつの計算で創られた物だった。

 

「ま、また増えた!?」

「こんなにたくさん、どうする!?」

「バカな!

 ゴーレムなんて父さんたちだって、ゲーマーだって一人で一体とかしか作れないんだぞ!?

 何でこんなにゴーレムを作れるんだよ!!」

「ペトミー!テイム出来ないか!?」

「無理言うな!

 ゴーレムなんかテイムできるもんか!!」


 中央で丸くなって怯える『勇者団』に二十四体のゴーレムがノッシノッシと、両手を前に突き出してゆっくり近づいてくる。


「こっ、攻撃だ!!

 とりあえず、こういう場合は雑魚を片付けるんだ!」


 ティフが伝え聞いていたボス戦の話を思い出し、唐突に指示を出す。


「お、おう!?」


「スモル!敵の注意を引きつけろ!

 ペイトウィン、スモルが敵を引き付けてる間に魔法攻撃だ!

 デファーグも!他のみんなもだ!!」


 方針を決めてからはティフ本人にとっても意外なくらいにすんなりと命令が口を突いて出て来る。迷いのないその口調は、狼狽えてなすべきところを見失っていた『勇者団』メンバーにとっては不思議と説得力が感じられ、彼らはそれぞれに行動を開始した。


「よ、よし!任せろ!!」


 スモル・ソイボーイは盾と剣を握りなおすと、気合を入れて目の前に迫りつつあった小ゴーレムに向かって駆け出すと気勢を張った。


「うおぉぉぉぉぉ!!」


 タウンティング・シャウト…叫び声によって敵の注意や攻撃を引き付ける。ゴーレムに効いているかどうかは分からないが、スモルの目の前に迫りつつあった三体の小ゴーレムはそのままスモルに掴みかかった。


「おっ、おおおおっ!?」


 スモルは先ほどのように勇ましく叫んだつもりだったが、掴みかかってきたマッド・ゴーレムの重圧ゆえか意外なくらい情けない声しか出てこない。


「よし、今だ!!

 ペイトウィン!!」


「任せろ!『火炎弾』ファイア・ボール!!」


 ティフの合図でペイトウィン・ホエールキングが魔力で作られた炎の弾を撃ちだし、それはスモルに掴みかかっている三体のマッド・ゴーレムのうちの一体に命中、そこからブワッと爆発するように火炎が広がる。


「うわっ!?アッチッ!熱ぃーっ!!」


 広がった火炎はマッド・ゴーレム自体よりも爆発地点近くにいたスモルにもダメージを与えてしまい、スモルが悲鳴を上げる。


「ああ!?悪い!!」


 予想外の結果にペイトウィンは慌てて謝り、スモルは悪態を返す。


「悪いじゃねーよ!!

 俺を殺す気か!?」


 スモルが悪態をついてる間もマッド・ゴーレムは容赦なくスモルに圧し掛かり、押しつぶそうとしてくる。スモルはその圧力に屈しそうになり、悲鳴を上げた。


「うっ、クソこの泥人形め!!

 は、早く何とかしてくれぇ!!」


「ま、待ってろスモル!!」


 我に返ったデファーグ・エッジロードは剣を握りしめて駆けだした。その間も、ティフはスモルに襲い掛かっているマッド・ゴーレムが、火炎弾の直撃を受けてもビクともせずにスモルに掴みかかっているのを分析する。


「ペイトウィン!『火炎弾』は駄目だ!

 味方に被害が出るし、何よりゴーレムに効いてない!!」


「わかった、今度は『水撃』ウォーター・ショットを試す!」


 ペイトウィンの返事を聞いたティフは全体を見回し、他のメンバーがスモルの置かれた状況に見入ってしまっているのに気付くと注意を促す。


「お前たちも、他の方向からも来てるぞ!?」


「おっ!?おう!」

「ああっ、ヤベッ!!」

「よし、俺だって!!」


 他のメンバーもそれぞれ別の方向から接近し続けるゴーレムの存在を思い出し、思い思いにそれぞれ対応しはじめた。ゴーレムがノッシノッシとゆっくり歩いてきてくれていたからよかったものの、もし普通の人間が普通に歩く速度で近づいてきていたら彼らはとっくに背後から取り押さえられていただろう。実際、背後のゴーレムはあと二十数歩というところまで来ていた。


「うおぉぉぉぉぉ!!」

「来いやぁぁぁぁ!!」


 それぞれの方向で盾役を買って出た者が叫び声をあげ、ゴーレムを引き付ける。そして魔法攻撃職が呪文を唱え始め、武器攻撃職のメンバーは武器を手に攻撃を開始する。


 ガスッ!!


 剣聖ソード・マスターデファーグ・エッジロードの振るう魔剣ティルヴィングに切り付けられたマッド・ゴーレムの身体は、独特の音と感触を残して両断され、地面にドサッと倒れ込む。デファーグが立て続けに二体まで倒すと、スモルは自分に掴みかかっていた残りの一体をシールド・バッシュで突き飛ばした。


「ハァ、ハァ、ハァ、助かったぜデファーグ!」


 シールド・バッシュでゴーレムを引き離したことで一時的にゴーレムの重圧から解放されたスモルは安堵のあまり思わずよろけてしまう。デファーグはその腕を掴んで倒れないように支えた。


「いや、間に合って良かった。

 大丈夫か?」


「ああ、大丈…あぶない!!」


 「大丈夫だ」と言いかけたスモルはデファーグの背後で、デファーグが斬り倒したはずのゴーレムが再び立ち上がるのに気づき、叫んだ。


「えっ!?っとっ!?」


 デファーグが振り返ると同時にマッド・ゴーレムが掴みかかる。しかし、マッド・ゴーレムの手がデファーグを掴む直前にスモルがデファーグを突き飛ばし、ゴーレムにシールド・バッシュを食らわせた。


 ドシャッ!!


 デファーグが尻餅をつき、マッド・ゴーレムは突き飛ばされてよろける。そこへ背後から巨大な『水球』ウォーター・ボールが飛んで来て、復活したマッド・ゴーレム二体をスモルもろとも派手に吹き飛ばした。


「ああっ!悪いぃ!!」


 ペイトウィンが情けない声をあげた。


「ペ、ペイトウィン!!

 スモルが吹っ飛んじまったぞ!?

 スモル!おいスモル!!」


 デファーグは状況を把握すると立ち上がり、びしょぬれになって地面に突っ伏しているスモルに駆け寄った。


「ペイトウィン…

 『水撃』は見たところどうやら有効みたいだ。

 でも悪いが、味方が近くにいるときは撃たない方がいいかもな…」


「あ、ああ、そうするよ…」


 ティフの指摘にペイトウィンは力なくうなだれた。

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