第425話 待ち伏せ

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「ひとまず灯りを点けなさい」


 小食堂トリクリニウム・ミヌスに戻ったクロエリアは燭台を持っていた侍女に命じた。避難して部屋から出るとき、室内にあった灯りはすべて一度消していたからだ。

 避難する際の灯りにと手に燭台を持っていた二人の侍女たちがそれぞれ「はい」と返事をし、最寄りのランプに火を移そうと近づいた。すると、その瞬間に暗闇で影が動き、ドスッという鈍い音がする。


「!?」


 クロエリアが音のした方を見ると、そっちの方に居た燭台を持っていた侍女がその場に倒れ、彼女の持っていた燭台の火も消えてしまっていた。

 その直後、もう一人の侍女が火を移そうとしていたランプに何かが投げつけられ、ガシャンッと派手な音を立てて壊れ、床に落ちる。


「ひっ!?」


 侍女は悲鳴を上げて後ずさった。その侍女に再びどこからか何かが投げつけられ、それは侍女の手に当たって手に持っていた燭台が叩き落される。


「痛っ!」


 落ちた燭台に灯されていた火は落ちる途中で消えてしまい、小食堂はすべての灯りを消されて真っ暗になってしまう。唯一の灯りはいつの間にか開かれていた窓から差し込む月の光のみ。


御婦人ドミナ!?」


 異変に気付いたカルスが円盾パルマを構えてクロエリアの傍へ駆け寄る。


「な、何者!?」


 クロエリアが気丈にも問いかけるが、答える者は誰もいない。そこへルクレティアとヴァナディーズが連れ添って入ってきた。


「あら、クロエリア、どうしてこんなに暗いの?」


お嬢様ドミナ!いけません、曲者ラートロです!!」


 ガキンッ!


 物陰で何かが光り、次の瞬間クロエリアの近くで金属同士が激しくぶつかる音がする。何かが飛んできたのをカルスが咄嗟に円盾で弾いたのだ。


「ひっ?!」


 クロエリアが悲鳴を上げ、ヴァナディーズが反射的にルクレティアにしがみ付く。


「な、何事、ですか!?」


御婦人方ドミナエ、ご用心を!曲者です。」


 暗闇に目を凝らし、用心深く円盾を構えながらカルスが報告する。


「く、曲者?」


 ルクレティアはそう言われて改めて小食堂内を見回すが、真っ暗で何も見えない。唯一開いている窓から差し込む月明かりはあまりにも頼りなかった。相手は気配を殺しているらしく、誰かがどこかに隠れていると言われても全然分からない。


「ファ、ファドなの!?」


 ヴァナディーズが怯えたように声をあげると、どこからともなくフゥーッと息を吐く音がした。次の瞬間、フンッと風を切る音が聞こえ、暗闇の中から何かが飛んで来る。


 ガキンッ!


 再びカルスが円盾で弾いた。弾かれたソレは先ほど投げられた物とは違い、ゴトリと重々しい音を立てて床に落ちた。ルクレティアがその音のした床へ視線を落としてそれを探す。窓から差し込むわずかな月光に照らされ鈍い光を放つソレは例の鋸刃のこば太矢ダート


 これは、例の!?

 ということは、この曲者が『勇者団ブレーブス』のファド!?


 ルクレティアは左肩にしがみ付いているヴァナディーズをそのままに、腰に下げたポーチを開いて中から『聖なる光の杖』ワンド・オブ・ホーリー・ライトを取り出す。


「サモン・ウィル・オ・ザ・ウイスプ!!」


 『聖なる光の杖』を振りかざしてルクレティアが叫ぶと、ワンドの先が白く光り、杖で指示した部屋の中央付近にまばゆいばかりの光源が発生する。


「「「「「!?」」」」」


 ジジッジジジジジッ…


 目もくらむほどの光を放つ三つの白い光球と、それらをそれぞれつなぐ稲妻のような光の鎖…召喚されたウィル・オ・ザ・ウイスプは部屋の中央を漂いながら小食堂全体をまるで昼間の様に照らした。

 部屋の隅に黒ずくめの格好をしてうずくまっている男の姿が浮かび上がる。


クソっシット!」


 ルクレティアは何も命じてはいなかったが、男が向けた敵意に反応したのだろう。ウィル・オ・ザ・ウイスプはその黒ずくめの男に向かって進み始め、男は咄嗟に近くにあった椅子をウィル・オ・ザ・ウイスプ目掛けて投げつけた。


 バッ!ババッ!!


 男は椅子に続けて手近にあったモノを次々と投げつけ、それらがウィル・オ・ザ・ウイスプにぶつかるたびに小さな爆発が起こって光球が一つ減っていく。そして三回目の爆発が起きた時、ウィル・オ・ザ・ウイスプは消滅して再び部屋は暗闇に閉ざされた。

 ちょうどそのころに小食堂に入ってきたリウィウスは状況を把握できず、声をあげる。


「な、何事ですか奥方様ドミナ!?カルス!?」


「とっつぁん!敵だ!誰かが潜んでやがる!

 気を付けろホッ!?」


 ガシュッ!


 言い終わる前にカルスは右脇に強い衝撃を感じ、もんどりうって倒れた。カルスは先ほど黒ずくめの男が蹲っていた方を向いて円盾を構えていたが、どうやら男は移動していたらしい。全く別の方向から例の太矢を投げつけ、それはカルスの左脇に見事に命中していた。


「カルス!?

 おい、カルス!!」


「ガハッ、アッ…クハッ」


 リュウイチから貰ったミスリル・チェーン・メイルとジャックは太矢の一撃を見事に防いでいたが、衝撃を無効化するところまではいかなかった。あばら骨をへし折られたカルスはしゃべるどころか息をすることすらままならず、床に倒れ伏したままもがき苦しむ。

 リウィウスは慌ててカルスのいた場所まで駆け寄り、自分の円盾を構えると同時にグラディウスを抜いて構えた。


「カルス!ちょっと待ってろ!

 そうだ、ポーション。ポーション使えるなら使え!」


「リウィウスさん、外は、外には出られませんか!?」


「無理です奥方様!

 廊下は変な黒い犬が暴れてる!

 ヨウィアヌス!おいヨウィアヌうおっ!?」


 ガンっ!!


 部屋のすぐ外にいるはずのヨウィアヌスを呼んだリウィウスは再び投げつけられた太矢を辛うじて円盾で弾いた。


「あっぶねっ…それより、さっきの灯りは何でやすか!?

 あれ、魔法ならもう一回つかってくだせぇ奥方様!

 ヨウィアヌス!コッチに来い!!」


「わ、わかったわ…サモン・ウィル・オ・ザ、きゃっ!?」


 ガンッ!


 リウィウスが円盾で弾きはしたが、呪文を唱えてる間に今度はルクレティアに向かって太矢が投げつけられ、詠唱が中断される。


「奥方様!

 アッシが守りますから、早く!!」


 目の前で起こっている戦闘と実際に自分に太矢を投げつけられたことに対する衝撃ですっかり舞い上がってしまっていたルクレティアは、切羽詰まったリウィウスの声に従い、『聖なる光の杖』を握りなおすと無我夢中で呪文を唱えた。


「サモン・ウィル・オ・ザ・ウィスプ!

 サモン・ウィル・オ・ザ・ウィスプ!!

 サモン・ウィル・オ・ザ・ウィスプ!!!」


 ルクレティアが何も考えず、ただ現状の恐怖から解放されたいとという思いから連続して詠唱した結果、小食堂には実に三体のウィル・オ・ザ・ウィスプが同時に姿を現し、室内を支配していた暗闇は昼間以上の強烈な光によって一掃されてしまった。

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