第426話 スライム・パニック

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿門前広場フォルム・テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「ウォーター・ショぉぉぉット!!」


 ムセイオンに収容されたハーフエルフたちの中でもトップクラスの攻撃魔法の実力…すなわちこの世界ヴァーチャリアにおける最強クラスの攻撃魔法の使い手であるペイトウィン・ホエールキングは、かつて経験したことも無いほど攻撃魔法を放ち続けていた。もちろん、自前の魔力はとっくに使い果たし、貴重なマナ・ポーションで補充している。


 彼が放っているのは『水撃』ウォーター・ショットだけだった。敵が強力な《地の精霊アース・エレメンタル》というだけあって地属性の魔法が一切使用できず、火炎弾ファイア・ボールはマッド・ゴーレムにはほとんど効かない。命中して起こる小爆発の影響で、マッド・ゴーレムの表面が部分的に崩れるだけで、活動を停めることなど出来ない。『風斬』ウインド・スラッシュは有効だったが、風の力で切断されたマッド・ゴーレムは一時的に倒れはしても、その場で短時間で復活してしまう。

 これは魔法に限らず刃物による攻撃でも同じで、剣聖ソード・マスターデファーグ・エッジロードが魔剣ティルヴィングで一刀両断にしたマッド・ゴーレムもすぐに復活してしまっていた。

 壊しても壊してもすぐに復活するマッド・ゴーレムを相手に、『勇者団ブレーブス』は果てしない消耗戦を強いられている。相手が動きの遅いマッド・ゴーレムでなければ、とっくに全員が取り押さえられていただろう。


「そうだコアだ!

 たしかゴーレムの身体のどこかに核があるんだ!

 ふだか魔石かわからないが、核を破壊しないといくらでも復活するぞ!!」


 ティフが昔読んだ英雄譚に書かれていたことを思い出し、全員に告げてからは戦いの様相は若干変化していた。

 ゴーレム相手では敵の注意を引き付けるタウンティングの効果が無いらしいことが分かってからは、それまで盾役に徹していた三人も積極的に攻撃に乗り出していた。今では全員が武器か魔法を使って襲い掛かって来るマッド・ゴーレムを攻撃している。その甲斐あってか、何体かは実際に核を見つけ出して破壊することに成功している。


 とはいっても、人間大の大きさの土人形の中から小さな核を見つけだすのは簡単なことではない。そこで有効なのがペイトウィンが放つ『水撃』なのだった。

 巨大な水球を生み出してぶつけるその攻撃魔法はマッド・ゴーレムの土の身体を衝撃で吹き飛ばし、なおかつ粉々に粉砕した。粉砕したマッド・ゴーレムの身体は水を吸うと重くなるらしく、復活までに少し時間がかかる。その隙に最寄りの武器攻撃職の誰かがゴーレムだった土くれの中から核を探し出し、打ち砕くのである。

 この作戦の流れが出来上がって以降、マッド・ゴーレムは次第に数を減らし、人間大の小さいマッド・ゴーレムは二十四体いたのが、すでに半数に減っていた。だが、この作戦には二つの欠点があった。

 一つはペイトウィンとソファーキング、二人のマジックキャスターに負担が集中してしまっている事だ。


「ウォーター・ショぉぉット!!」


 魔力によって生み出された『水球』ウォーター・ボールがマッド・ゴーレムに向かって飛んでいき、そして直撃する。動きの鈍いマッド・ゴーレムにそれを避けることなどできない。直撃を食らったマッド・ゴーレムの土の身体は水の衝撃に負けてバラバラに砕け、水と混じった泥となって地面にぶちまけられる。


「よしっ!行くぞ、核を探せ!!」

「おうっ!!」


 ビシャッ!ビシャッ!ビシャッ!ビシャッ!


 マッド・ゴーレムを仕留めるべく、近くにいた武器攻撃職が水っぽい足音と立て泥跳ねを飛ばしながら殺到する。


「うおっ!?」


 そのうちの一人が足を滑らせ、ビシャッと泥の中に転んだ。


「大丈夫か!?気を付けろ!!」

「ぶふっ…ぶふぁっ…ぺっぺっ、クソっ」


 マジックキャスターが『水撃』を放つたびに、一抱えほどもある樽を満たすほどの水が生み出されぶちまけられるのである。今日ペイトウィン一人が放った『水撃』の数は既に三十発を超えていた。当然、地面は膨大な水によって水浸しになり、ドロドロに泥濘ぬかるんでしまっていた。

 泥濘ぬかるみに足をとられて転倒したのは、一人や二人ではない。『水撃』を放っている張本人であるペイトウィンとソファーキング以外の全員が一度は転んでおり、マジックキャスター以外の全員が既に泥だらけになっていた。

 そして泥だらけになった原因は何も転倒だけではない。


「さ、探せ!!早く!!」

「わかってる!!」

「おい、お前の影で暗いよ!少しそっち行ってくれ!!」


 『水撃』で粉砕されたマッド・ゴーレムの身体の中から核を見つけ出す…それは決してスマートな作業ではなかった。何せ満月とは言え夜中である。月明かりがあるとは言っても、泥の中から小さな魔石を探し出すには、お上品に立ったままでは見つけられないのだ。

 五体目を倒した辺りから、マッド・ゴーレムに『水撃』が命中するたびに、近くの武器攻撃職のメンバーは泥の塊と化したマッド・ゴーレムの身体に向かってスライディング同然に突っ込み、ほぼ四つん這いで両手で泥を引っ掻き回しているのだ。

 でないと、そのマッド・ゴーレムはまだ復活しないにしても、他のマッド・ゴーレムが彼らの背後から襲い掛かって来てしまうのである。


 おかげでこの世界で最も高貴とされる彼ら十二人の聖貴族たちは、世界の中心とされるケントルムから遠く離れた辺境の地で、月夜に泥んこ遊びに勤しんでしまっていた。


「あ!あった!!あったぞ!!」

「砕け!早く砕け!!」

「おうっ!!」


 このような調子でマッド・ゴーレムの数を確実に減らしていた彼らだったが、この作戦のもう一つの欠点にまだ誰も気づいていなかった。魔石を砕いてマッド・ゴーレムをまた一体減らした彼らが立ち上がろうとした時、そのことに初めて気づかされることとなる。


「よしっ!次行くぞ!!」

「おうっ…って、あれ!?」

「何やってん…おっ、おおおっ!?」


 泥から立ち上がろうとした何人かが何かに脚をとられ、あるいはバランスを崩してドシャッと派手な音と泥飛沫をあげて転倒する。


「どうした!?」

「おい、大丈夫か!?」

「もうへばったのか?」


 揶揄からかい半分に様子を伺う仲間に、倒れた者は反発する気になれなかった。異変に気付いたからだ。


「いや、違う!なんか変だ!!

 何だこれ!?」

「うっ!?何かいる!!

 うわっ!ズボンに入ってきた!!??」


 それは二人のヒトの聖貴族だった。一人はルイ・スタフ・ヌーブという名の戦士、もう一人はアーノルド・ナイス・ジェークという名のアーチャー、既に全身泥だらけだったが、地面に尻餅をついたままの状態で突然のたうち回りながら自分の脚や尻をまさぐり始める。


「あ?何だ、どうした!?」

「な、何やってんだ!?」


 異様な光景だった。月下で泥まみれの青年が地面でのたうち回りながら、靴やズボンを脱ぎ始めたのである。


「た、助けてくれ!!」

「何かいる!!ズボンに、入って来てる!!」

「は、這いあがって来るぅ!?」

「ひっ、き、気持ちわりぃ!!」


 周囲の者たちはわけがわからず、気味悪がって二人から後ずさって様子を見ていた。そのうち二人はズボンを脱ぎ棄てたが、二人はまだのたうちまわり続ける。しかし、月の光ではただ単に脚に泥水がまとわりついているようにしか見えない。


「クソっ、何だこれ!?何だこれ!?」

「ス、スライムだ!!これ、スライムだぁ!!」


 ようやく二人は自分の脚にまとわりついているものの正体に気付いた。

 沼スライムスワンプ・スライム…最も原始的で低位のモンスター。ペイトウィンやソファーキングが放った水と泥、そしてマッド・ゴーレムの魔石を砕いたことで周囲に散った魔力が混ざり、スライムが自然発生してしまっていたのである。

 

「スライム!?」

「気を付けろ!他にもまだいるかもしれんぞ!!」


 よく見ると、確かにところどころ泥濘の一部がひとりでに動いている。気づけば彼らはゴーレム一体を倒すごとに、数体のスライムを生み出してしまっていた。


「出ろ!ひとまずそこから出ろ!!」

「誰か手伝ってくれ!スタフとナイスを引きずり出すぞ!!」


 近くで見ていた仲間がスライムに襲われ下半身だけ下着姿になった二人を泥の中から引きずり出す。あとは張り付いたスライムは手で剥ぎ取っていくしかない。さすがに味方の身体に密着しているスライム相手に火炎魔法など使えるわけもないからだ。

 そうやってもたついている連中に対し、他のマッド・ゴーレムの足止めをしていたティフ・ブルーボールが文句を言う。


「おい!いつまでも何やってる!?

 早く、次行くぞ!!」


 魔石を探し出している間、他のマッド・ゴーレムが邪魔しないように相手を引き受けていた者たちには状況が分からなかったのだ。


「スライムだ!

 泥と水が混ざって、スライムが湧いちまった!!」

「スライム!?」

「うわっ!コッチにもいる!!」

「うえっ!?ひょっとして俺のズボンの中のコレもそうなのか!?」


 動きは遅いし弱くてちょっとした攻撃ですぐ死ぬとはいえ、ひるのように人体にまとわりつき、皮膚から直接魔力を吸い取るスライムは放置して良い相手ではない。特に魔力を頼りに戦う『勇者団』にとってはバカにできない脅威だ。彼らの驚異的な身体能力もまた、魔力の賜物たまものだったからだ。

 気付けばいつの間にか周囲がスライムだらけになっていた…『勇者団』はマッド・ゴーレムを半数残した状態でパニックに陥ってしまった。

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