第427話 暗闇の攻防

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「クッ!ウィル・オ・ザ・ウィスプが三体だと!?」


 黒ずくめの男が眩しそうに右目をつむり、さらに片腕で顔を覆いながら呻いた。


「とっつぁんどうした!?

 何だこの灯り!?」


「ヨウィアヌス!!

 賊だ!囲め!!」


「お、おう!?」


 ウィル・オ・ザ・ウィスプ三体に囲まれた黒ずくめの男を見つけたヨウィアヌスが円盾パルマグラディウスを構えて反対側に回り込む。リウィウスはルクレティアを護る必要もあって、ルクレティアと男の間に立ちはだかって円盾と剣を構えた。


「アナタが、『勇者団ブレーブス』のファドですね?」


 ルクレティアが英語で尋ねると男はギロッと左目だけでルクレティアを見、スッと立ち上がった。


いかにもイェス・アイ・アム…ルクレティア・スパルタカシア様とお見受けする。」


 Yes,I am…それだけ英語で答えると、それ以降はファドは流暢なラテン語に切り替えた。ムセイオンから来た人間らしく、帝国西部の訛りがわずかにある。

 ラテン語が通じると理解したルクレティアはラテン語に戻した。


「はい、私がルクレティア・スパルタカシアです。」


 ルクレティアは『聖なる光の杖』ワンド・オブ・ホーリー・ライトを構えて答えたが、あえてリュウイチアとは名乗らなかった。まだ、彼らに降臨のことを話してよいとは判断できない。

 ファドはジッとルクレティアを左目だけで見据えたまま質問する。


「昨夜の沼とウィル・オ・ザ・ウィスプ…あれも貴女か?」


「いえ、それは《地の精霊アース・エレメンタル》様の御業みわざ

 私は事後にそれを知らされました。

 それを聞くという事は、昨夜侵入しようとしたのはやはりアナタ方だったのですね?」


 ファドは答えず、不敵にフッと笑った。


「スパルタカシウス家の姫君、ルクレティア様にこれほどの力があるとは存じ上げませんでした。

 よもやウィル・オ・ザ・ウィスプを四体も召喚してなおも平気で立っておられるとは、感服いたしました。

 ムセイオンのハーフエルフの皆様にも引けを取りますまい。」


 モンスターを召喚するにはそれなりに魔力を消費する。この世界ヴァーチャリアの常識からすると、低位の弱小モンスターと言えども消費魔力量は尋常なものではないのだ。一体召喚するだけでも大変で、召喚者の魔力量次第では魔力欠乏に陥って失神してしまいかねない。にもかかわらずずウィル・オ・ザ・ウィスプを四体連続で召喚し、魔力欠乏にも陥らずに平然と立っているルクレティアは、ファドの目には異常としか思えなかった。


 ルクレティアはファドのその一言にギクリとする。彼らにはまだ降臨が既にあったことやルクレティアが聖女サクラになったことは知られていない。そして、知られてよいかどうかもまだ判断できない。だというのにファドの目の前でうっかり四体もウィル・オ・ザ・ウィスプを召喚してしまったのは明らかな失敗だった。


 これ以上は召喚できないわね…


 内心で後悔し、自分を戒めつつもルクレティアは表面上はポーカーフェイスを保って話を続ける。


「恐れ入ります。

 そのハーフエルフの皆様と、できれば穏やかにお話したく存じますが?」


 ルクレティアの提案にファドの視線がスッと暗くなる。


「ヴァナディーズにお聞きになられたのですかな?」


 殺気を感じて怯えたヴァナディーズがルクレティアの影に隠れた。


「昨夜侵入しようとした御仲間にハーフエルフの方が数人混じっていたことは、《地の精霊》様からお教えいただきました。

 それを受けて昨日の…いえ、世界ヴァーチャリア標準時ならですね…

 お昼に、馬車の中で…ヴァナディーズ先生にお話を伺いました。」


「ほう?」


「私たちが『勇者団』の事を知ったのは今日です。

 ここをサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアが守っていたのは別の事情からでした。

 先生はアナタ方を裏切ってはいませんでしたし、アナタ方がアルビオンニアに来ている事すら、一昨日までご存じなかったのです。」


「・・・・・・」


 ルクレティアの話を聞いてファドの左目がルクレティアとヴァナディーズの間を行き来する。右目は相変わらずつむったままだ。


「ヴァナディーズ先生を狙うのは止めてください。

 そして『勇者団』の皆様に是非お話しせねばならないことがあります。どうかお取次ぎを…」


「・・・・・・・」


 ファドは答えず、束の間、目を閉じて考えると再び左目だけを開いてルクレティアを見据えた。


「なりませんな、主命をたがえることは出来ません。

 ですが、お取次ぎの件は承りましょう。」


 不敵に言い放つファドに横から回り込んでいたヨウィアヌスが割り込んだ。


「ダメです奥方様ドミナ

 コイツぁこの場から逃げたいから取り次ぐなんて言ってるだけでさぁ!

 おい、お前!

 どうしてもヴァナディーズ先生を狙うってぇんなら取り次ぐ必要はねえぜ!

 大人しく御縄を頂戴するか、一ピルム下で寝るか選びな!!」


 死者は土葬する場合、ゾンビ化を防ぐために地上から一ピルム(約一・九メートル)下に埋められることになっている。「一ピルム下で寝る」とは、死んで埋められることを意味するレーマ帝国での慣用句だった。要するに捕まるか死ぬかどちらかを選べという事だ。


「フッ、どちらも選べんな。

 主命は果たさせてもらうし、生きて帰りもする。

 だが、どうしても二つに一つと言うのなら、一ピルム下で寝させてもらおう。

 ただし、主命を果たしたうえでだっ!!」


 ファドは近くにあった水差しヒュドリアを掴んでヨウィアヌスの近くにいたウィル・オ・ザ・ウィスプ目掛けて投げつける。テラコッタの水差しはウィル・オ・ザ・ウィスプにぶつかるとバッと小さな爆発と共に割れて中身の水をぶちまけ、その飛び散った水に触れたウィル・オ・ザ・ウィスプは残り二つに減っていた光球を二つとも消費して爆発を起こし、大音声とともに霧散してしまった。


 バンッババーンッ!!


「野郎…うっ!?」

「うおっ!?」

「「「「きゃーーっ!!」」」」


 ウィル・オ・ザ・ウィスプに水差しがぶつかったせいで起こった派手な水蒸気爆発を間近で受けたヨウィアヌスは衝撃で軽く吹っ飛ばされ、床に転がった。そして飛び散った水差しの破片でその隣にいたウィル・オ・ザ・ウィスプは二つの爆発を起こし、光球が一つに減ったところにファドから茶碗ポクルムを投げつけられ消滅してしまう。

 残り一体となったウィル・オ・ザ・ウィスプも水差しの破片を受けて三つあった光球の一つを消費してしまっており、残りの光球は二つになっていた。そのウィル・オ・ザ・ウィスプに向けてファドが手近にあった茶碗を立て続けに投げつけ、ついにウィル・オ・ザ・ウィスプを消滅させてしまう。


 部屋は再び暗闇に閉ざされた。

 それだけではない、先ほどまで三体のウィル・オ・ザ・ウィスプが作り出す昼間のような明るさに慣れてしまった目は、突然の暗闇に順応できなかった。満月とはいえ窓から入って来る光はあまりにも弱く、ルクレティアたちから視界は完全に奪われてしまう。

 ただ、右目を閉じていたファドだけが、今まで開けていた左目を閉じ、右目を開けることで暗闇での視界を確保していた。


「リウィウスさん、お願い!後をお願いします!!」


 ファドの目の前でこれ以上魔法を使うわけにもいかず、ルクレティアはリウィウスに小声で頼む。


「わ、分かりました奥方様…

 クソぉ!

 ヨウィアヌス!おいヨウィアヌス!!」


 視界を失ったまま目が暗闇に慣れるのを待つしかないリウィウスは円盾を構えたままヨウィアヌスに呼びかける。


「あっ…く、くそ…やりやがった、やりやがったなぁ…くそぉ」


 ヨウィアヌスは返事をしなかったが呻きながらモゾモゾと立ち上がろうとしていた。突然の水蒸気爆発で鼓膜をやられ、リウィウスの声が聞こえていなかったのだ。


 くそ、どうする?どうしたらいい?


「ヴァナディーズ!スパルタカシア様から離れろ!!

 お前が貴族様の影に隠れているせいで、貴族様が危険にさらされていいと思っているのか!?」


 ファドが部屋のどこかからか叫び、リウィウスは剣を円盾を持った左手に持ち替えると、円盾の裏に仕込んであった太矢ダートを掴み取り、声のした方に向かって投げつけた。


「うるせぇぞ!!

 御婦人がたドミナエ、どうぞ壁際へ寄ってくだせぇ!!」


 もちろん、狙って投げたものではないので太矢はガンっと壁に当たって落ちる。


「フッ、どこを狙っている?」


「うるせぇ!!」


 ファドが挑発し、リウィウスは声がした方へ向けて、何も見えない暗闇に向かってもう一本太矢を投げた。やはりガンッと壁に当たって落ちる。


『とっつぁん!とっつぁん!!』


 焦るリウィウスに下から押し殺した声でカルスが呼んだ。いつの間にやらカルスは、円盾の影で周囲から見えない様にポーチからポーションを取り出し、復活していた。そしてそのまま死んだふりをして隙を伺っていたのだった。


『とっつぁん!右だ、右からくるぞ!』


 カルスは軍団兵レギオナリウスになる前、暗黒街で盗みやかっぱらいをして生きてきた。暗闇で生き抜く術を身に受けていたのは、ファドだけではなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る