第428話 作戦の成否

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿門前広場フォルム・テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「ペトミー!ペトミー!!」


 『勇者団ブレーブス』のリーダー、ティフ・ブルーボールがマッド・ゴーレムと戦いながらモンスターテイマーのペトミー・フーマンを大声で呼ぶ。

 倒したマッド・ゴーレムの残骸から生まれた沼スライムスワンプ・スライムのせいで生じたパニックはまだ納まっていない。最初にスライムに吸い付かれていたことに気付いた二人、ルイ・スタフ・ヌーブとアーノルド・ナイス・ジェークは脚から魔力を吸われ過ぎたせいで脚が麻痺しており、立ち上がることも出来ずに他の仲間たちに守られながら回復を待っている状態だ。他のメンバーはそこまで酷い状況ではないが、何人かはやはりいつの間にかズボンの中にスライムに侵入されていて、今メンバーの半数近い五人が下半身下着姿という情けない状態になっている。

 ペトミーは戦闘から離れ、その情けない姿の五人の下半身からスライムを掴んでは投げ飛ばすのを手伝っていた。彼は元々戦闘が得意ではなかったのと、モンスターの感知能力が高かったのがその理由だ。


「何だティフ!?

 スライムをテイムしろっていうんならお断りだぞ!?」


「そんなこと頼むもんか!!」


 スライムをテイム出来ないことは無いがやる意味が無い。スライムは吸い付かれれば厄介だが、動きは遅いし簡単に死んでしまうから戦力にならない。テイムして他所へ追い払ってしまうという方法もなくは無いが、それをするには数が多すぎる。


「じゃあ何だ!?」


「外の様子を確認してくれ!

 この『地の防壁』アース・ウォールの外側だ!

 敵はまだ居るのか!?

 さっきから聞こえる銃声が気になる!

 ひょっとしてファドが敵に見つかったんじゃないか!?」


 彼らがスライムに気付いてパニックを起こす少し前から小さく銃声が聞こえていた。『地の防壁』に囲まれているせいで音は空から反響してきた分しか届かず、銃声がしている方向や距離がいまいちつかめないが、それほど遠くで鳴っているようには聞こえない。

 ただ、銃声は散発的で『地の防壁』の外側にいるはずの重装歩兵ホプロマクスたちの一斉射撃とは異なる。だとすれば、盗賊が近くまで来ているか、それともファドが見つかって警備の兵士に銃撃を受けているかだろう。おそらく前者はあり得ないから後者の可能性が高い。


「わかった。」


 ペトミーは立ち上がると空を見上げてピュィーーーッと指笛を吹いた。ジャイアント・バットが上空で飛びながら待機しているのを呼んだのだ。しかしその時、指についていた泥が口に入ってしまい、ペトミーはわずかに顔をしかめ、ペッペッと口に入った泥を吐き出す。


 マッド・ゴーレムと一人で戦っていたがデファーグ・エッジロードが、ティフとペトミーの会話が耳に入ったらしくティフに大声で尋ねる。


「ファドだって!?

 ファドがこっちに来てるのか?!

 何でファドが!?」


 デファーグは今回も作戦のすべてを話してもらえていなかった。デファーグはファドは第二部隊に攻撃命令を伝えた後、盗賊たちを指揮すると教えられていたのだ。

 ティフは内心でチッと舌打ちする。面倒な奴に聞かれてしまった自分の迂闊さに腹が立つ。


「ティフ!

 ファドは盗賊の撤退の指揮をしているんじゃなかったのか!?」


 答えないティフにデファーグはマッド・ゴーレムを斬り倒し、斬り倒されては復活するマッド・ゴーレムと際限のない戦いを続けながら問い続ける。ティフもまた、別のマッド・ゴーレムの相手をしながら答えた。


「そうだ!

 第二部隊も第三部隊も多分、撤退している!

 だが、外で銃声が聞こえた。

 “敵”が銃を撃つとしたらファドしか考えられん!

 だからファドじゃないかと思ったんだ!」


 真実はもちろん異なる。ティフは万が一のことを考えて作戦を練っていたのだ。


 ヴァナディーズが話してしまった以上、“敵”は『勇者団』の事を当然知っているだろう。だとすれば、それなりの対抗策を練って来る可能性が高い。それに昨夜の彼らを撃退した謎の“敵”…おそらくはルクレティア・スパルタカシアに加護を与えているであろう《地の精霊アース・エレメンタル》…その実力は侮れない。

 これらのことから、ティフは『勇者団』が全力でぶつかってもヴァナディーズ殺害の目的を達成できないかもしれないと考えていたのだ。


 そこで、ティフは自分たち自身を囮とし、“敵”の注意を自分たちに引き付けておいて、ファドを背後から侵入させてヴァナディーズを仕留めることを目論んだ。

 『勇者団』の存在を知った“敵”は間違いなくティフたちを主力と思い込むに違いない。実際、ゲーマーの血を直接引く聖貴族十二人の実力は強大だ。しかもその十二人の中にはハーフエルフが四人も含まれているのである。仮に盗賊たち全部が一斉に裏切っていきなり襲い掛かってきたとしても負けないだけの実力はある。

 レーマ軍の重装歩兵ホプロマクス二個百人隊ケントゥリアが相手でも、全力を出せば正面から戦ってもなんとかできただろう。さっき狼狽えたのは“敵”がこちらの動向を完全に掴んでいて待ち構えていたことと、背後から現れたロック・ゴーレムに驚いてしまったからにすぎない。


 実際、“敵”はこちらに全力を向けてきた。おそらく残存戦力のすべてと思われる重装歩兵ホプロマクス二個百人隊ケントゥリアと《地の精霊アース・エレメンタル》…いずれもティフの予想を上回る戦力だが、ともかくそれらをすべてこちらに向けてきた。

 ならば、そうだからこそ背後に隙が出来るはず。


 その隙をつくべく、ティフは潜入の天才であるファドに別行動をとらせたのだ。ご丁寧に万全を期すため、ティフたちは自分たちが装備していた『魔力隠しの指輪』リング・オブ・コンスィール・マジックをファドに預け、装備させていた。『魔力隠しの指輪』はステータスを小さく見せる効果を持つ魔導具マジック・アイテムであり、強力な魔力を持つ聖貴族が誰にも気取られることなく一般人に化けて旅するために装備していた物だった。

 それを装備していたハーフエルフ四人が、四つともファドに預け、装備させたのである。《地の精霊アース・エレメンタル》といえどもファドを脅威と認識できなくなるだろうし、逆にティフたちは隠していた実力が露わになり、これまで以上の脅威として認識するようになるだろう。


 そのティフの作戦は見事に当たっていた。実際に《地の精霊アース・エレメンタル》はティフたちを昨日来た彼らより強力だと認識したし、ファドの侵入に気付くことが出来なかった。

 しかし、そのことを…自分たちの作戦が成功していることをティフたちは知らない。知る術がない。


 だから銃声が聞こえた時、ティフは不安になったのだ。

 ティフたちは確かに“敵”を引き付けることに成功した。重装歩兵二個百人隊ケントゥリアと、おそらく《地の精霊》も近くにいるはずだ。しかし、重装歩兵とは『地の防壁』によって分断されてしまった。せっかく引き付けた“敵”と分断されてしまっては囮としての役目を果たせない。


 もしかして自分たちを囮にして背後からファドを潜入させるという作戦さえも読まれてしまっていたのではないか!?


 ティフは“敵”の対応のあまりの見事さに、そんな不安を抱きはじめていた。もしもそうなら…ファドの潜入が失敗しているのなら…彼らがここでゴーレム相手に戦い続ける意味は無い。本格的に撤退を考えねばならないのだ。


「ティフ!」


 上空から舞い降りてきたジャイアント・バットと念話していたペトミーがティフを呼び、報告した。


「神殿の裏手で火事が起きてる!

 銃声は建物の中から聞こえているらしい!

 それで、『地の防壁』の外にいた兵隊たちが半分くらい建物に戻り始めたそうだ!!」

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