第1422話 巻き込まれるオト

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞陣営本部プリンキパーリス・カストリ・マニ/アルトリウシア



 バレなければ大丈夫、バレっこない……まるで子供に言い訳である。リュウイチが何かに失望したように目を閉じ眉間を揉み始めた丁度その時、ドアがノックされた。ロムルスはネロとアイコンタクトを取り、さっとドアに足音を殺して駆けよるとドアを小さく開けてノックした本人を確認する。


「……オ、オトと、アウィトゥスが来やした」



「アウィトゥス?」


 ロムルスの報告にネロが怪訝けげんな表情を見せる。アウィトゥスは今日は朝から姿が見えていなかった。アウィトゥスは今日は休日のはずだから別にいなくてもいいのだが、今更ここに来た理由が分からない。

 オトはリュウイチからリュキスカへの言伝ことづてを預かっていたのだからそれで返事をもらって帰って来たのだろうというのはわかる。それが無かったとしてもオトは今、ゴルディアヌスが尋問されている件についてガッツリ関わっている関係者だから来たのなら部屋に入れていいだろう。というか、入れなきゃダメだ。むしろもっと早く来てほしかったくらいだ。

 それに対してアウィトゥスは今回の件には関わっていない。同じ奴隷セルウス仲間だし軍団兵レギオナリウスだった時は同じテント組コントゥベルニウムで同じ釜の飯を食った仲……いわば運命共同体とも言える仲ではあったが、今は一蓮托生いちれんたくしょうという程の仲ではないしこの件に関しては無関係。むしろゴルディアヌスの名誉と自尊心を考えるなら、アウィトゥスにこの場を見せるのは良くないだろう。

 判断に迷ったネロはリュウイチを見た。が、リュウイチはジッと目を閉じて眉間を揉んだまま反応を示さない。どうしたものか、自分で判断せずにリュウイチの意向を確認した方が良いだろうか、それともオトだけ入れてアウィトゥスを追い払った方が良いだろうか……ネロが答を出せないで居る間にリュウイチは眉間を揉むのを止めて顔を上げた。


『入ってもらって』


 リュウイチは一言そう言うと、組んでいた足を崩して茶碗ポクルムを手に取った。ネロが淹れた香茶は既に冷めて湯気は立たなくなっていたが、それでも口を付けると人肌よりは熱を感じる程度に温かい。リュウイチはそれを一口啜ってから、一気に煽るように飲み干した。

 ネロはロムルスに向かって頷き、ロムルスはドアを開けて外に立っていた二人を招き入れる。オトはやや気まずそうに入るとそのままゴルディアヌスの近くまで進み、ネロと目配せするとゴルディアヌスの隣に立った。そして円卓メンサの上にいるトルキラの姿を見止めると一瞬ギョッとする。一方のアウィトゥスは部屋に入るなり異様な雰囲気に飲まれ、ドアを閉めるロムルスに小声で「何かあったのかよ?」と尋ねた。


「後で話してやる。

 隅っこで大人しくしてろ」


 ロムルスにそう言われたアウィトゥスは普段なら「偉そうに命令すんな」とかロムルスに反発しただろうが、雰囲気に飲まれたアウィトゥスはゴルディアヌスの背中を見つめたまま「あ、あぁ」と力なく答えてロムルスの隣にたたずんだ。


旦那様ドミヌス、遅くなって申し訳ございません」


『いや、返事は聞けたのかな?』


 オトが切り出すと、リュウイチは先に自分が頼んだ案件についての回答を求めた。リュキスカに守護精霊ガーディアン・エレメンタルを付けるならどの精霊エレメンタルが良いか希望を聞いて来いというものだ。


「はい、奥方様ドミナは《火の精霊ファイア・エレメンタル》様が良いそうです」


 リュウイチはオトの返事を聞くと口元に手を当て、フムと小さく声を漏らす。リュウイチがこの世界ヴァーチャリアに来て出会った女性はそれほど多くないが、リュキスカはその中では気の強い方だ。なにせリュウイチに噛みついて来る唯一の女性なのだ。いや、唯一の人間なのだ。他は老若男女問わずリュウイチに対してはせいぜいなだめる程度であり、正面から批判したり啖呵たんかきってきたりしてくる人間はリュキスカのみである。そして《火の精霊》はリュウイチがこの世界に来て一番最初に召喚し使役した精霊だが、他の精霊に比べてやはり気性が激しく好戦的な印象が強い。二人は確かに相性が良さそうな気はするが、逆に気が合いすぎて抑制が効かないんじゃないかと心配な気もする。


 大丈夫……なのか……???


 悩みかけてリュウイチは考えるのをすぐに放棄した。どうせ魔力はリュウイチから供給されることになるのだから、暴走したら魔力の供給を断ち切るとか言っておけば《火の精霊》も下手なことはすまい。それにリュキスカはリュウイチに対して面と向かって文句を言ってくるが考え無しなわけではなさそうだ。力関係やお互いの立場が分からなくて調子に乗っているとかではなく、元々向こうっ気が強いのだろう。リュキスカと最初に会った夜、店で刃物を振り回して暴れ始めた暴漢の前に、おびえながらも立ちはだかってリュウイチを守ろうとしたくらいだから元々勇気はあるのだ。なら、彼女なりの知恵に期待してもいいのかもしれない。

 リュウイチのようにコミュニケーション能力に乏しい男は、夜の街を生きる水商売の女の世を渡っていく知恵・処世術を無意識に過大評価してしまう傾向がある。逆に頭っから完全に否定して馬鹿にする男も多くて両極端なのだが、リュウイチもまたリュキスカのその辺りの能力を妙に過信しているところがあった。リュウイチは口元に当てていた手を降ろす。


『分かった。

 あとで魔道具マジック・アイテムと一緒に渡そう』


 ネロはリュウイチの茶碗ポクルムが空になっていることに気づき、そっと回収してお代りの用意を始めた。


『次はそのトルキラの件だ。

 ゴルディアヌスと《風の精霊ウインド・エレメンタル》、トルキラ本人からも話は聞いたけど、オトからも念のため話を聞いておきたい』


 リュウイチがそう言うとオトは信じられないという顔をして隣のゴルディアヌスを見る。それに気づいたゴルディアヌスは申し訳なさそうに顔を歪めて小さく「すまねぇ」と絞り出すような声で謝った。

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