第1423話 オトの尋問
統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐
事態を察したオトが浮かべた表情を言葉にするなら「だから言わんこっちゃない」だった。オトは
『オト、君の知っている範囲でことの経緯を聞かせてほしい。
ゴルディアヌスからいつ、どこで何を頼まれたんですか?』
リュウイチはオトのことをネロたち八人の中で年齢的には上から三番目ぐらいだが一番の常識人だと考えていた。軍人になる前は職人として生計を立て、所帯を持って立派に一家を養っていたということから、独身だったリュウイチはオトのことを敬意をもって接する価値のある人物だと評価しており、オトに対する態度や言葉遣いは他の奴隷たちに対するより丁寧である。だがそれは同時に、オトがリュウイチの常識人という評価に伴う期待を裏切ったことをも示しており、オトは言いようのない心苦しさを覚えていた。
「きょ、今日の昼前、報告会の前のことです。
『どんな相談でしたか?』
「……その、エ、エルゼ様が、先週の毒ロウソクのことを思い出され、お泣きになられたと……それで、御可哀そうだから力を貸してほしいと……」
リュウイチは大きく鼻で息を吸い、そしてそのまま鼻から吐き出した。だがその鼻息は静まり返った室内にやけに大きく響き、オトとゴルディアヌスは思わず固唾を飲み込んだ。そのタイミングを見計らったわけではないだろうが、ネロがスッと新しい香茶の入った
香茶の香りに鎮静効果があるというのは本当かもしれない……。
『続けてください』
身体を硬直させていたオトはリュウイチに促され、閉ざしていた口を再び開いた。
「は、はい……
さ、最初は、《
茶碗に注がれていたリュウイチの目がオトへ向けられ、オトは喉の奥がキュウッと締まるのを感じた。覚えた息苦しさに唾を飲み込もうとするが、やけに飲み下しにくい。何とか飲み下したものの息苦しさは解消せず、オトはハッと何か咳き込むように息を吐き、やっと声が出せそうになると話を再開した。
「わ、私は、それを断りました。
大協約に反しますし、礼拝に来ているキリスト坊主は
キリスト坊主で一番魔法に
そ、それでゴルディアヌスは一度諦めてくれたんですが……」
リュウイチが茶碗を口元へ運び、ススッと静かな音を立てて啜った。オトもそれに誘われるようにゴクリと唾を飲みこむ。いや、実は口の中はさっきからずっと乾いていてカラカラだ。唾を飲み込もうにも飲み込む唾など口の中には無い。さっきから飲み込んでいるのは唾ではなく空気だ。飲み下しにくいわけである。オトはさっきから気になっていた違和感の正体にようやく気づいたが、しかしそれは彼の窮状を救う何の材料にもならなかった。
「それでもゴルディアヌスは《
オトは説明しながら、自分は悪くないんじゃないかと思い始めていた。そう、オトはゴルディアヌスに無謀な真似をしないように説明し、説得し、諦めさせたのだ。そのうえで知恵を借りたいというから取り次いだだけであり、そこで何かお咎めをうけるようなことは何もないはずだ。だというのにこうして痛くもない腹を探られている……何がどうしてバレたのか知らないが、オトはゴルディアヌスに巻き込まれただけであり、とんだとばっちりである。腹が立ってきたオトは思わずチラリとゴルディアヌスの方を見た。ゴルディアヌスもそれが分かっているのか、何か本当に申し訳なさそうに目をギュッとつむって俯いている。多分、歯も食いしばっているのだろう、頬の筋が少し張っている様子が見えたが、もしかしたらそれはロウソクの光の加減でそう見えただけだったのかもしれない。
『それで、《
リュウイチの質問にオトはハッと我に返った。
「いえ!
その、《
『どういう風に?』
「その……最初に御断りをさせていただきました。
仕損じたら
リュウイチは再び香茶を一口啜り、口をへの字に曲げて茶碗を両手で抱えるように持て太腿の上に降ろすと、自身の上体を背もたれに預けた。
「《
ですが、私らも
オトが言葉を慎重に選びながらそう言うと、リュウイチは背もたれに預けていた上体を起こした。
『何で私に知られてはならないんだい?』
オトは一瞬面食らったように目を丸め、束の間考え、やがて思い切ったように答える。
「
そしたら、
リュウイチは再び背もたれに上体を預け、オトは続ける。
「
ウ、《
なので、
オトは自分の言い訳がだいぶ苦しいと思い始めたのか、その言葉は次第に弱くなり、最後はしりすぼまりになって途切れた。
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