第1424話 問題の本質

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞陣営本部プリンキパーリス・カストリ・マニ/アルトリウシア



 なるほど、どうやらオトはオトなりに大協約の規制を逃れる方法を考えたうえでゴルディアヌスに協力していたようだ。

 確かに、その時点でゴルディアヌスは《風の精霊ウインド・エレメンタル》から知恵を借りたいとだけ言っている。力を借りたいとは言っていない。《風の精霊》の力はリュウイチの力と見做されるそうだから《風の精霊》から力を借りればそれすなわち《レアル》の恩寵おんちょうを独占したと言われる可能性が高いが、知恵を借りるだけなら……《風の精霊》は元々この世界ヴァーチャリアにも存在するのだし、リュウイチの眷属とは言え《風の精霊》は別に《レアル》からやってきた存在ではないのだから、《レアル》の恩寵とは見做されないだろう。オトの判断は軽率だったかもしれないが、ゴルディアヌスの頼みを断り切れなかったのも分からなくはない。


『……それで、《風の精霊ウインド・エレメンタル》は話を引き受けたのか?』


『結果を言えばその通りです、主様。

 私はオトからこの仕事が主様とどう関係するのかを聞かされ、その後にゴルディアヌスを紹介され、ゴルディアヌスから相談を受けました』


 リュウイチの尋問が《風の精霊》に向けられたことで、ゴルディアヌスとオトは密かに息をついた。まだ終わったわけではないので安心できるわけではないが、しかし仮に同じ戦場に居るとしても自分に銃口が向けられている時と向けられていない時では緊張の度合いは変わるものだ。リュウイチの尋問が再び自分に及ぶまでは、少し緊張をほぐしていられる。


『相談の内容は?』


『ゴルディアヌスの説明にあった通りです。

 かつて礼拝が行われた部屋で毒煙を吸って怖い思いをした貴族の幼子がその時の事を思い出して怖がっているので、再び同じことが起きないように部屋の中を見張り、何かあればすぐに助けに入れるようにしたいと。

 ただし、部屋の中には魔力に優れた神官がいるので魔法は使えないし私も他の精霊も近づいてはならない。ゴルディアヌス自身も入ることは出来ないと。

 どうしたらいいか教えてほしいとのことでした』


 リュウイチは溜息と共に尋ねた。


『それで、お前はトルキラを貸したのか?』


『我ながら最善であったと自負しております』


 憂鬱そうなリュウイチの様子に反して《風の精霊》の答えには全く淀みがなく、むしろ誇らしげですらあった。リュウイチは思わず両手で顔を覆い、そのまま目の周りをマッサージしながら深い溜息をついた。


 果たしてどうしたもんだろうか?


 全員が良かれと思って行動している。そして誰も被害を被っていない。おそらくここにいる者を除く誰にも気付かれていないだろう。つまり、事件も事故も起きてはいないのだ。ただ、事件や事故につながりかねないことではあった。

 トルキラは《風の精霊》の眷属……《地の精霊アース・エレメンタル》の眷属であるグルグリウスの協力を仰ぐのが大協約に反しないというアルトリウスやルキウスの説明が正しいなら、ゴルディアヌスがトルキラの力を借りるのも大協約には抵触しないはずだ。しかし実を言うとリュウイチはグルグリウスの力を借りるのは法的に問題ないとするルキウスの説明に納得がいっていない。したがってトルキラを借りたゴルディアヌスも厳密にはギルティなのではないかと考えている。もちろん物的証拠が残されているわけではないのだから、仮に後で誰かに知られたとしてもこちらが認めなければ問題となる可能性は限りなく低いだろう。


 けど、それで本当にいいのか?


 リュウイチは顔を覆う手をそのままに俯いた。自然と指先が目の周りから額へと移り、今度は額を揉み始める。


 法的に問題があるかないか……本当の問題はそこじゃない気がする。

 そうだよ、《風の精霊ウインド・エレメンタル》は私の眷属だし、ゴルディアヌスは私の奴隷だ。どちらが何をやったとしても私がやったのと同じ扱いになる。……てことは彼らが何かをやったからって大協約とやらには関係ないんじゃないか? 私が魔法や魔導具マジック・アイテムを使ったって私自身は違法ってことにはならないんだろ? じゃあ、彼らが何かやったからってこっちが裁かれるようなことはないんだよな?


 リュウイチは手を降ろし顔を上げるとあてもなく天井を見回した。リュウイチは思考が堂々巡りをしたあげく、その思考は既に一度通り過ぎた地点へ戻り、そしてそこから堂々巡りへ至ったルートを忘れてしまった。リュウイチ自身は責任は問われなくても、その恩恵を受けた貴族(この場合はエルネスティーネ)がリュウイチをたぶらかして力を使わせたことにされて罪に問われる可能性があるからやめてくれと言われたのをいつの間にか忘れてしまったのだった。ただ自分が責任を問われるわけではないという点で安堵を覚え、その思考はどこかへ突き抜けてしまう。


 う~ん……じゃあ何が悪いんだ?

 バレなきゃそれでいいどころか、バレたところで問題にならないんじゃ……

 いや、そもそものか?


 不安そうにリュウイチを見つめる一同の視線に気づけないまま、リュウイチは思考を巡らせ続ける。


 何か引っかかるな……

 きっと問題の本質は法的にどうかじゃないんだ。

 じゃあ、何が問題なんだ?

 

 あてもなく彷徨さまよい続けたリュウイチの視線はオト、そしてゴルディアヌスを捕えた。目のあった瞬間、オトもゴルディアヌスもそれぞれ気まずそうに顔を伏せたり視線を逸らしたりする。首を傾げながらジッとまっすぐリュウイチを見つめていたトルキラと目があった時は、トルキラはピクリと全身を震わせて身体ごと横へ向いた。


 ……うん、そうか……

 ひょっとして私は、自分が仲間外れにされているのが気に入らないのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る