第1425話 アウィトゥス暴発
統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐
リュウイチは何度目になるか分からない深い溜息をつきながら顔に当てていた両手を降ろし、
『まず最初に言っておくけど、この件に関して誰かに罰を与えようとか言うようなことは考えてない』
自分自身がこの場の緊張感に堪えられなくなったリュウイチは、まずは全員の不安を解消することが重要だと気づき、断わった。それで何人かは幾分か緊張を解いたが、何人かは相変わらず緊張を保ったままリュウイチを注視し続けている。
リュウイチはゆっくりと茶碗を口元へ運び、一口啜る。その香には緊張を和らげるリラックス効果があるとされる香茶だが、その効能は迷信かもしれない。だが、この少し癖のある香と柔らかな口当たり、そして飲む瞬間に喉奥をくすぐるような不思議な感覚があるくせに飲んだ後に喉をスッキリとさせる喉越しは、緊張していると無意識に頼りたくなる妙な魅力があった。何かに安堵した時のようなホウッという息を口から吐き、茶碗を降ろす。
『ただ、何ていうか……』
何て言おう? ……自分が仲間外れにされたような感じが嫌だっていうのは、そのまま言うのはチョット……
リュウイチを彼らが自分たちの企みに加えなかったのは彼らなりに大協約に反しないようにすることを考慮した結果であって、リュウイチ自身に対して何か思う所があってのことではない。それを分かったうえで疎外感を訴え、文句を言うのは子供っぽい気がして
『バレなければ良いっていう考えで何かをするのは、できればやめてくれ。
そういうのは大概、バレたらいけないことで、バレたら大ごとになることだ。
それに、実際にバレずに済むってことはほとんどない。
今回もそうだったろ?
一度や二度は大丈夫でも、いずれはバレる。
それで誰かが責任を負うことになる』
結局、リュウイチは当たり前な常識を説くことに逃げた。
『バレないようにしなきゃいけない、隠さなきゃいけないって時点でそれは悪い事なんだ。
君ら自身、悪いと分かっているから、バレないように、隠すようにするわけだろ?
だったら、それは……やっちゃいけないし、やらないでほしい。
バレるかどうかは所詮は時の運だ。
そして運に任せるってことは、博打をしているのと同じだ。
博打っていうのは、勝つこともあるけど、いつかは必ず負けるんだ。
そして負けた時ってのは、必ず勝った時の分以上に負ける。
最終的には赤字で終わる。
遊びで納まる程度なら博打も良いけど、誰かの運命がかかるような博打ならやっちゃダメだ。必ず負けるんだから、負けても大丈夫な範囲を超えて勝負を挑んじゃいけない。それは遊びの範囲を超えている』
リュウイチは切れ途切れになりながらも、言葉を選んで話を紡ぎ続ける。この場にいた多くの者はその言葉を神妙な面持ちで聞いた。正直、愚にもつかない御説教だと思っている者もいるが、しかしお互いの立場、現状に至った理由が理由だけに素直に受け入れるしかない。が、この中に一人、そうした背景に当てはまらない者がいた。アウィトゥスである。
アウィトゥスは今回の件に一切関わっていない。おまけに朝から出かけていてたった今帰って来たばかりだ。理由もわからずに仲間と一緒に御説教を聞かされる羽目になり、一人納得がいっていない。ただ、場の雰囲気がそうだから大人しく聞いているというだけだ。が、それも幼い精神の持ち主である彼には苦行が過ぎたようだ。
「えぇ~……
そんなん誰だって一緒じゃねぇか……
思わずボソッと漏らした言葉がたまたまリュウイチの言葉が途切れた瞬間に重なり、全員の耳に届いてしまった。場の空気が一瞬で凍り付き、アウィトゥスもハッと気づいて顔を青くする。
「アウィトゥス、この馬鹿!」
隣にいたロムルスが押し殺した声でアウィトゥスを𠮟りつけたが時既に遅し、もはやごまかしようがない。
『えっと……何か言った?』
苦笑いを浮かべたリュウイチはその問いは誰かが「何でも無いです!」と打ち消してくれることを期待して投げかけたものだった。誰かに打ち消してもらうことで気のせいだったことにして水に流すつもりだったのだ。が、アウィトゥス以外の全員が御説教を聞くモードになり切っていたがためにリュウイチの下手なフォローを活かしてくれる者が一人もいない。結果、アウィトゥスを吊るし上げるような空気が醸成されてしまう。
隣のロムルスもジリジリと離れて行こうとしている中、全員の視線を一身に浴びてしまったアウィトゥスは最初のうちこそアワアワとしていたが、そこは悪たれ小僧なりに軍隊で飯を食っただけあってもうどうにもならないと悟ると腹を
「
女……
アウィトゥスは好奇心旺盛で無邪気になんにでも手を出し口を出してしまう性分だが、臆病でもある。だからこそ軍隊にあこがれ、ゴルディアヌスのような男に憧れ、腰ぎんちゃくのようについて回ったりしている。そして臆病な奴ほどイザという時になると何をしでかすか分からない。今のアウィトゥスはがまさにそれだ。誰にも分からない理由で誰にも予想できなかったタイミングで暴走しはじめてしまったのだ。
「オイ、よせ馬鹿!」
とばっちりを避けるために一度は距離を置こうとしたロムルスだったが、逆にこのまま手をこまねいては却って不味いと思ったのか慌ててアウィトゥスを制止しようとする。しかし暴走し始めているアウィトゥスが普段から馬鹿にしているロムルスの言うことなんか聞くわけがない。
「うるせぇ!
ホントの事だろ!?」
アウィトゥスは反射的にロムルスが伸ばしてきた手を跳ねのけた。その勢いのままアウィトゥスは続ける。
「
そんで
誰にもバレなきゃ大丈夫って思ったからやったんだろ!?
ホントの事じゃねぇか!!」
全員が唖然とし、固まった。
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