第1136話 ルクレティア
統一歴九十九年五月十日、早朝 ‐
昨夜、グルグリウスがペイトウィン・ホエールキング捕縛のために出発すると、すぐに
カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子はというとグルグリウスを見送った足でそのまま捕虜であるジョージ・メークミー・サンドウィッチとアーノルド・ナイス・ジェークの待つ部屋へ向かっている。そして届けられた手紙を見せ、筆跡や蝋封の紋章などから書いた人物がペイトウィン・ホエールキングに間違いないらしいことを確認すると、ペイトウィンの実際の人柄や『勇者団』の中での役割や位置づけ、様子、本人の人柄などを問いただした。仲間については口を閉ざすと前々から宣言していた二人だったが、カエソーが拍子抜けするほど素直に洗いざらいしゃべってくれた。
ルクレティアはというと、グルグリウスを送り出した後は他の全員の勧めもあって自らの
そして朝……目が覚めたルクレティアは約束通り《地の精霊》からペイトウィンを捕まえたという報告を受け取り、
「……そう、では
「はい、アジトだった納屋には警戒のため
本日、ルクレティア様がシュバルツゼーブルグを御発ちになられた後、もう一度本格的にお調べになられるそうです。」
予想通りといえば予想通り……不謹慎な言い方をすれば何も面白いことは無かったわけだ。
「御客人の御様子はどうかしら?」
御客人とは言わずと知れたメークミーとナイスの二人のことである。彼らは実質的に捕虜ではあるが、曲がりなりにも聖貴族……この世界で最も高貴な身分でもあるため、実態はともかく名分はあえて捕虜ではなく客人という位置づけにしている。貴族が捕虜になったとなれば名誉に傷がつくし、捕虜にした側も「高貴さを解さぬ不埒者」という評判がたちかねない。このため貴族はお互いの名誉のため、このように実質的には捕虜ではあっても客人として扱うのは慣例だった。もちろんこれは彼らの正体を隠すための偽装工作の一環でもある。彼らは対外的には見聞を広めるために旅行中のムセイオンの学士ということになっているのだから、あからさまに虜囚として扱うことはできない。
「
昨夜尋問なされた時も、非常に素直に御協力くださったと申されておられました。」
「なによりだわ。
何か気づかれたりとかは?」
ヴォルデマールにとって盗賊団の
ヴォルデマールはシュバルツゼーブルグを治める
治安部隊の人数が絶対的に足りない……しかしヴォルデマールにとって五百人もの私兵を動員・運用するのは法制度上の上限であるのと同時に、シュバルツゼーブルグ財政の限界でもあった。
結局、ヴォルデマールは街の外の治安をある程度諦め、治安部隊は街の中の秩序を守ることに専念させざるを得なくなってしまっていた。街の外での治安の悪化は当初から予想されてはいたが、実際にシュバルツゼーブルグの街から一歩外へ出ればほぼほぼ無法地帯と化してしまっている。
それでも街道沿いは侯爵家お抱えの
現実問題としてヴォルデマールの手に余る事態ではあった。が、法律上も道義的にもヴォルデマールには責任がある。にもかかわらず現に治安を悪化させ、結果的に野放しになっていた盗賊団によってブルグトアドルフの街が壊滅させられ、ルクレティアの一行も襲撃を受け、あまつさえ隣国サウマンディア属州の伯爵公子カエソー・ウァレリウス・サウマンディウスも負傷を負ったというのだ。ヴォルデマールが気にしないわけはない。
ヴォルデマールはせめて失点を挽回すべく、あの手この手でルクレティアとカエソーを持て成そうと
昨夜、《地の精霊》がグルグリウスを眷属に加えた一件は
しかし、ルクレティアの心配は杞憂だったようだ。セルウィウスはどこか馬鹿にしたような風を
「何かを怪しまれておられる様子はありません。
もしかしたらセルウィウスにはヴォルデマールが
もっとも、セルウィウスも貴族ではないが一応商人の息子であるから、普段なら当人に聞かれては人間関係を壊しかねないようなことは腹の底では思っていても簡単に口には出しはしないが、もしかしたら今日は油断したのかもしれない。
「それは
では、今日は予定通り出発でいいのかしら?」
ルクレティアはセルウィウスのどこか不遜な、どこか拗ねたようにも見える態度を無視した。
「ハッ、
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