第1137話 進路変更
統一歴九十九年五月十日、早朝 ‐ シュバルツゼーブルグ近郊/シュバルツゼーブルグ
「お呼びですか、ブルーボール様?」
ティフに追いついたスワッグは息を弾ませたまま尋ねる。吐く息が白い。スワッグの声に振り返ったティフの顔は、少し青ざめて見えた。
「スワッグ、先を進んでくれ。
前衛を頼む。」
「前衛ですか!?」
スワッグは魔力で強化した肉体を駆使しての格闘戦闘を得意とする戦闘職だ。前衛か後衛かと言えば間違いなく前衛職なのだから前衛を命じられること自体は問題ではない。問題なのは戦闘中でもない今このタイミングでの前衛を命じられたことだ。
え!? どこかに敵が潜んでるのか???
一度目を丸くしたスワッグが慌てて周囲を見回し始めると、ティフとデファーグは苦笑した。
「別に戦おうっていうわけじゃない。
逆だ。
敵との遭遇を避けるためだ。」
スワッグは格闘戦闘の専門家……それも同じ格闘技の使い手同士で戦うような競技用の格闘術ではなく、魔法で強化した肉体を駆使して鉄砲の普及した世界で武器を持った敵と正面からぶつかり合うことを前提にした実戦格闘術の使い手だ。当然、圧倒的なリーチの不利は単に魔法で肉体を強化しただけでは補えない。武器を持った敵の攻撃を
シュバルツゼーブルグの街は濃い霧に覆われており、視界が利かない。彼らのいる街道は標高があるため霧に覆われてはいないが、このまま前進して坂道を下り始めればそのうち霧の中に飛び込んでいくことになるだろう。
「あぁ! シュバルツゼーブルグに居るレーマ軍に見つからないようにってことですか!?」
つまり、
が、どうやらティフの見たところスワッグの理解は少し間違いがあるようだった。少し困った様な目で笑みを消し、スワッグを見下ろす。
「ああ、まあレーマ軍に見つからないというのはそうなんだが、目的地はシュバルツゼーブルグじゃない。」
「え!? じゃあどこへ?」
てっきりシュバルツゼーブルグのアジトで朝食だと思っていたスワッグは本気で驚き、思わず表情を消してしまう。
「ブルグトアドルフだ。」
「ブルグトアドルフ!?」
スワッグは愕然とした。今からブルグトアドルフに行くとなると、到着は昼頃になってしまうだろう。
「ああ、まずペトミーと合流する。
アイツは《
再集結を命じてある盗賊どもと合流してるはずだから、俺たちもそこへ行く。」
「い、今からブルグトアドルフへ行ったら、また
「分かってる。」
抗議するスワッグにティフはやや真剣な面持ちで頷いた。
「だが昨日の、峠の
そのためにペトミーとファドに残ってもらったんだからな。」
昨夜、レーマ軍の通信兵から奪った暗号文によれば、グナエウス峠の向こう側ではダイアウルフが暴れまわっているせいで通行できなくなっている。そしてレーマ軍がダイアウルフを駆除するまで、ルクレティア一行はグナエウス砦で待機するようにという命令が書かれていた。そこでペトミーとファドにレーマ軍のダイアウルフ駆除作戦を妨害し、ダイアウルフを生き延びさせることでルクレティアの足止めをさせることにしたのだ。
「
とりあえずシュバルツゼーブルグの街に入って朝食にあり付きたいスワッグは何とかティフの考えを改めさせようと頭を巡らせる。が、徹夜明けの頭では
「悪いがアイツの足止めがうまくいくとは期待できない。
ただ、どういう足止めをしたかも含め、一度確認した方がいいだろう。
だから今はペイトウィンとの合流を優先する。」
「じゃ、じゃあシュバルツゼーブルグには、本当に?」
「ああ、この先で北へ向かう裏道があるはずだ。
そこからシュバルツゼーブルグを大きく北へ迂回し、ライムント街道を越えて街道の東側からブルグトアドルフのアジトを目指す。」
ティフが冷静に説明すると、その向こうからデファーグがスワッグを慰めるように付け加えた。
「シュバルツゼーブルグの街の真ん中にある領主の館に
今、シュバルツゼーブルグに入ったら、《
それを言われるとぐうの音も出ない。さすがにティフ達が束になっても敵わないような強力な
「スワッグ、シュバルツゼーブルグで朝飯食ってる暇は残念ながらない。
デファーグが言ったようにシュバルツゼーブルグには《
「それは、昨夜だって同じでしょ!?
《
スワッグの抗議にティフは面食らい、思わずデファーグと顔を見合った。同じ聖貴族とはいえハーフエルフとヒトではヒエラルキーが違う。ましてティフとデファーグはゲーマーの子、大してスワッグはゲーマーの孫で世代も違う。そんなスワッグがティフに対して反抗的な態度をとるとは思ってもみなかったのだ。
「スワッグ、聞け。
昨日と今日では状況が違う、いいか?」
ティフは一度深呼吸すると思いつめたような真剣な表所杖そう切り出した。
「ブルグトアドルフで俺たちは《
その時、俺は《
《
だから、大人しく話をしに行けば
「今日は、違うんですか?」
「……そうだ。
昨日、ペイトウィンが
多分、アイツのことだから相手を挑発したり脅したりしてると思う。
だとしたら、向こうはこっちが戦う意思があるんだと誤解してるかもしれない。
もしそうなら、会いに行っても会ってはもらえないだろう。
話し合うと見せかけて攻撃しに来たんじゃないかって、疑われる。」
スワッグは口をへの字に結んだ。
「で、でも、そうとは限らないじゃないですか?
馬鹿じゃないんだから……と言いかけたところでティフが首を振り、スワッグの言葉がとぎれた。
「確かに、もしかしたら挑発とかしてないかもな。」
「だったら!」
「でも、それを確かめるためにも一度ペイトウィンに会わなきゃいけないんだ。
じゃないと、このままシュバルツゼーブルグに入るのは危険すぎる。
だろ?」
スワッグは朝食を諦めざるを得ないことを、受け入れざるを得なかった。
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