第549話 桎梏からの解放

統一歴九十九年五月七日、晩 ‐ シュバルツァー川ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



「もうちょっとだ…もうちょっと、こっち…へ。」


 《地の精霊アース・エレメンタル》による『荊の桎梏』ソーン・バインドによって捕らえられたまま放置されてしまった『勇者団ブレーブス』のティフ・ブルーボール、スモル・ソイボーイ、ルイ・スタフ・ヌーブの三人と、《地の精霊》の情けにより『荊の桎梏』による戒めを解かれていたペトミー・フーマンの四人は、彼らを囲む四体のストーン・ゴーレムたちを刺激しないよう注意しながら互いに集まるようににじり寄っていく。


 最初、彼ら三人は『荊の桎梏』を魔法によってどうにかしようと考えた。手足を動かせないのなら魔法で…と、考えるのは彼らにとって当然の発想である。だが、その試みはうまく行かなかった。

 『荊の桎梏』は魔法によって生み出されたいばらによって被術者を縛り上げて身動きを取れないように拘束してしまう魔法である。だが、どうやら身体のみならず魔法も封印してしまうらしく、拘束されてしまった三人は魔法を使って『荊の桎梏』を解除することが出来なかった。魔法を使おうとしても、集中したはずの魔力がどこかへ散ってしまう…どうやら荊の棘を通じて吸い取られてしまうようだった。


 こうなっては『荊の桎梏』を解除するには唯一身動きのとれるペトミーに頼るしかない。だが、ペトミーは現在魔力欠乏で魔法行使どころか立ち上がることすら難しい状態である。そこで、ひとまずペトミーの手の届くところまで移動し、ペトミーに刃物で荊を断ち切ってもらおうというのであった。

 しかし、地面から生えた荊は引っ張っても抜けてくれず、三人は自由に移動することもできない。荊が伸びる範囲で出来る限りペトミーの方へ近づき、あとはペトミーの方が這うようにして三人に近づくしかなかった。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…んっ、くっ…ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 顔を青ざめさせ、冷たくなった肌に冷たい汗を浮かべる…魔力欠乏者特有の症状を呈したペトミーは今にも気を失いそうになりながら、ゴロゴロと丸く大きな石が転がる河川敷の上を這い続ける。

 時折、動きをとめるペトミーに三人は三者三様に声をかける。


「フーマン様!?」

「大丈夫かペトミー!?

 無理するな!」

「急げ、急いでくれ…」


 どっちだよ…


 グラグラと目眩めまいがとまらない頭の中で悪態をつきながら、ペトミーは吐き気を我慢しつつ前進を続ける。数歩進んでは休憩し、数歩進んでは休憩しを繰り返しながら、ペトミーは一番近くにいたスタフの所まで何とかたどり着くことが出来た。スタフはゴーレムが現れてからすぐに、動けなくなっていたペトミーを守るために駆け寄っていたため、ペトミーが寝かされていたところからほんの数メートルのところにいたのだ。

 スタフは地面に這いつくばったままのペトミーの手が届きやすいよう、そしてペトミーになるべく近づくようにその場に膝をついて姿勢を低くする。ペトミーは腰のベルトに下げていたナイフを引き抜いた。


 そうしている間にも、ティフとスモルはペトミーたちとゴーレムの様子を交互に見くらべていた。ペトミーが『荊の桎梏』を切ったら、ゴーレムはすぐにでも彼らを取り押さえにかかるかもしれない。ゴーレムの動きは遅いが、ティフとスモルは『荊の桎梏』で身動きが取れず、そしてペトミーは魔力欠乏で動けない。『荊の桎梏』を解かれたスタフがティフたちの解放に走ればペトミーが捕まるだろうし、スタフがペトミーを抱えて逃げれば今度はティフとスモルが逃れられない。


「スタフ、もし『荊の桎梏』が解かれてゴーレムが動き出したら、俺たちに構わずペトミーを抱えて逃げろ!」


「なっ、何を言ってるんだティフ!?」


 ティフが命じるとスモルは驚き、抗議する。


「ゴーレムの動きは遅い、スタフがペトミーを抱えて走っても追いつかれない!」


「俺たちはどうなるんだよ!?」


「ゴーレムは遅い。

 ペトミーを連れて十分離れて、遠巻きに戻って来れば簡単に解放できるだろ?

 ケイドロコップス・アンド・ロバースと一緒さ!」


 ティフの鬼ごっこに例えての説明にスモルは納得いかないようだ。


「ダメだ!それだと時間がかかりすぎる!!

 俺たちはスワッグたちとの合流を急がなきゃいけないんだぜ!?


 スタフ!自由になったらすぐに俺たちを解放しろ!

 そうすりゃ、ペトミーを捕まえようとするゴーレムを倒して、それからみんなで一緒に逃げればいい!」


「え、ど、どうすれば…?」


 ハーフエルフ二人から相反する異なる指示を出され、スタフは困惑を隠せない。スタフの見た目はティフ達と同じくらいの年齢だし行動も共にしているが、実際は人間ならば祖父母と孫くらいの年齢差がある。スタフの父とティフたちはほぼ同い年なのだ。

 スタフを混乱させたスモルの指示に対し、今度はティフが抗議する番だった。


「待てスモル!それじゃ結局時間がかかるだろ!?」


「そんなに時間なんかかかるもんか!

 俺とお前とスタフの三人いるんだ、ストーン・ゴーレムくらいすぐに倒せるさ!」


 スモルはあくまでも強気だ。というより、先ほどまでの屈辱で頭に血が昇っているようで、《地の精霊》が残したゴーレムに一発でも食らわせてやらないと気が済まないのだ。

 ティフとしては対アルビオーネ戦の記憶が生々しかったし、《地の精霊》に対して戦う意思が無いと言った手前もあって余計な戦闘は避けたかった。


「ダメだ!ここで余計な戦いをするわけにはいかない!

 だいたい、ゴーレムを簡単に倒せるとは限らないだろ!

 四体も居るんだぞ!?」


「全部倒す必要はないだろ!?

 ペトミーを解放するために邪魔になる奴だけを倒せばいい!」


「ここで不用意に消耗したら、スワッグたちと合流しても何もできないかもしれないぞ!?

 相手に消耗した状態であの《地の精霊》に立ち向かえるのか!?」


 ティフはあえて「雑魚ざこ」を強調して言うと、スモルもグッと喉を鳴らして次の言葉を飲み込まざるを得なかった。


 そうだ、ただ合流しただけでは意味がない。その後、あの《地の精霊》本体と戦わねばならないかもしれないんだ。ストーン・ゴーレムなんて雑魚でしかない。


 スモルは悔しそうに地面を見下ろし、歯を食いしばった。


「わ、わかった。

 そうだな…ゴーレムなんて、雑魚相手に無駄な力は使えない…」


「…その、すまない。分かってくれてうれしいよ。


 スタフ、そういうわけだから、もしゴーレムが動き出すようならペトミーを抱えて逃げてくれ。」


 何とか意見を飲んでくれたスモルにティフは何故か後ろめたいものを感じ、一言詫びてからスタフに指示を出しなおした。


「承知しました、ブルーボール様。」


 ハーフエルフ同士の意見の対立がどうやら収まってくれたことにスタフは安堵した。そのスタフの傍で手に抜身のナイフを持ち、上体だけを持ち上げて様子をみていたペトミーが見えているんだか見えてないんだかよくわからない半開きの虚ろな目で問いかける。


「じゃあ…ヤっていいか?」


「ああ、すまないペトミー、やってくれ!」


 ティフがそう言うとペトミーは一度地面を向いてハァーッと盛大に息を吐き、深呼吸をする。そして重たそうにナイフを持ち上げ、スタフの身体に巻きついている魔法の荊に刃を突き立てた。


「うっ…く…くそっ……フッ…フゥーッ…フゥーッ…ふあっ!!」


 力の入らない腕で数度、繰り返し切りつけると荊は意外と呆気なく消滅した。巻きついた荊の一本を切断すると、残りの全てが光の粒子になって飛び散ってしまった。


「「「やった!!」」」


「フゥーーーーッ…」


 三人が歓声を上げるのと同時に、ペトミーは大きく息を吐いてその場にドッと倒れ込む。


「ああ、ペトミー!?」

「フーマン様!!」

「大丈夫か!?」


 ティフとスモルが固唾を飲んで見守る中、倒れ込んだペトミーを慌ててスタフが抱き起す。


「…大丈夫です。気を失っておられるだけです。」


 スタフがそう報告すると二人はハァーッと深く安堵の溜息をついた。しかし、安心している場合ではない。三人はすぐさまゴーレムの方に目を向ける。襲ってくるようならスタフはすぐにペトミーを抱えて逃げなければならない。だが、ゴーレムが襲って来る様子は無かった。


「……動かない…な?」


「ああ、どうやら『荊の桎梏』を切っただけなら大丈夫みたいだ。」


「で、では?」


 確認を求めるスタフにティフは力強く言った。


「俺たちの荊も切ってくれ。

 それからすぐに、このゴーレムどもなんかほっといてスワッグたちの方へ向かうぞ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る