第548話 森の異変

統一歴九十九年五月七日、晩 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム



「「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」」


 すっかり暗くなった森の中を二人は走り続ける。『勇者団ブレーブス』のアーチャー、アーノルド・ナイス・ジェークとヒーラーのフィリップ・エイー・ルメオ…ブルグトアドルフの南にある森に待機していた彼らはランツクネヒトの大軍がブルグトアドルフの街へ向かうのを目撃し、作戦終了の合図を出した。そのままジョージ・メークミー・サンドウィッチを救出しに街へ向かったエドワード・スワッグ・リーが戻って来るのを待つつもりでいたのだが、いつの間にか季節外れの足枷蔓ファダー・ヴァインに足を絡めとられていたことから《地の精霊アース・エレメンタル》の存在を察知し、急遽きゅうきょ自分たちだけで逃げ出してしまった。だがその後、二人は木々の間から次々と現れる『鬼火』ウィル・オ・ザ・ウィスプに襲われ続けている。


 ウィル・オ・ザ・ウィスプ自体はそれほど危険なモンスターではない。複数の光球とそれをつなぐ光の鎖のようなもので構成されるウィル・オ・ザ・ウィスプは体当たり攻撃をしてくるモンスターだ。魔力を求め、魔力を強く発散する目標に向かって突き進み、そして接触すれば光球が爆発して自滅する。その時の爆発は鉄板に穴を穿うがつほど強力で決してあなどれないが、常に強烈な光を発しているため位置はすぐにわかるし、動きもさほど速くなく、普通の人間でも走れば追いつかれることは無い。おまけに知能が無いので何か別の魔力源を用意してやれば、そっちへ吸い寄せられていく。

 そして何に接触しても爆発するので、光球の数だけ何か物を投げつけてやればそれだけで消滅するし、また何も接触しなかったとしても時間が経てば自然消滅してしまう。


 しかし、だからといって無視できる相手でもない。鉄板に穴を開けてしまうほどの威力の爆発を革鎧やただの衣服で防げるわけもないし、爆発に巻き込まれれば確実に死ぬか重傷を負ってしまう。


「クソッ、まただ!!」

「もぉ~っ、何体目だよぉ!?」


 突然、前方が明るくなったと思ったら木の向こう側、あるいは繁みの向こう側からウィル・オ・ザ・ウィスプが現れ、そしてナイスやエイーに向かって近づいてくる。

 その度に彼らは足を止め、近くにある石や木切れを拾っては投げつける。近づいてこないうちに消滅させないと爆発に巻き込まれてダメージを負ってしまうから、下手に落ち葉など軽すぎて遠くまで飛ばせないような物は投げられない。


 ババッ!バンッ!


 まるで小さな太陽のように明るいウィル・オ・ザ・ウィスプが爆発を起こし、消滅すると森は一気に暗くなる。


「よし、行くぞ!」


 ウィル・オ・ザ・ウィスプが消滅し、他に魔物の気配が無くなったのを確認すると、息つく間もなくナイスは歩き始める。しかし、エイーはウィル・オ・ザ・ウィスプの強烈な光のせいで目がくらんで何も見えなくなっていた。


「待ってナイス、まだ目が…」


「エイー!!

 止まったらまた足枷蔦が絡みついてくるぞ!?

 さあ手を引いてやるから、早く!!

 ほら、こっちだ!」


 ナイスは大股でエイーに近づくと、何も見えなくなって戸惑とまどっているエイーの手首を捕まえ引っ張った。


「ナイス、君は目が見えるのか!?

 あんなに強烈な光を見た後で、目が眩まないのかい?」


 目がよく見えないまま手を引かれ、ヨタヨタつまづきながら歩くエイーは、どうしてナイスが平気で歩けるのか不思議でしょうがない。暗視魔法はお互い使っているし、ナイスだけ特別夜目が利くのだろうか?

 ナイスは脚を止めることなく、先を急ぎながら答えた。


「コツがあるんだ。

 片目を閉じるんだよ。

 それでウィル・オ・ザ・ウィスプが出たら閉じてる目を開き、開いていた目を閉じるんだ。ウィル・オ・ザ・ウィスプが消えて暗くなったら、開けた目を閉じて閉じていた方の目を見る。

 そうすると、片方の目は暗闇に慣れたままだから、目が眩んで何も見えなくなるって事が無いのさ。」


「な、なるほど…凄いな、それもレンジャーのスキルって奴なのか!?」


「ハハッ、違うよ。

 ファドに教わったんだ。」


 エイーは素直に感心し、自分もそうしようと早速片目をつむるが、練習もせずにいきなりやったものだから却って目の前が見辛くなってしまい、さっそくつまづいてしまう。


「あっ、とっとっとっ!?」


「おいっ!しっかりしろ!!」


 木の根に足を引っかけて転びそうになったエイーをナイスがかばったため、二人は足を止めることになった。


「ゴ、ゴメン…でも、ちょっと待ってくれ」


「何を言ってる、早く急がないと合流地点にたどり着く前に《地の精霊》に捕まっちまうぞ!?」


 ナイスはエイーを急かしたが、エイーの方は何を思ったかその場に立ちすくみ、周囲を見回し始める。


「なんだ、どうかしたのか?

 早くしないと、またウィル・オ・ザ・ウィスプが出て来るぞ!?」


「いや、ちょっと待って…何か変だ…」


「変って何が?」


「気配が…変わってないか?

 さっきまで感じてた《地の精霊》の気配がもうしない…

 何か…これは…別の精霊エレメンタルか?」


「そう言えば…」


 最初に足枷蔦に絡まれている事に気付いて逃げ出して以降、彼らはずっと《地の精霊》の気配を感じていた。いつの間にか、《地の精霊》の魔力に囲まれているような感じだった。それはウィル・オ・ザ・ウィスプが現れ出してからハッキリと感じられるようになり、彼らは自分たちが《地の精霊》に襲われているんだと明確に理解できていた。だが、気づけばその気配がもうしない。


「それに…」


「まあ何かあるのか!?」


「ここ何処?

 俺たち、何で斜面を登ってんの?」


「え!?」


 気づけば彼らは斜面を登っていた。

 ブルグトアドルフの南にあった丘はまず最初に頂上に前哨基地スタティオが建設された。そして前哨基地周辺の斜面はすべての樹木が伐採され、しかも攻めてきた敵が基地からの防御射撃を防げるような遮蔽物しゃへいぶつが一切ないように平らな法面のりめんになるように整地されている。

 その後、前哨基地はアルビオンニウム防衛の最前線としての役目を終え、ライムント街道を守る中継基地…すなわち今の第三中継基地スタティオ・テルティアとなっている。それに合わせて法面は手入れされなくなり、木々が生い茂って現在の森になってしまった。

 ライムント街道は前哨基地への連絡道路だった道を拡張し、わざと丘を乗り越えるように敷かれている。そのライムント街道から離れるのであれば、どの方向へ向かうにしても斜面を降りることになるはずだ。実際、彼らが知っている合流地点までのルートに上り坂なんて存在しないはずだった。丘の上からシュバルツァー川近くの合流地点まではずっと下り坂しかない…


「何だ?俺たち…いつの間にか東に向かってる!?」


 ナイスは方位を確認しようと空を見上げた。

 ブルグトアドルフの森はまだ若い。元々、木々をすべて伐採して整地した場所が整備を放棄されたために数十年の歳月をかけて木々が生えて森になった土地である。じゅせいは森というより林に近いはずで、まして落葉広葉樹がとっくに葉を散らしてしまった今の季節ならば森の中からでも星は多少は見えるはずだった。


「な、なんだ!?星が見えない!?」


「月もだ…」


 彼らは暗視魔法を使っているので暗闇でも地形が見えるし頭上をおおう樹木の枝葉も見えている。ところが、その上に輝いているはずの月や星が全く見えない。


「ヤバイ、方位を見失った。」


 ナイスは真っ暗な頭上を見上げたまま愕然がくぜんとして言った。


「迷子になったって事!?」


 顔を青ざめさせたエイーをよそに、ナイスはポケットから丸くて平べったい真鍮製の容器を取り出すとふたを開けた。容器の中では中心に突き立てられた針の上にヤジロベエのような方位磁石が乗っているのだが、黒く塗られた金属メッシュ越しに見えるそれがクルクルと回り続けている。


「ああ…ヤバいぞ、やっぱりだ!

 磁石も狂ってる…どっちがどっちだか確認できない。」 


「こ、これって何かの魔法なのか!?」


「多分…何かの本で読んだことがある。

 森の精霊で、人をまどわして道に迷わせてしまう奴がいるって…」


 ナイスは答えながら方位磁石の蓋を閉めてポケットに戻し、装備を手早くパパっと確認し始めた。


「てことは、これも“敵”の仕業しわざ!?」


「多分な…関係ない別の精霊がイタズラしてる可能性も無くはないけど、あれだけ強大な《地の精霊》を無視してちょっかい出してくるなんてことはないだろ。

 普通、迷子になったらジッとして動かないようにするもんだが、こうなったら話は別だ。敵の術中でジッとしてたら次に何が出て来るかわからん。

 急いで逃げるぞ!?」


「逃げるってどっちへ!?

 方角が分からないんでしょ!?」


「とりあえず斜面を下る!

 登ったらレーマ軍の基地だしな。

 丘の西側にいるのは間違いないから、下れば必ず川に出るはずだ。

 合流地点は川沿いだから、川に出れば助かる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る