第548話 森の異変
統一歴九十九年五月七日、晩 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム
「「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」」
すっかり暗くなった森の中を二人は走り続ける。『
ウィル・オ・ザ・ウィスプ自体はそれほど危険なモンスターではない。複数の光球とそれをつなぐ光の鎖のようなもので構成されるウィル・オ・ザ・ウィスプは体当たり攻撃をしてくるモンスターだ。魔力を求め、魔力を強く発散する目標に向かって突き進み、そして接触すれば光球が爆発して自滅する。その時の爆発は鉄板に穴を
そして何に接触しても爆発するので、光球の数だけ何か物を投げつけてやればそれだけで消滅するし、また何も接触しなかったとしても時間が経てば自然消滅してしまう。
しかし、だからといって無視できる相手でもない。鉄板に穴を開けてしまうほどの威力の爆発を革鎧やただの衣服で防げるわけもないし、爆発に巻き込まれれば確実に死ぬか重傷を負ってしまう。
「クソッ、まただ!!」
「もぉ~っ、何体目だよぉ!?」
突然、前方が明るくなったと思ったら木の向こう側、あるいは繁みの向こう側からウィル・オ・ザ・ウィスプが現れ、そしてナイスやエイーに向かって近づいてくる。
その度に彼らは足を止め、近くにある石や木切れを拾っては投げつける。近づいてこないうちに消滅させないと爆発に巻き込まれてダメージを負ってしまうから、下手に落ち葉など軽すぎて遠くまで飛ばせないような物は投げられない。
ババッ!バンッ!
まるで小さな太陽のように明るいウィル・オ・ザ・ウィスプが爆発を起こし、消滅すると森は一気に暗くなる。
「よし、行くぞ!」
ウィル・オ・ザ・ウィスプが消滅し、他に魔物の気配が無くなったのを確認すると、息つく間もなくナイスは歩き始める。しかし、エイーはウィル・オ・ザ・ウィスプの強烈な光のせいで目が
「待ってナイス、まだ目が…」
「エイー!!
止まったらまた足枷蔦が絡みついてくるぞ!?
さあ手を引いてやるから、早く!!
ほら、こっちだ!」
ナイスは大股でエイーに近づくと、何も見えなくなって
「ナイス、君は目が見えるのか!?
あんなに強烈な光を見た後で、目が眩まないのかい?」
目がよく見えないまま手を引かれ、ヨタヨタ
ナイスは脚を止めることなく、先を急ぎながら答えた。
「コツがあるんだ。
片目を閉じるんだよ。
それでウィル・オ・ザ・ウィスプが出たら閉じてる目を開き、開いていた目を閉じるんだ。ウィル・オ・ザ・ウィスプが消えて暗くなったら、開けた目を閉じて閉じていた方の目を見る。
そうすると、片方の目は暗闇に慣れたままだから、目が眩んで何も見えなくなるって事が無いのさ。」
「な、なるほど…凄いな、それもレンジャーのスキルって奴なのか!?」
「ハハッ、違うよ。
ファドに教わったんだ。」
エイーは素直に感心し、自分もそうしようと早速片目を
「あっ、とっとっとっ!?」
「おいっ!しっかりしろ!!」
木の根に足を引っかけて転びそうになったエイーをナイスが
「ゴ、ゴメン…でも、ちょっと待ってくれ」
「何を言ってる、早く急がないと合流地点にたどり着く前に《地の精霊》に捕まっちまうぞ!?」
ナイスはエイーを急かしたが、エイーの方は何を思ったかその場に立ちすくみ、周囲を見回し始める。
「なんだ、どうかしたのか?
早くしないと、またウィル・オ・ザ・ウィスプが出て来るぞ!?」
「いや、ちょっと待って…何か変だ…」
「変って何が?」
「気配が…変わってないか?
さっきまで感じてた《地の精霊》の気配がもうしない…
何か…これは…別の
「そう言えば…」
最初に足枷蔦に絡まれている事に気付いて逃げ出して以降、彼らはずっと《地の精霊》の気配を感じていた。いつの間にか、《地の精霊》の魔力に囲まれているような感じだった。それはウィル・オ・ザ・ウィスプが現れ出してからハッキリと感じられるようになり、彼らは自分たちが《地の精霊》に襲われているんだと明確に理解できていた。だが、気づけばその気配がもうしない。
「それに…」
「まあ何かあるのか!?」
「ここ何処?
俺たち、何で斜面を登ってんの?」
「え!?」
気づけば彼らは斜面を登っていた。
ブルグトアドルフの南にあった丘はまず最初に頂上に
その後、前哨基地はアルビオンニウム防衛の最前線としての役目を終え、ライムント街道を守る中継基地…すなわち今の
ライムント街道は前哨基地への連絡道路だった道を拡張し、わざと丘を乗り越えるように敷かれている。そのライムント街道から離れるのであれば、どの方向へ向かうにしても斜面を降りることになるはずだ。実際、彼らが知っている合流地点までのルートに上り坂なんて存在しないはずだった。丘の上からシュバルツァー川近くの合流地点まではずっと下り坂しかない…
「何だ?俺たち…いつの間にか東に向かってる!?」
ナイスは方位を確認しようと空を見上げた。
ブルグトアドルフの森はまだ若い。元々、木々をすべて伐採して整地した場所が整備を放棄されたために数十年の歳月をかけて木々が生えて森になった土地である。
「な、なんだ!?星が見えない!?」
「月もだ…」
彼らは暗視魔法を使っているので暗闇でも地形が見えるし頭上を
「ヤバイ、方位を見失った。」
ナイスは真っ暗な頭上を見上げたまま
「迷子になったって事!?」
顔を青ざめさせたエイーをよそに、ナイスはポケットから丸くて平べったい真鍮製の容器を取り出すと
「ああ…ヤバいぞ、やっぱりだ!
磁石も狂ってる…どっちがどっちだか確認できない。」
「こ、これって何かの魔法なのか!?」
「多分…何かの本で読んだことがある。
森の精霊で、人を
ナイスは答えながら方位磁石の蓋を閉めてポケットに戻し、装備を手早くパパっと確認し始めた。
「てことは、これも“敵”の
「多分な…関係ない別の精霊がイタズラしてる可能性も無くはないけど、あれだけ強大な《地の精霊》を無視してちょっかい出してくるなんてことはないだろ。
普通、迷子になったらジッとして動かないようにするもんだが、こうなったら話は別だ。敵の術中でジッとしてたら次に何が出て来るかわからん。
急いで逃げるぞ!?」
「逃げるってどっちへ!?
方角が分からないんでしょ!?」
「とりあえず斜面を下る!
登ったらレーマ軍の基地だしな。
丘の西側にいるのは間違いないから、下れば必ず川に出るはずだ。
合流地点は川沿いだから、川に出れば助かる!」
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