第550話 ランツクネヒトの突入

統一歴九十九年五月七日、晩 - ブルグトアドルフ南詰/アルビオンニウム



太鼓を鳴らせディア・トロンメル太鼓を鳴らせディア・トロンメル

男だデア・マン男だデア・マン男だデア・マン

ハイッ!リーディリディラン!リーディラン!新たな前進だフリッシュ・ヴォラン

ラン~ツクネヒトッ、前へヴォラン!!


 歌は人々の心を一つにする力がある。時にそれは聞く人の、そして歌う人の心から不安や恐怖を取り除き、勇気づけ、そして困難に立ち向かう力を沸き立たせる。それは魔術的な力と言っていいかもしれない。ゆえにこそ、軍隊と音楽は決して切っても切り離せないほど強く結びついている。軍隊の精強さとは所属する兵士個々人の能力でも、装備している武器の優秀さでもなく、いかに恐怖や困難の中で統率を保ち続けるかにかかってるからだ。


 アルビオンニア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・アルビオンニアアロイス・キュッテルが直卒する四個小隊ツゥクが、先に敵に見つかってしまうデメリットを無視してまで、あえて大声で歌いながら日の暮れたライムント街道をブルグトアドルフに向かって行進しているのは、歌によって士気を高めようと思えばこそだった。

 何せ連れて来た兵士の半数近くが実戦経験の無い新兵である。アルトリウシアの被災地復興作業で戦闘など考えなくていいからと、工兵としての経験が豊富な古参兵と入隊したばかりの新兵を選んで派遣した救援部隊…それらから急遽一個大隊バタリオンを抽出しての戦闘任務だ。臨時編成の部隊であるため一つの戦闘部隊としての訓練すらしたことはなく、昼間でさえ銃の扱いがおぼつかない素人同然の集団がいきなり夜戦である。一応、各分隊カーダで古参兵と新兵が半々になるように編成してはいるが、普通に考えたらまともに戦えるとは期待できない。

 当人たちもそれを自覚しているのであろう。ブルグトアドルフの南の丘の上にある宿駅マンシオーで銃声と爆発音が街からとどろくのを聞き、緊急出動を命じられた彼らの何人かは整列した時点で震えていたのだ。それが真っ暗な森に挟まれた暗い街道を、明らかに戦闘が行われている街へ向かって突き進まねばならないのである。歌でも歌わなければ士気など保てはしない。自然と、彼らの歌声は普段の軍歌の練習時からは想像もできないほど真剣かつ力のこもったものとなっていた。それは街から聞こえて来る銃声や爆発音に、特に先刻街の上空で起きたよくわからない大爆発に対し、歌声で立ち向かっているかのようである。


 ダンダンッ!ダンダンッ!ダラララララララダンダンッ!

 ダンダンッ!ダンダンッ!ダラララララララダンダンッ!


 小太鼓の激しい音に合わせ、まるでがなり立てるように歌う若きランツクネヒトたちの歌は、人気のない森と夜の空にやけに響き渡っていた。


 先ほど、ブルグトアドルフの上空で突然大爆発が起きた時はアロイス自身もずいぶん驚いてしまったが、兵士たちは一糸乱れぬ動きで歩調を合わせ行進を続けている。その様子に満足したアロイスは部隊が坂を下り切り、ブルグトアドルフの街と森の間ぐらいに達したところで前進を停止させた。


全隊アレ・アインハイテン停止シュトップン!」


 アロイスの号令を各級指揮官が復唱し、部隊は停止した。無言のまま乗っている馬ごと振り返り、馬上から全隊を見回すと、全員の目がアロイスの方を注目していた。松明たいまつの光を反射した目には入隊初日のような緊張感が宿っている。

 アロイスは息を大きく吸うと、声を張った。


「状況は不明だが、今日、合流予定だったルクレティア・スパルタカシア様とその御一行が盗賊どもに襲われているものと思われる。


 第一小隊エァスター・ツゥクはこのまま前進する!

 建物の中に盗賊が潜んでいるかもしれんから注意しろ!全部あぶり出せ!!

 第二小隊ツヴァイター・ツゥクはここから左だ!

 街から西へ逃げる盗賊を追え!シュバルツァー川まででいい!川から向こうへ逃げた奴は放っておけ!

 残り、第三・第四小隊ドルッター・ウント・フィアター・ツゥクはここから右だ!

 街から東へ逃げる盗賊を追え!平坦な農地が広がっているが、農地の向こうの森へ入った盗賊は深追いするな!


 今、街で戦っている一方は我らの味方、レーマ軍だ!間違って撃つなよ!?

 盗賊どもを倒すこと、捕まえることは考えんでいい!

 することは一つだ!


 追い払えアウスフィーゲン!!」


 最後の一言を特に力強く言うと、兵たちは一斉に「万歳フーアー万歳フーアー万歳フーアー!」と叫んで応えた。


 士気に、問題は無いようだな。


 アロイス自身、今後の展開がどうなるかは想像しきれないが迷っている暇はない。本来ならば街に部隊を突入させる前に斥候を放って状況を確認させるべきであろう。だが今日、合流するはずだったルクレティアがまだ宿駅にたどり着いておらず、その手前のブルグトアドルフの街で突然戦闘が始まったとなれば逡巡しゅんじゅんなどしている暇はなかった。

 ブルグトアドルフの住民たちは脱出してルクレティアたちと共にいる筈であり、ブルグトアドルフより北にはルクレティアの一行か、早馬で知らされたムセイオンからの脱走者たちに率いられているという盗賊団かのどちらかしか居ない筈なのである。この状況で大規模な戦闘が起っているとすれば、それはルクレティアの一行が関っているであろうことは疑いようがないのだ。

 アロイスは手に持った松明を大きく掲げ、街に向かって振り下ろした。


第一小隊エァスター・ツゥク前進ヴォラン!!」

第二小隊ツヴァイター・ツゥク前へフォー!!」

第三小隊ドルッター・ツゥク続けフォルゲン・ズィー・ミアー!」

第四小隊フィアター・ツゥク進めヴォラン!!」


 各小隊長ツゥクフューラーが号令を発し先頭を切って走り始めると、兵士たちも一斉にそれに続いた。

 街の左右に散った部隊が建物の向こう側が見えるところまで行くと、どうやら逃げる盗賊を見つけたらしく一斉にときの声を上げ、一部が走り始めた。正面では第一小隊が街へ侵入するとさっそく左右分かれ、それぞれ分隊ごとに手近な建物をあらためながらゆっくりと前進していく。

 アロイスはその様子を馬上から見送ると、従兵とともにそのまま第一小隊へ続いて街へ入って行った。


 アロイスは全体を統率しやすいようにこの場に残るべきだったかもしれない。あるいは、予備兵力として一個小隊くらいこの場に待機させておくべきだったかもしれない。いや、通常ならばそうしていただろう。そうしなければ街の中と東西の三方向に散ってしまった部隊を連携させることができなくなってしまうからだ。

 だが、そもそも練度の極端に低い彼らに複雑な連携運動が出来るとは期待できなかったし、一刻も早くルクレティアと合流したいと言う気持ちもあったためにそれをしなかった。結果、アロイスは盗賊を三人ばかり逃してしまうことになる。


「行ったか!?」

「大丈夫だ、全員行っちまった!」


 アロイスが街へ進入したのを見計らい、アロイスたちが先ほど立ち止まっていた場所から少し離れた住居の床下から三人の盗賊が這い出してきた。そのまま建物の壁に張り付くように身をかがめて立ち、辺りの様子をうかがう。


「よし、このまま南の森まで一気に走るぞ?

 間違っても銃なんか撃つなよ!?」


「わかってる…ほら、火皿パンから着火剤パウダーは抜いた。」


「よし…エンテさんとやら、アンタもだ、大丈夫だろうな?」


「ああ、あれから着火剤は入れてねぇよ。」


「よし、ここから森まで止まるなよ?

 見つかっちまっても助けねぇからな?」


「わかってる。」


「大丈夫だ、行こう」


 クレーエ、レルヒェ、そして彼ら二人と行動を共にすることになったエンテの三人はそのまま背を低く屈めたまま、南の森へ向かって走だす。そして三人は森を囲うように生えている繁みに飛び込むと、そのまま姿を消したのだった。

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